「PFAS漏れ事故は『非公表』で」アメリカの要求に日本は従い、国民に真実を隠した…政府関係者が経緯明かす
2024年7月10日 東京新聞
米軍横田基地(東京都福生市など)で昨年1月に発生した高濃度の有機フッ素化合物(PFAS)を含む汚染水の漏出事故について、日米両政府が非公表とする方針で合意していたことが、政府関係者への取材で分かった。日本政府は、米軍側から事故についての説明を受けた際、情報を外部に出さないよう求められ、これに従っていた。(松島京太)
◆地元自治体「早く情報提供してほしい」
昨年1月に漏出したPFAS汚染水=米軍横田基地
この事故は東京新聞が米軍の内部文書を入手して昨年11月に報じ、地元自治体が防衛省に事実関係を問い合わせていた。基地が所在する福生市の担当者は「事実関係を確認することができないので、早く情報を提供してほしい」と話している。
政府関係者によると、日本政府は今年3月、日米合同委員会の下に設置されている「環境分科委員会」の会合で、事故の事実関係が記された資料を米軍側から提供された。資料は関係自治体に伝達する方向で調整していた。
◆報道で暴露されたことを問題視
漏出した汚染水の濃度分析結果を示す米軍内部資料。PFOSとPFOAの合計は264万ナノグラムとされ、暫定指針値の約5万3000倍に当たる=由木直子撮影
ところがその後6月に開かれた分科委の会合で、日米の関係機関は事故を公表しない方針で合意した。米側は事故が報道で表沙汰になった経緯を問題視し、「不正に入手された情報に、公式に情報を出すのは間違っている」と理由を説明、日本政府側は受け入れたという。
この事故を巡っては、報道を受け、都と基地周辺自治体でつくる連絡協議会が、防衛省に事実関係を照会。防衛省は「米側への確認作業を進めている」などと回答している。
政府関係者は「基地が汚染源との疑いが強まっており、事故の事実を公表して大ごとになることを避けたいのではないか」と指摘する。
◆防衛省「やりとりは原則非公開」
米軍基地の環境汚染問題については、日米地位協定の環境補足協定(2015年締結)に基づき、日本政府と米側が、有害物質の漏えいなどの情報を相互に提供することに努めることを規定する。ただ、日本政府が米軍から得た情報を地元自治体に説明する義務は定められていない。
日米地位協定に詳しい琉球大の山本章子准教授(日米関係史)は「日本政府は事故の公表方針を米軍の判断に委ねている」と批判。その上で、日本側が定期的に米軍基地内の環境調査を行うべきだとし、「環境汚染や漏出事故の情報を地元自治体に伝える仕組みを整備するべきだ」と強調した。
在日米軍は本紙の取材に対して「軍関係者、その家族、そして周辺住民の健康を守るために尽力している」と答え、公表の事実関係への回答は避けた。防衛省の担当者は「日米合同委員会でのやりとりは合意がない限り原則非公開なため答えられない。(漏出事故の交渉については)日米間でさまざまな場で協議をしている」とした。
2023年1月の漏出事故 2023年1月25、26日に基地内のショッピングモールの物販搬入口で発生。地下水や河川の国内の暫定指針値の5万3000倍にあたる濃度のPFASが含まれた汚染水約760リットルがコンクリートの地面などに漏出。米軍は、基地外へとつながる福生市の排出口をふさぎ、地面上の汚染水は拭き取ったため「基地外への流出はなかった」と防衛省に説明しているという。一方、同基地では2010〜22年にも7件の漏出事故があったことが、明らかになっている。この7件は米側は防衛省に情報提供し、同省が地元自治体に説明。ただ、一部事故について同省は提供を受けてから4年半放置するなどしていたことが2023年7月に判明し、地元から批判を浴びた。
PFASを漏出させても報告せず 米軍側の「やりたい放題」を可能にする日米地位協定
2023年6月16日 東京新聞
<連載 汚れた水 PFASを追う>⑤
PFAS汚染問題について記者の質問に答える米軍横田基地司令官のアンドリュー・ラダン司令官=米軍横田基地で
5月20日、米軍横田基地(東京都福生市など)で開かれた日米友好祭での記者会見。多摩地域のPFAS(ピーファス)汚染を巡る質問が飛んだ瞬間、横田基地司令官アンドリュー・ラダンの表情から笑顔が消えた。
「私たちは地域の方々とともに暮らし、安全を最優先に任務を行っている」「日米で合意したすべての環境規制に沿って任務を行っている」
PFASについて調査、説明する考えはあるか、漏出事故について報告しないのか。記者からの問いに、滑走路で会見に応じていた飛行服姿のラダンは、厳しい表情のまま答えた。直後、広報官が間に入り宣言した。「PFASに関してのご質問は、これでおしまいにさせていただきます」。
◆「汚染物質」の認識があっても日本への通報義務なし
ラダンの「安全を最優先」という言葉とは裏腹に、米軍は2012年以降、横田基地で発生したPFASを含む泡消火剤の漏出事故について、内部文書でPFASを「環境汚染物質」との認識を指摘しながら、日本側に報告していない。
ある環境省関係者が内情をこう明かす。「日米地位協定の壁があり、通報するかどうかは、米軍の裁量なんです」
通報の根拠となるのは、地位協定に基づいて作成される日本環境管理基準(JEGS)だ。この基準は、日本に通報する必要があるケースを「大規模な漏出が発生し、施設の敷地内で封じ込めできない場合、もしくは日本側の飲料水源を脅かす場合」と規定。ところが、実際にこの要件に当てはまるかどうかを判断するのは米軍自身だという。
米軍が基準に当てはまらないと結論づければ、通報義務は発生せず、日本側が事実関係を知ることさえできない。
さらに、在日米軍基地で燃料漏出などの環境問題が相次いだことを受け、日米両政府は15年、日本側の関係機関が基地への立ち入り調査を求めることができると明記した環境補足協定を締結。当時外相だった岸田文雄は「地元の信頼を一層高める大きな意義を有する」と胸を張った。
◆元防衛相の都知事も消極的 調査を阻む日米の「主従関係」
だが、この補足協定でも通報がない限り、自治体は調査の申請ができない。10年まで防衛省環境対策室長だった世一よいち良幸(63)は「結局は、米軍側のやりたい放題だ」と指摘する。
防衛相の経験もある東京都知事の小池百合子は5月19日の記者会見で、多摩地域のPFAS汚染源の特定のため、横田基地の調査に向けて国に働き掛ける考えはないのかを問われた。「立ち入り調査の要請は、漏出事故発生が前提となっている」と消極的だった。
環境省によると、ドイツでは12年以降、国内の米軍の5施設で調査を実施。PFASの汚染源と突き止め、現在は一部基地で、米軍負担による浄化作業が進められている。沖縄県の調べでは、イタリアでは、米軍基地がイタリア軍の指令下に置かれて調査も主導でき、日本とは対照的だ。
日米地位協定に詳しい東京外国語大名誉教授の伊勢崎賢治(65)がこう語る。「主従関係となっている今の地位協定の下では何も変わらない。首都で起きたPFAS問題が国民の注目を集めることで、協定改定に向けた突破口になる」 =敬称略、連載終わり
(この連載は、松島京太、岡本太、昆野夏子、渡辺真由子が担当しました)