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場・波・粒子-3.3-EPRパラドツクス

2019-12-15 06:04:31 | 科学論
 前回の記事(2019/12/09)の続きです。

 古典的マクロ世界とは異なる量子の世界の奇妙さを示す現象はいくつかありますが、ここではEPRパラドックス(EPR paradox)を生じるとして有名な量子もつれ(quantum entanglement)の検証実験を取り上げます。最終決着とされる実験については日経サイエンス2019/02の「特集:量子もつれ実証」の2つの記事に紹介されています。さらに谷村省吾による補足解説がウェブ上で読めます[Ref-1]

 EPRパラドックスとベルの不等式の破れについ触れている多くのサイトがありますが、清水明「EPRパラドックスからベルの不等式へ」が一番わかりやすそうです。このスライドでは運動量の測定を想定していますが、実証実験では実験設定のしやすさからでしょうがスピンの測定を行っています。概要を簡単に言うと次のようになります。

 スピン(1/2)の2つの同種の素粒子がひとつの系を成すとき、その系の状態は2つの状態の混合となります。ここで第1項は素粒子Aのスピンが1/2で素粒子Bのスピンが-1/2の状態で、第2項はその逆です。そして系全体のスピンは0になっています。

    (1/√2){φ(1/2,-1/2)+φ(-1/2,1/2)}

 例えば原子周囲の電子軌道の最低エネルギー軌道である1s軌道に2つの電子AとBが入っているときの状態がこのようになります。この状態の2つの素粒子AとBを混合状態を壊さないようにしてそーっと遠くに引き離すと、AとBとのスピンの和がゼロという状態を保ったままで遠く引き離すことができます。ここで不確定性原理が登場するのですが、それによればAであれBであれ、そのスピンが1/2なのか-1/2なのかは測定されるまでは確定しません。しかし例えばAを測定すれば、その値はどちらかに確定します。そしてスピンの和がゼロなので、この測定の瞬間にBのスピンはその反対の値に確定します。例えばAのスピン測定値が1/2と定まった瞬間にBのスピンは-1/2と確定するのです。これをアインシュタインは「不気味な相互作用」と呼び、量子力学は不完全ではないかと議論しました。それがEPRパラドックスがパラドックスと呼ばれる所以です。

 なにしろAの測定の瞬間に、それまで不確定だったはずのBのスピンが何光年離れていようとも確定してしまうのですから、これは超光速現象で相対性理論の光速不変原理が破れたのではないかと考えてしまうのはやむを得ないところでしょう。しかし実は物理学者達はそう考えてはいません。ポイントはエンタングルメントというものが相互作用ではなく相関だという点にあります。[Ref-1]の中からいくつか紹介します。

-----------引用開始----(下線は私の強調)-----------
[1a]より
一方が原因で他方が結果であるような関係を作用といい,一方が起こるときは他方も起こりやすいような関係を相関という。やかんを火にかければ中の水の温度が上がるのは作用で,バッグの中に手袋があるとき最初に取り出したのが左手用なら残りは右手用とわかるのは相関である。量子もつれは2粒子に相関をもたらすが,作用はもたらさない。こちらを測定すればあちらの測定結果を予想できるが,こちらの測定があちらに作用をもたらすわけではない。「一方の手袋が他方の手袋に作用した」とは言わないのと同じである。ただし量子もつれの相関は,多種類の測定を行うときに顕在化する。
-----------引用終り-----------------------

[1b]より
-----------引用開始----(下線は私の強調)-----------
 ただ,2粒子が互いにテレパシーを送るように瞬間的に連絡し合っているという考えは突飛すぎるし,超光速の影響が観測されたこともない。物理学者たちの多くは,この考えには賛同していない。
 量子もつれになった2個の粒子の物理量の値は相関するが,粒子間で情報のやり取りをしているわけではない。相関は2つの粒子が生まれたときに生じており,物理量を測定したときにそれが具体的な値として現れるのである。
-----------引用終り-----------------------

 上記ではスピンの1/2と-1/2の関係に似ている左手用と右手用の手袋の比喩を使っていますが、私は一卵性双子の比喩もわかりやすいのではないかと思います。この場合は反対の性質ではなくて、両者が同じ性質を持つという相関になりますが。双子AとBは生まれたときの遺伝子が同じなので、どれほど離れていても片方の血液型などを測定すれば、もう片方の血液型なども同じだと、測定の瞬間に判明します。けれど例えば片方が健全な両手を持っているとわかったとしても、もう片方もそうだとは断定できません。このような性質は時が経つにつれてエンタングルメントが崩れている確率が増えていくわけですね。

 さて量子力学では測定値は測定するまでは実在しないと想定しますが、アインシュタイン達は測定されないときにも測定値は実在しているはずだと考えました。このような想定を局所実在性と呼び、局所実在性を認めた形で観測と一致する量子力学を組み立てようとする理論を「隠れた変数理論」と呼びますが、以前は「隠れた変数理論」と「量子力学理論」とを実験的に区別することはできないと考えられていました。それが区別できることを示したのがベルの不等式です。「隠れた変数理論」ではベルの不等式が成立しますが、それが観測により破れていることが実証されたというわけです。

 ベルの不等式とその破れの検証実験の理論については[Ref-1][2b]や、他多くのサイトで見ることができます。ここでは大切なポイントを挙げておきましょう。

 そもそもスピンの観測についてですが、電子などのように磁気モーメントを持つ場合は外部磁場をかけることで磁場の方向に沿ってスピンが1/2と-1/2との2つの異なるエネルギー準位を持つようになり、1/2と-1/2とを区別して観測できます。光子の場合はスピンとは偏光の向きに相当し、偏光板などを使ってx偏光とy偏光とを区別して観測できます[*1]。すると電子などでは外部磁場の方向によって測定結果は変わりますし、光では偏光板の向きにより測定結果が変ります。例えばx偏光しているはずの光を45度傾けた偏光板で検出したらどうなるでしょうか? 実はその場合は、50%の確率で検出されたりされなかったりします。そして偏光板の向きがx方向に近いほど検出される確率は100%に近づきます。

 さてベルの不等式の検証実験では、絡み合ったAとBの光子のうち例えばAの偏光をx方向で検出します。検出されればAはx偏光と確定しBはy偏光とわかります。ここでBの偏光をx方向から90゚以外の角度θで検出すると、θに依存する確率で検出されることになります。そしてこの検出確率が「隠れた変数理論」と「量子力学理論」とでは異なっていることをベルが見出したのです。ベルの不等式とは「隠れた変数理論」に従う場合に、この検出確率が満たす不等式なのです。

 さて検出確率を観測するのですから、実験としては多数回の同じ条件での実験を繰り返して検出された頻度を測定する実験になります。そして1回の実験だけを見てみれば、Aの偏光を測定したとしてもBの測定結果は確定しません。ただ確率がわかるだけです。そして測定方向をAの偏光の逆と一致させた場合には、その確率が100%になるだけのことなのです。

 量子の波動性を示す干渉実験や、量子観測理論に関連するとされる多くの実験は、このように多数回の同じ条件での実験を繰り返して統計処理して確率を求める実験です。ところがその結果の解釈や解説では、あたかも1回の実験での出来事のごとく語ることが多いので、一層奇妙さが際立っているという面があるように、私には思えます。


 では物質波の干渉はどのように観測されるのかということを次回に述べます。

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*1) 右円偏光と左円偏光に対応させてもよいし、円偏光の方がなんだかスピン(自転)に近いような気もする。実験的にはx偏光とy偏光を使う方が装置が簡単になりそうだ。

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Ref-1)
 1a) 最終決着「ベルの不等式」の破れの実験
 1b) アインシュタインの夢 ついえる
 1c) 谷村省吾による補足解説詳しいだけに難解度も高い。6-8章が読みやすいと思う。
Ref-2)
 2a) 清水明「EPRパラドックスからベルの不等式へ」
 2b) EMANの物理「ベルの不等式」

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