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科学的方法とは何か? 場・波・粒子-2-媒質1

2019-10-28 07:00:22 | 科学論
 前回の記事(2019/10/15)の続きです。

 前回紹介した重力を説明する古典力学的理論(Mechanical explanations of gravitation)の中にはエーテルという全宇宙空間を満たしている"媒質"が重力を媒介するとする理論もあります。しかし現在、物理学史上でのエーテルとして良く知られているのは18-19世紀に光の波動説が有力になったときに光波の"媒質"と考えられた仮想的物質の方でしょう。単純なストーリイとしてはマイケルソン・モーリーの実験(Michelson–Morley experiment)として知られる実験の結果から"エーテルの風が吹かない"ことが判明してエーテルの存在が否定されたとされています。しかし、そう単純化すると少し本質を見誤るかも知れません。

 光が粒子なのか波なのかという論争の歴史の一部は年表(2019/09/28)にも載せましたが、大阪大学種村研究室の「光の歴史」にざっくりとまとめられています。粒子説のニュートンと波動説のホイヘンスの論争から百数十年後、ヤングによる干渉の発見により波動説が確立されました。となるとその波は何が振動している波なのかという疑問が出てきます。まだ未発見ながらあるはずと推定された"媒質""光学的"エーテル(Luminiferous aether)と呼ばれたのです。ニュートリノの予想と同様に"Luminiferous_aether"の予想は現代から見てもごくまともな予想です。ただ、それまで波と言えば既知の物質の振動波しか知られていなかったために、観測もなしに理論が暴走した面がありました。なお振動波の中で気液界面である水面の波は横波であることで知られ、流体中の音波は縦波であることで知られていました。固体中では地震波でわかるように縦波も横波も伝播します。また音波は普通は生物の耳に聞こえる周波数の振動波を指しますが、本ブログでは通常物質の振動波と区別しないで使うことにします。

 通常物質の振動波を構成する物質の各質点の振動とは、つまるところ運動エネルギーと弾性エネルギーとが相互変換することによる各質点の運動です。そしてその波の性質(振動数・波長・振幅・速度など)は媒質の密度や弾性率に依存します。19世紀の物理学者たちは未だその姿を観測していない光の媒質を通常物質と類似のものと想定してしまったために、光が縦波ということからエーテルは流体ではないと考え、光速度からエーテルは非常に硬いと考えてしまいました。

 しかしマクスウェルの電磁場理論が登場して電磁波の存在が予測され、予測された速度が光速度と一致したことから光の電磁波説が提唱されました。電磁波は24年後にヘルツにより存在が確認されました。厳密には光の電磁波説は、可視光と電波との間の波長領域が連続的であることが確認されて初めて確かとなるように思いますが、マクスウェルの提唱以来大きな反対はなかったようです。ともかく電磁波については電場と磁場を示すベクトル場の振動であることははっきりしています。ここには密度や弾性率というパラメータは必要なくなり、ただただ電場ベントルと磁場ベクトル(の方向と絶対値)のみで十分でした。ここでは振動を起こすのは電場と磁場との相互変換だったのです。

 ここで重力場を実在と認めたように電磁場を実在と認めさえすれば、電磁波の媒質は電磁場であるということで話は済んだはずですが、マクスウェルも後のローレンツも電磁波の媒質は光の媒質でもある"Luminiferous_aether"であると考えました。つまり電磁場とは"Luminiferous_aether"の属性の現れだと考えたことになるでしょう。言い換えると、これまでは「光を伝える何か」という属性しか観測されず、音波との類推で弾性率とか密度とかの機械的特性を持つと推測されていた"Luminiferous_aether"に電磁場という観測可能な属性が見出されたということになります。そしてそれ以外の機械的特性は観測できかったし理論的にも必要がなかった、つまりは"Luminiferous_aether"機械的特性は否定されたということにもなります。

 アインシュタインの「エーテルと相対性理論」(1920/05/05)という講演[Ref-A2]の中では次のように表現されています。
----------引用開始--下線は私の強調-----
Such was the state of things when H A Lorentz entered upon the scene. He brought theory into harmony with experience by means of a wonderful simplification of theoretical principles. He achieved this, the most important advance in the theory of electricity since Maxwell, by taking from ether its mechanical, and from matter its electromagnetic qualities. As in empty space, so too in the interior of material bodies, the ether, and not matter viewed atomistically, was exclusively the seat of electromagnetic fields.
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 それがローレンツ(H.A.Lorentz)が登場した時の状況だった。彼は理論的原理の素晴らしい単純化により理論と経験との調和をもたらした。彼は、このマクスウェル以来の電気理論の重要な進歩を、エーテルからその機械論的性質を取り去り、物質からその電磁気的性質(its electromagnetic qualities)を取り去ることにより、成し遂げた。真空中のように、物質中でもまた、原子的物質(matter viewed atomistically)ではなくエーテルが電磁場の唯一の枠組み(exclusively the seat of)なのだ。
----------引用終り--------------

 さらに次のようにも述べています。
----------引用開始--下線は私の強調-----
As to the mechanical nature of the Lorentzian ether, it may be said of it, in a somewhat playful spirit, that immobility is the only mechanical property of which it has not been deprived by H A Lorentz. It may be added that the whole change in the conception of the ether which the special theory of relativity brought about, consisted in taking away from the ether its last mechanical quality, namely, its immobility. How this is to be understood will forthwith be expounded.
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 ローレンツのエーテルの機械論的性質については、やや冗談めかして言えば、不動性(immobility)のみがローレンツ(H.A.Lorentz)が取り去らなかった唯一の機械論的性質だった。加えて、特殊相対性理論によるエーテルコンセプトの全面的変化とは、エーテルからいわばその最後の機械論的性質である不動性(immobility)をも取り去ったことなのである。これをどう理解すべきかは、次に詳しく説明する。
----------引用終り--------------

 ヘンドリック・ローレンツ(H.A.Lorentz)のwikipediaの記事によれば(英語版の方が詳しい)、1895年にエーテルの収縮および局所時間という概念を導入し、1899,1904年には時間の遅れという考えを導入し、1905年にいわゆるローレンツ変換を定式化したようです。そしてその直後に特殊相対性理論が発表されました。10年間の怒涛の展開です。ここまでお膳立てされていたとなると、特殊相対性理論にはノーベル賞が与えられなかったのも仕方ないのかなあという気にもなってしまいます。ローレンツとアインシュタインの同時授賞だったらありえたのかも知れませんし、その場合はもしかしたらローレンツの名前も特殊相対性理論に至った立役者としてもう少し知られていたでしょうか?。私自身は今更ローレンツ理論と特殊相対性理論とを詳しく比較する気にはなっていませんが。

 ローレンツ理論の特殊相対性理論との大きな違いは、エーテルは静止しているもので、いわば運動の絶対基準系をなしていて、他の物体のエーテルに対する運動を記述するという形になっていることのようです。ここでエーテルは電磁的現象のみを担うものであり、密度とか弾性とかいう機械論的属性は持ってはいません。これがアインシュタインの言う「不動性のみがローレンツが取り去らなかった唯一の機械論的性質だった」という言葉の意味です。それに対して特殊相対性理論は「全ての慣性系は等価である」という原理を置くことにより絶対基準系の必要性をなくしてしまいました。すなわち、ニュートンが想定していた絶対時間と絶対空間を否定したと言われています。

 10/13の記事で少し述べましたが、モノとはその属性を観測することで存在を確認できます。属性を持たないモノは存在してはいないのです。この観点から考えると、"Luminiferous_aether"属性はどんなものだったのでしょうか?

 "Luminiferous_aether"は最初は光波の媒質として仮定されました。ここではそれは光の波としての性質のみを通して観測されていたとも言えます。それ以上の密度や弾性率といった属性は直接観測されたものではなく、振動波を伝える通常物質の属性から類推した仮説的な属性だったのです。そもそもここで観測された光の波としての性質とは干渉と回折です。直接観測されたものは光の強度変化であり、振動する何かが直接観測されたわけではありません。波長は回折現象から直接観測できましたが、振動数は光速度測定値と波長測定値とからの計算値としてしか求められなかったはずです。

 マクスウェルの光の電磁波説では波長も振動数も速度も観測可能な値となりました。そして"Luminiferous_aether"は電磁現象を通じて観測できる属性を持つものとなったのです。つまり磁石の動きや電流測定により観測できる電気力や磁力というベクトル量の分布である電場と磁場とが"Luminiferous_aether"の存在を示す属性となりました。光の媒質であるという属性は電場と磁場という属性に起因しますから、後者2つが基本的な属性ということになりました。この時点で、この電場と磁場という属性を持つモノ"Luminiferous_aether"と呼ぼうが単に電磁場と呼ぼうが実体は同じこと、と現在から振り返ればわかるのですが、それは後知恵というものなのでしょう。

 では次回にもう少し具体的に述べましょう。


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Ref-A1) "On the Development of Our Views Concerning the Nature and Constitution of Radiation" アインシュタイン(1909)
 
Ref-A2) アインシュタイン「エーテルと相対性理論」(1920/05/05)
 Ref-A2-1) ドイツ語原本、印刷イメージ
 Ref-A2-2) 英訳版、印刷イメージ
 Ref-A2-3) 英訳テキスト
 Ref-A2-4) 湯川秀樹(監修);内山龍雄(訳)『アインシュタイン選集 2 ―一般相対性理論および統一場理論―』共立出版 (1970/12/05),ISBN-13: 978-4320030206 ([A10] エーテルと相対性理論)
 Ref-A2-5) 石原純(訳)。日本語が難解。Ref-A2-3やRef-A2-4の英訳の方がむしろわかりやすいかも知れない。

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