おとぎのお家と青い鳥

本ブログでは、主に人間が本来持つべき愛や優しさ、温もり、友情、勇気などをエンターテイメントの世界を通じて訴えていきます。

日本一短い人間ドラマ文庫シリーズ 6

2008-07-04 20:08:54 | 人・愛・夢・運命・教育・家族・社会・希望

音譜本日より、「おとぎのお家PART2」「おとぎのお家と青い鳥」と改名し、気持ちともども新規一転し、再スターをさせていただくことになりました。みなさんに「おとぎのお家PART2」同様に引き続き「おとぎのお家と青い鳥」を可愛がって頂き、応援していただきますよう、どうぞよろしくお願い致します。

音譜かつて、歌は “3分間のドラマ”と言われていました。この歌と同じようにすべてのストリーを3分間以内に読破でき、読者に対して幸福や感動、笑いなどを与える短編小説があったとしたら・・・
この「日本一短い人間ドラマ文庫シリーズ」が、日本で初めてその作品づくりを現実に実現したものです。ぜひ、すべての作品がわずか3分間以内で読み切ることが出来る、さまざまな人間ドラマを描いた短編小説の数々をお楽しみください。



1 戦争がくれた贈り物 / 後編


♪アリラン アリラン ここは戦場

同じ血が通う 人間(ひと)同士

♪アリラン アリラン なぜに殺しあうのか

人の心に 国境はないものを


病気が完治しないまま達蔵が家に帰えって来るとなると、事情は一変する。

花の脳裏を、これまでにない不安が募った。

四人の幼い子供に加え、病弱な義父母の面倒を見ながら、その合間を見て畑仕事や担ぎ荷の行商をやっている花にとって、達蔵の看病でこれ以上の手間が取られると、もうまったく生活のメドが立たなくなってしまうのが、必然的に目に見えていた。

花が、それより何より心配だったのは、自分自身が今以上の苦難の生活に、耐えられるかどうかだった。

正直に言うと、達蔵が農作業中に突然吐血して、入院している五年間の間、自分の気持ちに負けて、精神的に躓きそうなことが何度もあった。

四人の子供たちを道連れに、自殺しようと思ったことさえ、何度もあった。

その度に、花の気持ちを引きとめたのは、いつも四人の子供たちの母親を信じて慕って来る、どんなものにも譬えようがない健気な存在だった。

四人の子供たちが、ひとつの布団で重なり合って眠っている、あどけない寝顔を見るたびに、「私にいくら母親であったとしても、この子たちの生きる権利を奪う資格が、果たしてあるのだろうか?そしてまた、もしも私が一人で死んだとしても、これから母親を失って何も頼るものがなくなってしまった、この子たちはどうやって生きて行くのだろうか・・・」という、そんな母親としての強い信念と責任感の思いが、いつも苦しみに負けて躓きそうになる度に花の心を奮い立たせた。

だが、今度ばかりは花がどんなに悩んでもがこうと、どうすることも出来なかった。

それは、達蔵の看病に病院へ顔を出すたびに、彼を病院側から自宅に早めに引き取るように、繰り返し催促されたからである。

その度に、花は返事に詰り、悩んで苦しんだ。

毎夜その辛さに耐えられずに、布団の中で夜どうし泣くのが日課になっているくらい、“どうしていいのか分からずに”途方に暮れていた。

そんなある日のことだった。

花にもとに、一通の現金書留が送られて来た。

花には、その差出人の名前を見ても、まったく見覚えがなかった。

とにかく、何の意味も分からなかったが、現金書留の封を開けて、その中身を見てみることにした。

現金書留の中には、一枚の白い便箋に書かれた、たどたどしい日本語の短い文章と、現金三万円の大金が入っていた。

花は、その文章を見て驚いた。

太平洋戦争当時に、花が警務官に嘘をついて拷問(命)を救ってあげた、強制労働徴集者のあの若い朝鮮人の男、金正春からだった。




山野花様

ハナサン、アノトキハホントウニアリガトウゴザイマシタ。

ニンゲンノココロハ、ケッシテカネヤモノデハカレルモノデハナイトオモイマスガ、コレハボクノイノチヲタスケテオラッタ、オレイノキモチデス。

ドウゾゴエンリョナク、オオサメクダサイ。

                              金正春


花は泣いた。

我を忘れて泣いた。

そして泣き疲れたときには、自ら戦争当時の金正春との記憶を、ひとつひとつ辿るように思い起こしていた。

ただしそれと同時に、花はどんなに自分が生きる過程において、正義感に燃えたり純粋な理想を描いたりしていても、人間がしょせん弱い者であることを、このときほど痛感させられたことはなかった。

それは、当初この金正春が送ってくれた金に手をつけるかどうか、花自身一人の人間として考えた場合かなり迷ったが、やっぱり現実に迫って来ている問題を解決するためには、背に腹は替えられなかったからである。

この、金正春が送ってくれた金のお陰で、これまで未納していた達蔵の入院費や、子供たちの学費や給食費がすべて支払えたことはもちろんだが、またそれに加えてこれまで一度も体験をしたことがないほど、生活が楽になったことは言うまでもなかった。

だがその後、花が現金書留の封筒に書かれていた住所に、何回お礼の手紙を出しても、二度と金正春から返事が返って来ることはなかった。


でも、花は八十三歳を過ぎた今でも、自分の人生のすべてを救って生き返らせてくれた、この戦争がくれた大きな贈り物のことを、決して忘れることはない。


※この作品の内容は、すべて当時(昭和20~30年代)の時代の言葉の表現を、そのまま引用し執筆させて貰っていますことを、どうぞご了承いただきますよう、よろしくお願いします。




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