今回の「りとるさんた / 母の顔をした殺人鬼」は、秋田県藤里町で起きた畠山彩香ちゃんと米山豪憲くんが殺害された連続児童殺人事件を、二度とこういった悲惨な事件があってはいけないという強い思いから、作品づくりのモチーフにして描いた童話作品です。そして、その内容は本来の人間の本性と欲望を抉り出して解き明かし、母と子の親子関係の哀れみを率直に描いた感動がいっぱいの作品です。ただし、本作品の内容と、秋田県藤里町で起きた連続児童殺人事件とはまったく無関係であり、あくまでも本作品がフィクションとして作られたものであることをご了承ください。
~りとるさんたってスーパーサンタさん?!~
作 / 猪 寿
「・・・・・」
でも、その後はくも丸が何を話し掛けても、さくらちゃんは何がどうなっているのか分からないといった感じで、ただキョトンとして見ているだけで何の返事もしてくれませんでした。
きっと、最初にくも丸がさくらちゃんの姿を見て驚いたのと同じように、彼女の方もいくら人間と同じ姿をしているとはいえ、彼女より背が低くて赤ちゃんの大きさほどしかない、きっと小人のサンタクロースの突然の出現に驚いたに違いありません。
「・・・・・」
ただそれでも、くも丸が動物やお笑い芸人などの真似をしておどけて見せると、だんだん時間が経つにつれて面白がって笑顔を見せるようになり、やがて自分から積極的に話し掛けて来るようになりました。
「ところで、あなたは誰なの?」
「僕の名前はくも丸。北極星がある方角の遥か空の彼方にある夢の国、ホワイトランドからやって来た妖精だよ・・・」
「夢の国?ホワイトランド?妖精?」
どうやらさくらちゃんは、くも丸の漫画かアニメなんかに出てくるつくり話のような会話の内容に、どう対応していいのか分からずに、かなり戸惑っているようでした。
「僕らの役目(仕事)って、君のような世界中の子供たちが夢や心の中でクリスマスカードに描いた、願いごとや依頼ごとを毎年一回リスマスイブの日に、僕らの住んでいる国を創ってくれたそのお礼として届けることなんだ・・・」
「さくらのような世界中の子供たちが、くも丸が住んでいる妖精の国を創ってくれたって、いったいどういうこと?」
「それはね、僕の住んでいるホワイトランドは、君のような世界中の子供たちの純粋な心のエナジー(エネルギー)が集まって出来た幻想の国で、歴史の時代を超えて君のような子供たちが僕らりとるさんたを必要とする限り、僕らが住んでいる国には君たち人間の世界ように時間がないから、永遠に消滅することはなく存在し続けているということだよ・・・」
「?????」
ますます、さくらちゃんはくも丸の話がなにをいっているのか?ちんぷんかんぷんで分からないようでしたが、初めて聞くもの珍しい話ばかりで、まるで漫画やアニメの世界に出てくる話しのようにとても面白そうだったので、そのまま黙って彼の話を聞いていました。
「僕の背丈を見ても分かるように、りとるさんたは大人になっても人間の子供くらいの背丈しかないんだ・・・」
「そして、普段は人間の子供たちと同じように、みんながホワイトランドのそれぞれの町や村の小学校に通う男の子や女の子たちなんだ・・・」
「だけど、僕らりとるさんたが人間の子供たちと特別違うのは、人間の子供たちは夢の中では自由自在に、空や雲の上を自由に走り回ったり飛んだりすることが出来るけど、僕らは夢の中では無くて、実際にそれが現実の世界で出来るんだ。それにね、人間の子供を含むすべての動物たちとテレパシーを使って話しが出来たり、過去や未来の時空の中を自由に行き来が出来たりなど、いっぱい人間に出来ないことが出来ることなんだ・・・」
「へぇー、くも丸ってドラゴンボールの悟空みたいなんだね・・・」
「そうだね。さくらちゃんから見ると、いっぱい似ているところがあるかもしれないね・・・」だけど、僕らの場合はドラゴンボールの悟空のように超人じゃなくて、いい人や悪い人に限らずに、大人たちにその存在を知られたり大人たちと言葉を交わしたりなどすると、たちまち躰のエナジー(生命力)が極端に消滅していき、生命の危険に晒されるんだ・・・」
「ふ~ん、まだまださくらにはよく分からないことがいっぱいあるけど、だけどアタシたち人間に比べたら、空や雲の上を自由に走り回ったり飛んだりすることが出来きたり、過去や未来の時空の中を自由に行き来が出来たりなどするって、凄い超能力を持っているってことじゃない・・・」
「それだけでも凄いことじゃない。さくらそう思うよ・・・」
「さくらちゃんにそう言ってもらえると、なんだか自分が自慢話をしたみたいで照れくさいけど、でもやっぱり嬉しいなあ・・・」
くも丸が、ほとんど自分の自己紹介みたいなものを一方的に話しただけで、実際に彼の話をさくらちゃんがどの程度理解してくれたのか?どうかは別にして、でもその甲斐があり彼女もくも丸と出会った当初よりは、ずっと親しく話すようになっていました。
「ところで、くも丸って夢の国に住んでいるサンタさんなんでしょう。今日はクリスマスでもないのに、どうしてここにいるの?」
「君に会いに来たんだよ・・・」
「えっ!さくらに?」
「そう、さくらちゃん君に会いに来たんだよ・・・」
「なんで?」
「君が水死事故に遭ったのを、偶然にテレビのニュースで見たからさ・・・」
くも丸がそう答えると、さくらちゃんは“アタシの水死事故と、くも丸がここにやって来たことと、いったいどういう関係があるのだろう?”言いたげな、ちょっと困惑した表情を見せ驚いていました。
だが、きちんとくも丸がさくらちゃんに会いに来た理由を順を追って説明すると、彼女自身は彼の話を理解はしたものの、自分の水死事故のことについてあまり触られたくなかったのか、それ以上そのことで何かを聞き返して来ることはありませんでした。
そしてどうやらさくらちゃんは、くも丸が本来の目的で彼女に会いにやって来た水死事故のことよりも、彼女は彼自信(リトルサンタ)のことについて凄い興味を持ったようで、すぐにまた無邪気な笑顔に戻ると、さっきと同じように次々に夢中なって、くも丸に向かって質問をし始めました。
「ところで、くも丸っていくつなの?」
「ホワイトランドでは、君と同じように小学校に通っていて、君より一学年上の小学校三年生だから・・・」
「じゃあ、十歳ってこと・・・」
「そうだね・・・」
「ふ~ん。」
「えーっと、えーっと、次は何を聞こうかな・・・」
「そうそう、みんなリりとるさんたにも家族はいるの?」
「もちろんいるよ。それはみんなりとるさんたの子供も、人間の子供たちと一緒だよ・・・」
「現に僕にだって、お父さんやお母さんや妹がいるし、それにお祖父ちゃんやお祖母ちゃんだっているよ・・・」
さくらちゃんは、くも丸の話を聞いているうちに、ちょっと寂しそうな表情になりました。
それは、たぶんさくらちゃんはずっとお母さんと二人暮らしで、お父さんや妹弟たちと一緒に暮らしたことがないから、くも丸が自慢げに話す家族の話が羨ましかったに違いありません。
くも丸も、そんなさくらちゃんの表情を見たとたん、彼女のクリスマスプレゼントの配布用のデータファイルーに、彼女にはお父さんや妹弟がいないことが書かれていたのを思い出し、すぐに素直に彼女にその配慮が欠けていたことを詫びました。
「ごめんね、さくらちゃん。君にお父さんや妹弟がいないことを知りながら、僕は勝手に自分の家族のことばかりを話して・・・」
「さくら、そんなこといちいち気にしていないから大丈夫よ・・・」
さくらちゃんは言葉通りに、彼女がこの一件に関してくも丸が思ったほど気にしている様子はなく、ずっとそれよりもりとるさんたそのものの生活習慣や、その他の特技などについてかなり興味を持ったようで、まだまだ色々とリトルサンタに関する多くの話を、くも丸が何から話したらいいのか?困ってしまうほど聞きたがっていました。
でも、くも丸に今回のさくらちゃんの事件を調査する期間として、リトルサンタを管轄するホワイトランド政府が許可されたのは、わずか十日間という少ない日程でした。
そのために、その与えられた期間中に本題を解決するのには、まだわずか九才(小学二年生)のさくらちゃんにとってはかなり酷な話でしたが、一刻も早く本来の目的である水死事故の方に、どうしても話の内容を方向転換して行くしかありませんでした。
ただそうは言っても、やはり水死事故ことについて直接すぎる聞き方をしてしまうと、せっかく自分に対して心を開き始めてくれているさくらちゃんが、また心を閉じてしまうのではないかという心配があり、くも丸は彼女の死について彼女を傷つけないように、ほかの話から切り出して間接的に聞いてみることにしました。
「それより、さくらちゃんは天の国へ行く汽車に乗らないで、どうしてここに残っているの?」
「だって、お母さんが独りぼっちになったら、可哀相でしょう・・・」
「えええっ!」
くも丸は、さくらちゃんの口から出た言葉が、あまりにも自分の思っていた内容と掛け離れていたので、一瞬自分が肩透かしを食らった感がするほど驚きました。
それは生前、さくらちゃんの母親直美が何か事ある度に彼女に食事を与えなかったり、町から支払われている学費や給食費の教育扶助金(生活保護費)を、彼女は自分の遊興費などに使ってさくらちゃんに渡してあげなかったために、クラスの中で彼女一人だけが学費や給食費を支払えなくて困っているなどの、かなりさまざまな虐待を受けていたことを風の噂に聞いていたからでした。
それよりもなによりも、くも丸は自分がその通り一遍の噂を信じ、さくらちゃんのお母さんに対して持っている見識を、何の言い訳も出来ないほど間違って思っていたことを、深く心から反省しました。
さらにまた、さくらちゃんがお母さんの話をする際に印象深かったのは、常に話の最中に彼女のまん丸い瞳の中に、大きな涙の粒が光っていたことでした。
おそらく、さくらちゃんのその涙の意味の中には、自分の生前時のお母さんに対するさまざまな思い入れがあったからでしょうが、そんな彼女の健気な姿を見ていてくも丸が感じたことは、たとえ他人から見てその母親の人格がどうであれ、やっぱり子供は自分の母親(お母さん)が一番で、どんなことがあっても大好きなんだなあと思ったことでした。