今回の「リトルサンタ / 母の顔をした殺人鬼」は、秋田県藤里町で起きた畠山彩香ちゃんと米山豪憲くんが殺害された連続児童殺人事件を、二度とこういった悲惨な事件があってはいけないという強い思いから、作品づくりのモチーフにして描いた童話作品です。そして、その内容は本来の人間の本性と欲望を抉り出して解き明かし、母と子の親子関係の哀れみを率直に描いた感動がいっぱいの作品です。ただし、本作品の内容と、秋田県藤里町で起きた連続児童殺人事件とはまったく無関係であり、あくまでも本作品がフィクションとして作られたものであることをご了承ください。
~さくらちゃんの殺害現場~
作 / 猪 寿
今回、さくらちゃんの母親直美の健太くんの殺害計画は、くも丸とさくらちゃんの機転がうまく功を奏して阻止できたものの、ただまたひとつ新たな問題が発生しました。
それは、直美があの殺害計画の失敗以来、ますます健太くんへの憎しみを募らせるようになり、再び彼を殺害しようと計画していたのです。
直美の昼夜かまわずに、ある時は健太くんの後を必要以上に付け回して写真を撮ったり、またある時は実際には待ち伏せをしていたにもかかわらずに、偶然を装って声を掛けたりするなど、そのストーカーまがいの度を越えた悪質な行為は、もはや人としての常識を逸脱し、まさに狂気じみていました。
そのせいで、さくらちゃんは直美が健太くんの殺害に失敗したその後も、ずっとお母さんのことが心配になって、まだ天の国に行かずに家にいました。
そのために、くも丸はこのままではさくらちゃんがいつまでも天の国に行けずに、独りぼっちになって呪縛霊になってしまうことを危惧し、彼女には気の毒だと思いつつも、あることを決意しました。
それは、さくらちゃんが水死事故にあった日にタイム-スリップして、彼女の死が単なる水死事故ではなく殺人事件だったことの証拠を手に入れ、直美がこれ以上の殺人を犯さないように、警察にさくらちゃんの水死事故を再捜査してもらうことでした。
くも丸が、さくらちゃんが水死事故にあったされる日の、午後四時直前のへその緒橋の行くと、やはり近所の住民の目撃証言どおりに白い軽自動車を橋の横に止めて、ちょうどさくらちゃんと直美が親子で鬼子母神川を眺めていました。
その光景は、一見すると普通の仲のいい母と娘が橋の上で、夕涼みか川の見学でもしているかのようでした。
しかし、その犯行計画は突然やって来ました。
やがて、かつてくも丸がこのへその緒橋にやって来て、鬼子母神川の風景を眺めていたときと同じように、夕陽がブナ原生林の西の山頂の裏側に沈み、しだいに橋の周囲一帯が薄暗くなって、けっこう数メートルの近距離からでも、人の目ではその姿が目に付きにくい時間帯になったときのことでした。
突然、さくらちゃんから聞き覚えのある言葉が、直美の口から飛び出しました。
「ほらさくらあそこ見てごらん、桜鱒が泳いでいるよ・・・」
「どこ、どこ、さくら、手すりが邪魔になって見えない・・・」
「じゃあ、抱っこしてあげようか・・・」
「うん!」
いくら、さくらちゃんが水を嫌いだといえ、母親の腕の中に抱っこされている以上は、安全だと思い安心したのでしょう。
直美がさくらちゃんを抱きかかえると、彼女は漫画や絵本でしか見たことがない本物の桜鱒見たさに自ら身を乗り出して、直美の指差す川の方向を覗き込みました。
その時、さくらちゃんの躰は橋の手すりの半分以上を越えて、川の方向に向かい乗り出す恰好になっていました。
その瞬間、直美がニヤリと薄笑いを浮かべたのが、とてもくも丸には印象的でした。
そして、その直美の薄笑いはさくらちゃんを殺害するための、序幕でもありました。
「お母さん、どこどこ、どこに桜鱒はいるの?」
さくらちゃんが夢中になってそう叫びながら、さらに川の方向に躰ごと乗り出したときでした。
直美が、さくらちゃんを抱きかかえているその手を、まさに川に中に突き落とすかのようにして、無理やり手離したのです。
「キャーッ、お母さん助けてぇ~」
その瞬間、さくらちゃんの小さな姿はさらに小さくなって、母親に大声で助けを求める叫び声と共に、黄昏で薄暗くなった鬼子母神川の闇の中に消えて行きました。
やはり、くも丸が当初からの予想していた通り、さくらちゃんを殺した犯人は彼女の母親直美でした。
まさにこの時の直美の形相は、性悪で数多くの人間の子供を攫って食ったという、鬼子母神(鬼)そのものでした。
くも丸は、さくらちゃんがこの後どうなったのか?さすがにその様子が気になったが、彼女のあまりにも痛々しくて薄幸な人生を思うと、とても彼女が可哀相でその後の様子を見る気になれずに、そのままもと(現在)の世界に引き返すことにしました。
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下家 猪誠
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