今年は、多賀城創建1300年、そして有名な多賀城碑「壺の碑」が国宝選定ということで、歴史好きには、堪りませんね。また合わせるように、多賀城外郭南門も再建、今、築地塀が修復作業中です。政庁跡周辺と塩釜街道を巡る歴史ウオークに参加しました
政庁の外郭南門は、再建完了し、周辺整備中です
築地塀も一部再建、工事中です
築地塀の延長は、植栽でイメージしましょう
外郭南門から高台にある政庁跡に進みます
小高い丘の上に政庁があったんですね
政庁跡の基壇です
丘の上から復元されている外郭南門方面を見れば、多賀城市街地、仙台港方面を望みます、左手に休憩施設でしょうか、建設中です、そういえば、政庁跡地付近には、裏手に休憩場所はありましたが、やはり市街地を望む場所に休憩場所は必要ですね。
時計と反対周りで、政庁東側に向かうと、外郭東門跡の基壇、石敷道路跡があります
ここから塩釜街道に出て、右手に行けば、陸奥総社宮、左手に進むと見えてくるのは、トタン屋根で覆われた茅葺のお社「多賀神社」です
病の平癒を祈願、お礼に歳の数の箍(たが)を奉納するものとされています。
塩釜街道を下ると、貴船神社の入り口が見えます
かつてこの社の周りには、木造の船形がたくさん奉納されていたそうですが、いまは、断片も残されていません。この鞘堂は個人が寄進されたようですが、お寺なら檀家、神社なら氏子のみなさんの想いで受け継がれていくもので、さきほどの多賀神社は今後どうなるのか心配ですね
さらに進むと「伏石」が民家の塀石となっています、よく見ると梵字やらなにやら刻まれています
歴史が重なる場所ですから、いろいろな逸話が残っているものです
さらに進むと、Y字路になっていて、今下り下りてきた塩釜街道(塩釜旧道)、右手が塩釜新道で、政庁外郭南門の北側に向かいます
奏社宮道道標と呼ばれています、奏社とは、陸奥総社宮のことです、これも個人が建立しています
この街道沿いには、南北朝時代にさかのぼる後村上天皇にまつわる多賀城神社もあったり、歴史が織り成すさまざまな伝承逸話が残されています、築地塀の完成は来年GW直前の4月ごろとか、ますます注目の観光名所になるのは間違いなし、是非みなさんも周辺を散策してみてはいかがでしょうか