聚楽第
2014/2/1
京都府京都市のお城めぐり
関白豊臣秀吉の政庁兼邸宅として造営された絢爛豪華な居城
≪ お城の概要 ≫
城名: 聚楽第
よみ: ジュラクダイ
別称: 内野御構
所在地: 京都府京都市上京区多門町
現状: 住宅街
築城年代: 天正十四年(1586)
築城者: 豊臣秀吉
形式: 平城
遺構:
規模: 標高50m
文化財:
訪城日: 2014/2/1
≪ 訪城記 ≫
二条古城から徒歩で聚楽第へ向かう。
平安女学院北側の下立売通を西進、堀川下立売交差点信号を渡り、堀川通の歩道を北上、堀川中立売交差点信号で左折、中立売通を西進、中立売智恵光院信号を過ぎて、次の交差点南側に正親小学校があり、正門の横の交差点角の聚楽第址碑と聚楽第本丸西濠跡の木製説明板がある。ここから細い道を約450m南下した突き当りに松林寺の門があり、その横に聚楽第南外濠跡の碑がある。
≪ 歴 史 ≫
天正十四年 (1586) 豊臣政権の政庁として大規模な造営を始め、翌十五年正月には城郭工事を終えている。
天正十六年四月 (1588) 後陽成天皇が聚楽第に行幸する。
文禄四年七月 (1595) 聚楽第の城主であった関白豊臣秀次が高野山に幽閉され、自殺させられ、聚楽第も破却された。
≪ 写 真 ≫
正親小学校横の聚楽第址碑
松林寺と聚楽第南外濠跡の碑
≪ アクセス ≫
<公共交通機関>
JR東海道本線・東海道新幹線京都駅から市バスで智恵光院中立売前下車、徒歩すぐ。市営地下鉄東西線二条城前駅から徒歩約40分。
<車>
名神高速京都東ICで降りて直進、府道143号三条通りを西進、蹴上の峠道を通って鴨川前の三条交差点信号を右折、北上して次の川端御池三叉路信号を左折、御池通を西進、京都市役所前を通って堀川御池交差点信号を右折、堀川通を北上して、次の信号を越えた道の左側に二条城があります。東大手門入口前に有料駐車場有。二条城の東側の堀川通を北へ、堀川中立売交差点信号で左折、中立売通を西進、中立売智恵光院信号を過ぎて、次の交差点南側に正親小学校があり、正門の横の交差点角の聚楽第址碑前まで徒歩約40分。付近にも有料駐車場有。
≪ 位置図 ≫
正親小学校横の聚楽第址碑
松林寺
紹介したお城の数 183城
2014/2/1
京都府京都市のお城めぐり
関白豊臣秀吉の政庁兼邸宅として造営された絢爛豪華な居城
≪ お城の概要 ≫
城名: 聚楽第
よみ: ジュラクダイ
別称: 内野御構
所在地: 京都府京都市上京区多門町
現状: 住宅街
築城年代: 天正十四年(1586)
築城者: 豊臣秀吉
形式: 平城
遺構:
規模: 標高50m
文化財:
訪城日: 2014/2/1
≪ 訪城記 ≫
二条古城から徒歩で聚楽第へ向かう。
平安女学院北側の下立売通を西進、堀川下立売交差点信号を渡り、堀川通の歩道を北上、堀川中立売交差点信号で左折、中立売通を西進、中立売智恵光院信号を過ぎて、次の交差点南側に正親小学校があり、正門の横の交差点角の聚楽第址碑と聚楽第本丸西濠跡の木製説明板がある。ここから細い道を約450m南下した突き当りに松林寺の門があり、その横に聚楽第南外濠跡の碑がある。
≪ 歴 史 ≫
天正十四年 (1586) 豊臣政権の政庁として大規模な造営を始め、翌十五年正月には城郭工事を終えている。
天正十六年四月 (1588) 後陽成天皇が聚楽第に行幸する。
文禄四年七月 (1595) 聚楽第の城主であった関白豊臣秀次が高野山に幽閉され、自殺させられ、聚楽第も破却された。
≪ 写 真 ≫
正親小学校横の聚楽第址碑
松林寺と聚楽第南外濠跡の碑
≪ アクセス ≫
<公共交通機関>
JR東海道本線・東海道新幹線京都駅から市バスで智恵光院中立売前下車、徒歩すぐ。市営地下鉄東西線二条城前駅から徒歩約40分。
<車>
名神高速京都東ICで降りて直進、府道143号三条通りを西進、蹴上の峠道を通って鴨川前の三条交差点信号を右折、北上して次の川端御池三叉路信号を左折、御池通を西進、京都市役所前を通って堀川御池交差点信号を右折、堀川通を北上して、次の信号を越えた道の左側に二条城があります。東大手門入口前に有料駐車場有。二条城の東側の堀川通を北へ、堀川中立売交差点信号で左折、中立売通を西進、中立売智恵光院信号を過ぎて、次の交差点南側に正親小学校があり、正門の横の交差点角の聚楽第址碑前まで徒歩約40分。付近にも有料駐車場有。
≪ 位置図 ≫
正親小学校横の聚楽第址碑
松林寺
紹介したお城の数 183城
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