竜次は、自分より小さい文人を、弟のように思い面倒を見た。文人がいじめに遭って困っている時、すぐに駆けつけてきて、文人を守っていた。
夏休みには、一緒に学校のプールへ通ったり、宿題や自由研究を一緒にやったり(解らないところは、殆ど文人が教えていた)、学校以外でも二人は一緒に遊び、友情を育んでいった…。
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3年生になってから、文人と竜次のクラスに、海外から一人の転校生が入ってきた。その転校生は、日本人とイギリス人のハーフの為、殆どブロンドに近い茶髪で、青い目の少年だった。一見、『イギリスの良家のご子息』といった、品の良い少年に見えた。
担任は、黒板に『沼津・グロリア・洋次』という少年の名前を書いた。
「…沼津君は、今までお父さんの仕事の関係で、海外をあちこち移住していました。沼津君が日本に来たのは今回が初めてなので、日本の事については殆ど判らないと思います。皆さん、仲良くしてあげて下さいね…」
担任は、簡単に説明した。
「では、沼津君から、自己紹介を…」
担任にそう促されると、洋次は、片言の日本語で自己紹介をし始めた…。
「はじめまして、沼津・グロリア・洋次です…。出身地は、イギリスです…。どうぞ、ヨロシク…」
まだ童顔だけれども、イギリス人らしい整った顔立ちと、澄んだ青い目、そして、少しはにかみ頬を赤くしながら自己紹介をする洋次を見て、クラスの女子生徒達は皆、ウットリしていた。
「…それでは、席は…。ああ、ちょうど津川君の隣りの席が空いているので、とりあえずそこへ…」
洋次は担任に文人の隣りの席に案内された。その時、ちょうど外から陽射しが入り、洋次の髪がキラキラと光り輝いた。
〈…わぁ…、キレイな髪…〉
文人は思わず洋次の髪の毛を見つめていた。すると、文人の視線に気付いた洋次が、不機嫌そうな表情をして、文人をキッと睨みつけた。
「…何見てんだよっ、この眼鏡チビッ…!」
洋次は、先ほど自己紹介した時とは違い、かなり流暢な(しかも、かなりガラの悪い)日本語で、文人にケンカを売ってきた。だが、洋次の後ろの席にいた竜次がそれを見逃さなかった。
「おいっ、お前っ…。もし文人に何かしたら、この俺がただじゃ済まさねぇぞっ…」
竜次は、洋次の後ろから首ねっこを掴み、ヒョイっと持ち上げた。洋次は、後ろを振り向いて竜次を見上げた。自分より頭ひとつ分ほど背の高い竜次を見て、一瞬たじろいだが、文人を指さしてこう言った。
「勘違いすんなよ、コイツが俺の事ジロジロ見るから…」
「…ごめん。僕、君の髪がキラキラ光っててキレイだったから、つい…」
文人は泣きそうな表情をしてそう言った。竜次はそれを聞いて、洋次の襟首を放した。
「なぁんだ、そういう事か…。そういう事なら、ハッキリ言やぁいいじゃん…」
洋次は照れ臭そうにそう言うと、文人の背中を軽く叩いた。
放課後、竜次と文人は校内を案内しながら、洋次からいろいろと話を聞いた。
洋次は、母親がイギリス人だったので、生まれた時からロンドン市内で生活していた。幼い頃から、2つ上の兄と一緒に英語、仏語、伊語、独語、スペイン語、日本語を勉強していたらしく、語学力は殆ど問題ないらしい。ただ、洋次は海外の書店で売られている日本の漫画をしょっちゅう読んでいて(特に、『暴走族』とかを題材にした漫画を)、ガラが悪いのは、その漫画の影響らしかった。
今回、日本に移住する事になったキッカケは、数ヶ月前にイギリス人の母親が病気で亡くなり、その後、元々繊細な兄が、家にひきこもるようになってしまった為である。精神科医に相談したところ、
「環境を変えた方が良いかもしれない」
というアドバイスを受け、父親が二人を連れて日本に来る事を決心したのである。幸い、札幌には父親の実家があり、父親が海外出張で家を留守にする間も、祖母や住み込みの家政婦がいるので、兄が一人きりになる心配はない。
竜次も、幼い頃に病気で母親を亡くしていて、洋次と同じような境遇だった為、洋次も加わり、自然と三人で一緒に行動するようになった…。