文人は、自分達の教室から、理科室や美術室、家庭科室、音楽室、視聴覚室、図書室、体育館など、ひと通り忍を案内した。忍は、何だかうわの空で、文人の説明を聞いている間ずっと、どこか悲しげに遠くを見ているような目をしていた。文人は、その様子が気になった。
「…ところで、藤沢、何でまた近くの小学校から転校してきたの?」
文人は、忍が何故自分達の小学校から数キロ程しか離れていない白石北小学校から転校してきたのか、腑に落ちなかった。家が引っ越してきたとはいえ、わざわざ転校しなくても、充分通学出来る距離である。
忍は、文人の質問に答えようか否か、迷っているようであったが、一旦深呼吸すると、担任にも明かしていない『経緯』を話し始めた。
「…俺のお父さん、道警本部のある特殊な部署にいた刑事で、ここ何年か頻発して起きてた事件を追っていたんだけど、夏休み中、道警から連絡が入って…」
忍の家族が駆けつけた時、父親は既に息を引き取っていたらしい。父親がそれまで集めていた事件の資料は、一つ残らず消えてしまったのだという。忍の家族は、同僚だった刑事から、用心の為引っ越すようアドバイスを受け、姓も母親の旧姓『藤沢』に変えたのだという…。
忍は、そこまで話しながら、次第に目から涙が溢れてきた。
「大丈夫…?」
文人は、カバンの中からハンカチを取り出し、忍に手渡した。
「…ごめん、ありがと…」
忍は、ハンカチで慌てて涙を拭ったが、拭えば拭う程、涙が頬をつたってポロポロと流れ、止まらなくなってしまった。
「…まいったなぁ…、もう吹っ切ったはずなのに…」
文人は、体育館そばにある水飲み場へ忍を連れてきた。忍は、蛇口を目一杯ひねり、勢いよく出てきた水で、バシャバシャと顔を洗いだした。
〈…そんな簡単には、吹っ切れないよね…〉
文人の目には、悲しみを吹っ切ろうと必死であがいている忍の姿が、傷々しく映って見えた。
〈…そういえば、あの二人も、お母さんを亡くしているんだっけ…。二人とも、どうやって悲しみを乗り越えたんだろう…?〉
文人は、竜次と洋次も、母親を亡くして心に深い悲しみを抱えている事を思い出していた。今まで二人とも、その話題に触れず(もしかすると、あえてその話題を避けてきたのかもしれない)、文人に接していた。自分の親を一人亡くすという事が、どれほど辛く悲しい事なのか、両親とも健在している文人には、計り知れない事である。竜次は、そんな事おくびにも出さず、文人がケガをしたり倒れたりすると、保健室へ連れて行ったり、いじめに遭うと助けたりと、文人を弟のように思って(本心は違うのだが)面倒を見ている。洋次も、機嫌の悪い時は文人に『八つ当たり』するし、乱暴なトコがあるが、文人が他の生徒から『嫌がらせ』を受けていると、竜次と一緒になって助けていた。何より、洋次は『兄想い』の優しさを持っていた。
〈…この子も、きっと優しい子なんだろうなぁ…〉
そんなふうに文人が考えているうち、忍は少し落ち着いてきたのか、蛇口をひねって水を止め、ハンカチで顔を拭った。目は少し赤くなっていたが、腫れはひいていた。
「大丈夫…?」
「…うん…、ごめんね。何か、転校早々、変なトコばっかり見せちゃったね…」
忍は、文人を心配させまいと、ニコッと笑った。しかし、忍のまつ毛には、水しぶきとも涙ともつかない水滴が付いていた。
「沼津君を投げ飛ばしたのには、びっくりしたけどね…」
文人は、話題を変えようと、忍が洋次を投げ飛ばした話をぶり返した。
「…アハハ…」
文人と忍は、互いに顔を見合わせ、苦笑いした。この瞬間、忍も文人の『友達』になっていた…。
文人と忍は、玄関に来て靴を履き替えた。そして、二人一緒に外へ出た時、校門のところで待っている竜次を見つけた。
「あれっ、竜次君っ…? 今まで、待っててくれてたのっ…?」
「…あんまり遅いから、何かあったのかと思って…。それに、さっきまで洋次が校庭でウロウロしてたから、もしかしたら、また文人に八つ当たりするんじゃないかと思って…」
洋次は、校庭でしばらくウロウロした後、少し気が済んだのか、ちょっと前に帰ったらしい。
「ごめん、俺が学校の中を案内してって頼んだから…」
忍は文人に、申し訳なさそうにそう言った。
「…今日は、ありがとう…。じゃあ、また明日…」
忍はそう言うと、先に一人で帰っていった。
「文人、何でもなかったか…?」
忍の姿が見えなくなってから、竜次は心配そうに訊いてきた。文人は、忍から聞かされた話を、竜次達には内緒にしておこうと思った。
「別に、普通だったよ…。沼津君があまりにもしつこかったから、頭に来たんだって言ってた…」
そう言いながら、文人はまた思い出し笑いした。
〈…何だか、これから大変そうだなぁ…〉
竜次は苦笑いしながら、何故だか『嫌な予感』がした。
「…ところで、藤沢、何でまた近くの小学校から転校してきたの?」
文人は、忍が何故自分達の小学校から数キロ程しか離れていない白石北小学校から転校してきたのか、腑に落ちなかった。家が引っ越してきたとはいえ、わざわざ転校しなくても、充分通学出来る距離である。
忍は、文人の質問に答えようか否か、迷っているようであったが、一旦深呼吸すると、担任にも明かしていない『経緯』を話し始めた。
「…俺のお父さん、道警本部のある特殊な部署にいた刑事で、ここ何年か頻発して起きてた事件を追っていたんだけど、夏休み中、道警から連絡が入って…」
忍の家族が駆けつけた時、父親は既に息を引き取っていたらしい。父親がそれまで集めていた事件の資料は、一つ残らず消えてしまったのだという。忍の家族は、同僚だった刑事から、用心の為引っ越すようアドバイスを受け、姓も母親の旧姓『藤沢』に変えたのだという…。
忍は、そこまで話しながら、次第に目から涙が溢れてきた。
「大丈夫…?」
文人は、カバンの中からハンカチを取り出し、忍に手渡した。
「…ごめん、ありがと…」
忍は、ハンカチで慌てて涙を拭ったが、拭えば拭う程、涙が頬をつたってポロポロと流れ、止まらなくなってしまった。
「…まいったなぁ…、もう吹っ切ったはずなのに…」
文人は、体育館そばにある水飲み場へ忍を連れてきた。忍は、蛇口を目一杯ひねり、勢いよく出てきた水で、バシャバシャと顔を洗いだした。
〈…そんな簡単には、吹っ切れないよね…〉
文人の目には、悲しみを吹っ切ろうと必死であがいている忍の姿が、傷々しく映って見えた。
〈…そういえば、あの二人も、お母さんを亡くしているんだっけ…。二人とも、どうやって悲しみを乗り越えたんだろう…?〉
文人は、竜次と洋次も、母親を亡くして心に深い悲しみを抱えている事を思い出していた。今まで二人とも、その話題に触れず(もしかすると、あえてその話題を避けてきたのかもしれない)、文人に接していた。自分の親を一人亡くすという事が、どれほど辛く悲しい事なのか、両親とも健在している文人には、計り知れない事である。竜次は、そんな事おくびにも出さず、文人がケガをしたり倒れたりすると、保健室へ連れて行ったり、いじめに遭うと助けたりと、文人を弟のように思って(本心は違うのだが)面倒を見ている。洋次も、機嫌の悪い時は文人に『八つ当たり』するし、乱暴なトコがあるが、文人が他の生徒から『嫌がらせ』を受けていると、竜次と一緒になって助けていた。何より、洋次は『兄想い』の優しさを持っていた。
〈…この子も、きっと優しい子なんだろうなぁ…〉
そんなふうに文人が考えているうち、忍は少し落ち着いてきたのか、蛇口をひねって水を止め、ハンカチで顔を拭った。目は少し赤くなっていたが、腫れはひいていた。
「大丈夫…?」
「…うん…、ごめんね。何か、転校早々、変なトコばっかり見せちゃったね…」
忍は、文人を心配させまいと、ニコッと笑った。しかし、忍のまつ毛には、水しぶきとも涙ともつかない水滴が付いていた。
「沼津君を投げ飛ばしたのには、びっくりしたけどね…」
文人は、話題を変えようと、忍が洋次を投げ飛ばした話をぶり返した。
「…アハハ…」
文人と忍は、互いに顔を見合わせ、苦笑いした。この瞬間、忍も文人の『友達』になっていた…。
文人と忍は、玄関に来て靴を履き替えた。そして、二人一緒に外へ出た時、校門のところで待っている竜次を見つけた。
「あれっ、竜次君っ…? 今まで、待っててくれてたのっ…?」
「…あんまり遅いから、何かあったのかと思って…。それに、さっきまで洋次が校庭でウロウロしてたから、もしかしたら、また文人に八つ当たりするんじゃないかと思って…」
洋次は、校庭でしばらくウロウロした後、少し気が済んだのか、ちょっと前に帰ったらしい。
「ごめん、俺が学校の中を案内してって頼んだから…」
忍は文人に、申し訳なさそうにそう言った。
「…今日は、ありがとう…。じゃあ、また明日…」
忍はそう言うと、先に一人で帰っていった。
「文人、何でもなかったか…?」
忍の姿が見えなくなってから、竜次は心配そうに訊いてきた。文人は、忍から聞かされた話を、竜次達には内緒にしておこうと思った。
「別に、普通だったよ…。沼津君があまりにもしつこかったから、頭に来たんだって言ってた…」
そう言いながら、文人はまた思い出し笑いした。
〈…何だか、これから大変そうだなぁ…〉
竜次は苦笑いしながら、何故だか『嫌な予感』がした。