<塔ノ岳山頂からの富士山>
紺碧の空に魅せられて登る丹沢:塔ノ岳(今年19回目)
(リハビリ山行)
2015年10月3日(日) 晴(山は霧)
■まだ逆時差が残る
夢のようなカナディアンロッキーの旅から帰国したのが9月29日だった.今日は帰国してからもう4日も経っている.それにもかかわらず,私は逆時差と気温の差に適応できない毎日を送っている.特に逆時差の影響はひどくて,毎日夜中の12時頃になるとスッキリと目が覚めてしまう.でも,このスッキリ感も長続きしなくて,明け方の6時頃になると,また,眠くなる.そして夕方,午後4時頃になると,またもやヤケに眠くなってしまう.もうハチャメチャである.
とはいえ,今日は土曜日.
”これは何としても塔ノ岳に行かなければ…”
ということで,出掛けたくないという気分を必死に抑えて,4時10分に家から出発する.
外はまだ深夜.涼しい.足元からコーロギの啼き声が聞こえてくる.街灯だけがポツンポツンと点っているだけで,誰一人居ない住宅街を,やや急ぎ足で大船駅に向かう.歩程約2キロメートルの山下りの道である.
大船駅前のコンビニで,ニギリメシ2個,サンドイッチ,パンを購入する.電車の車内でユックリ朝食を摂るつもりである.
大船駅5時10分発東海道本線下り初電に乗車する.4人掛けボックス席を1人で占有する.
塔ノ岳に登るのは2週間ぶりのことである.
電車が平塚駅に到着する頃,ようやく東の空が白み始める.たった2週間の間に,随分と明るくなるのが遅くなったようである.
電車が国府津辺りを走っている頃から,眠くて眠くて堪らなくなる.
”眠ったらダメだ…”
と思いながらも,ついつい居眠りを繰り返す.
5時50分,小田原駅に到着する.猛烈な眠気を抑えながら,やっと下車する.辺りはもうすっかり明るくなっている.
■大倉から歩き出す
小田急電車に乗り換える.
新松田駅近くで,富士山と矢倉岳が重なって見えるのが楽しみである.ただ,残念なことに,今日は矢倉岳の上に掛かる小さな雲が邪魔をして,富士山が見えない.私は富士山の写真を撮るのを諦める.
6時10分,渋沢駅に到着する.大倉行バス停の前には,もう3~4人の登山者が列を作っている.私はストレッチをしながら,バスの到着を待つ.
6時43分,大倉行臨時バスが出る.立ち席が出るほどの混雑である.WDさん,編集長のYKさん,KMさん,IWさん,三角髭のTDさんなどのご常連も同じバスに乗車している.
6時55分,バスは大倉に到着する.
今日は,まだ,リハビリ登山である.右膝の様子を見ながら,ユックリ,ノンビリと行けるところまで登る積もりである.多分,萱場平か花立山荘辺りまで登って引き返すことになるだろうと予想しながら,7時丁度にバス停大倉から歩き出す.
カナディアンロッキーのトレッキングに行ってきたのに,まだリハビリ登山とは,ちょっと不思議に思えるかもしれないが,大倉尾根経由の塔ノ岳は,累積標高差が1269メートルもあるれっきとした登山である.トレッキングとは訳が違う.
…ま,ともかく,いくら時間が掛かっても良いから,二度と膝の怪我はしたくない.とにかく,慎重に,慎重に歩く限る…と,自分に言い聞かせる.
歩き出してすぐに,YDさんが軽快な足取りで私を追い抜いていく.
7時12分,丹沢ベースを通過する.この辺りでKIさん,MTさん,TGさん,HSさんなどのご常連が次々に私を追い抜いていく.残念ながら,今の私はとてもとても皆さんに付いて行けない.常連だけでなく,若手の登山者が次から次へと私を追い抜いていく.
■見晴茶屋からの眺望
7時18分,観音茶屋を通過する.まだ時間が早いので観音茶屋は開店していない.茶屋脇の観音に軽く手を合わせて,今日一日が無事でありますようにと心に誓う.
ジグザグ道に差し掛かる.どうやら,この辺りは,最近,大雨と強風に見舞われたらしく,登山道には風で引きちぎられた木の枝が散乱している.さらに雨水が流れた跡がえぐられていて,大分荒れている.
気温がどの程度か良く分からないが,随分と蒸し暑い.逆時差ボケと蒸し暑さで,私の体調は最悪である.
”今日は,堀山の家を終点にしようかな…”
と私はヤケに気弱になってくる.
7時50分,漸く見晴茶屋に到着する.何時ものように見晴茶屋の主人がベランダで本を読んでいる.もう大倉を歩き出してから50分も経過している.つい数ヶ月前の体力ならば,もうとっくに見晴階段を登り切っているラップである.
”情けない…とにかくな避けない”
茶屋前から相模湾を望む.濃い霧が湧いていて,視界は殆ど利かないが,目の前のススキが秋の風情を醸し出している.
<見晴茶屋からの眺望>
■見晴階段
すぐに,大倉尾根最初の難所,見晴階段に差し掛かる.
一番バスに乗っていた登山者の集団がすでに見晴階段を登り切っているのか,階段を見上げても,登山者の後ろ姿は疎らである.
ものすごく慎重に登り続ける.
見晴階段を登り終えて,モミジ坂に差し掛かる.ここは紅葉の名所だが,まだ肝心のモミジは真っ青なままである.
8時12分,ようやく一本松を通過する.
給水休憩を取るために,一本松のすぐ上にあるベンチに腰を下ろす.その直後,カメラマンのMMさんが,私を追い抜いていく.
追い越し際にMMさんが,
「…カナダはどうでしたか…」
と私に質問する.
「いやあ~…逆時差と気温の差で,今日はヘトヘトです」
「じゃあ~,先に登って尊仏山荘で待っていますよ…」
「山頂まではとても無理,途中で下山する積もりです…」
後になって,私はMMさんに,カナダのことを何も報告しないで,自分がシンドイことだけを言っていたことに気がつき,恥ずかしくなる.
<見晴階段>
■駒止階段
1~2分の休憩の後,一本松ベンチから再び歩き出す.
束の間の平坦道になる,この平坦道が終わると,大倉尾根第2の難関,駒止階段がある.
8時23分,平坦道の途中で,下山してくるKSさんにバッタリ会う.例によって,
「やあ,やあ,…」
で握手.
「…今日の山頂は,この辺りと同じようにガスが掛かっていましたよ…今日は土曜日にしては人が少ないですね,一番登りやすい時期なのに…」
などと雑談.私は何時もにようにKSさんから勇気をもらう.
8時28分,いよいよ駒止階段に差し掛かる.ここはもうユックリ登るしかない.階段の上を見上げるとガックリするので,足元だけを眺めながら,一段,また一段を繰り返す.
周囲に掛かる霧がますます濃くなってくる.
駒止階段をようやくの思いで登りきって,8時37分,ようやく駒止茶屋に到着する.大倉からの所要時間は1時間37分である.今から10年ほど前の私は,大倉から駒止茶屋までの所要時間を約1時間と見積もっていた.その頃に比較すると5割も余計に時間が掛かるようになっている.それだけ私の老化が進んだということだろう.
<駒止階段>
■堀山の尾根道
堀山の尾根道に入る.大倉尾根で一番気持ちよく歩ける場所である.元気なときは,この平坦道を猛スピードで歩いていたが,今はそんな気力もない.とにかく周囲の風景を眺めながら,ノンビリ,ノンビリと歩く.もちろん,その間に,何人かの若者に追い越される.
8時46分,富士山が見える場所に到着する.ここでは,富士山が見える見えないにかかわらず写真を撮ることにしているので,今日も見えない富士山の写真を撮る.
”たとえ富士山が見えなくても,今回もここまで無事に登れた査証なるな…”
と思いながら…
<堀山の尾根道から見えない富士山の写真を撮る>
■珍しいブロッケン現象
8時47分,堀山を通過する.
ここから,暫くの間,緩やかな下り坂になる.何時もならば,ここは猛スピードで下るところだが,今日は右膝に負担を掛けないように,ごくユックリな歩行速度で下り続ける.
8時52分,下り坂が終わるところに差し掛かる.丁度そのときに,霧の間から,急に朝日が射し込んでくる.すると,私の影法師が霧の中にずっと奥まで続いているのが見える.影の私の頭から後光がさしている.ブロッケン現象である.
私が珍しがって自分のブロッケンの写真を撮っていると,後から来た登山者が,
“何しているんですか…”
と怪訝そうに立ち止まる.
”ブロッケンですよ…”
と私が教えると,
”あっ!…凄~い!”
と言って,私と同じようにブロッケンの自分の写真を取り始める.たちまちの内に数名の登山者がこの場所で立ち止まる.
ところが,このブロッケン現象はわずか10秒ほどで雲散霧消する.
<珍しいブロッケン現象>
■小草平
9時丁度に小草平に到着する.
堀山の家は既に開店している.ちょっと挨拶だけでもして行こうかと思ったが,一度立ち寄ってしまうと,もっと先まで登ろうという気力がなくなるかもしれないので,小草平は通過することにする.
堀山の家の玄関脇に取り付けられている温度計によると,今の気温は17℃.登山にはちょっと高めの気温だが,まあ快適な温度である.
大倉から小草平までの所要時間は,ちょうど2時間.元気なときなら後七分坂を登っているか,あるいは花立山荘に到着する所要時間である.
”う~ん…いくらリハビリにしても遅いな…”
と自問自答する.
<小草平>
■萱場平
今日のリハビリ登山の目的地は,一応,萱場平までと思っている.
小草平から先はいよいよ本格的な登山道になる.私はこれまで以上に慎重を期して登り続ける.もちろん,脚の具合を勘案しながらの慎重登山である.
岩稜の間の急坂を数分登ると,長い階段道が連続する.階段道をユックリ,ゆっくりと登り続ける.その間に,何人もの若い登山者に追い抜かれる.それでも中には,こんなユックリの私より,さらにのろのろとした足取りで登っている登山者もいる.人それぞれだなと思いながら登り続ける.
高度が増すにつれて,気温が下がってきたのか,あるいは,私の身体が,やっと大倉尾根になれてきたのか,汗は何時の間にか消えていて,体調が良くなっているのに気がつく.ゆっくり登山を続けたためか,疲労感も全くない.脚の調子も良さそうである.
9時24分,萱場平に到着する.大倉からの所要時間は2時間24分.数年前の私なら堂野だけ山頂に到着している時間である.
今日の目安では,ここ萱場平が一応の終着点の筈だったが,体調が良さそうなので,もう少し先まで登ろうという気になる.
<萱場平>
■萱場平のアザミ
萱場平の木道を伝って歩き続ける.木道の途中で,大きなアザミの元気な姿を写真に収める.私は何時もこのアザミから元気をもらっている.このアザミも以下が盛りである.あと1~2ヶ月経つと,このアザミも枯れ果てる.何となく寂しいが.また翌年の春になると不死鳥のように蘇って,私の眼を楽しませてくれる.こんなアザミの姿に,私はどれだけ勇気付けられたことか.
萱場平を過ぎると,再び急な登り坂になる.それも長くて単調な階段道である.
<萱場平のアザミ>
■リンドウに癒される
萱場平から先の長い階段道をマイペースを維持しながら慎重に登り続ける.道幅は広いが,2歩で1段登るような歩くリズムが取りにくい階段が連続する.この階段を6~7分登ると,勾配がさらにきつくなり,岩稜混じりの階段道となる.
所々の岩陰に,リンドウの花が咲いている.花のことはサッパリ分からない私だが,リンドウの可憐な姿には心を惹かれる.ときどき立ち止まって,リンドウをデジカメに収める.
数年前までは,登山道でリンドウを見かけることはあまりなかったが,大倉尾根からシカが少し駆除されてからは,登山道沿いの花が随分と増えたような気がする.
<リンドウに癒される>
■もうすぐ後七分坂
階段道が終わって,大岩の周囲を廻り込むようにして,岩稜道に差し掛かる.岩礫が重なり合う急坂が連続する.
もうすぐ後七分坂(花立階段)に差し掛かるところで,リンドウが群生しているのを見付ける.早速立ち止まって,リンドウの写真を撮る…が,後から登って来る人の邪魔になるので,あまり時間が取れないのが残念である.
<後七分坂近くで群生するリンドウ>
■後七分坂を登る
9時43分,後七分坂に到着する.急な階段道は見上げただけで,正直なところ,ウンザリする.
”ああ,これを登るのか…”
とため息をつきながらも,ユックリと登り始める.意外なことに疲労感は全くない.外気も涼しいし,直射日光もないので,まあ,ルンルン気取りである.勿論,坂の途中で何人もの若手登山者に追い抜かれる.
<後七分坂>
■花立山荘
9時53分,ようやく花立山荘に到着する.
後七分坂を10分掛けて登ったことになる.大倉からの所要時間は2時間53分.怪我の前の目標時間は2時間10分程度だったので大幅に時間オーバーだがリハビリ中と言うことで,免じておこう.小草平からの所要時間は51分である.こちらもリハビリ以前の木法時間は40分である.
前回の塔ノ岳詣ででは,花立山荘で”もういいや”という気分になったが,今回は,花立山荘までで下るなんて飛んでもない…もっと登るぞという気力で一杯である.そこで花立山荘では休憩を取らずに,そのまま登り続けることにする.
山荘前のベンチでは数名の登山客が休憩を取っている.私のすぐ後を喘ぎながら登っていた中年男性は,ここで脱落するようである.
山荘周辺には分厚い霧が立ちこめていて,視界は殆どゼロである.
時計を見る.
”あれ,この調子なら,10時半には塔ノ岳山頂に辿り着けそうだな…”
私は,俄然,塔ノ岳山頂まで登りたくなる.リハビリ登山にしては,ちょっと余計かなと思いながらも…
<花立山荘>
■花立山
花立山荘から先は,まだまだ辛い階段道が続く.私には花立山荘から花立山までの登り坂が,大倉尾根の中で一番辛いと感じるところである.ここは,もう,ユックリ焦らずに登るしかない.
数分間,我慢しながらノソノソと登り続けると,草木が全くない露岩帯に入る.前方の直ぐ近くに花立山の山頂が見えているが,そこまで辿り着くのが結構焦れったくて大変である.
幸いなことに,ジリジリしながら登っている内に,次第に視界が開け始める.どうやら雲の上に出たようである.
10時04分,ようやく花立山山頂に到着する.ここで,下山してくる女流韋駄天のYDさんとすれ違う.
「山頂はとても涼しくて,気持ちが良いですよ…是非,山頂まで登って下さい…」
と励まされる.
花立山荘から花立山までの所要時間は11分.調子が良ければ8分の所である.でも,まあ,リハビリながらここまで到着したというだけで良しとしなければ…と自分に言い聞かせる.
<花立山山頂>
■紅葉が色付き始めた表尾根
花立山山頂からヤセ尾根を辿って金冷シへ向かう.その途中で,霧が次第に晴始めて視界が広がり始める.
やがて雲の上に少し紅葉が始まった表尾根の山脈が見え始める.実に瑞々しくて綺麗な風景である.私はときどき立ち止まって,この美しい風景をデジカメに収める.
<紅葉が始まった表尾根>
■富士山が見え始める
馬の背に差し掛かる頃,富士山が見え始める.久々に仰ぎ見る富士山である.富士山の山麓には白い雲が棚引いている.ちょうど目線の高さである.
手前の鍋割山稜の紅葉はまだまだ先のようである.
10時12分,金冷シを通過する.ここで,私は,10時30分までに,必ず塔ノ岳山頂に到着することを確信する.
<馬の背付近から富士山を望む>
■塔ノ岳山頂
10時15分,下山してくる毎日登山のTGさんとすれ違う.
その後も,ジャストマイペースで登り続けて,予定通り10時30分に塔ノ岳山頂に到着する.先ほどまでの曇り空がウソのように,快晴,真っ青な青空が広がっている.山頂の気温は14℃.日向ぼっこに丁度良い気温である.
ほぼ半年ぶりの塔ノ岳山頂である.感無量.
大倉からの所要時間は3時間30分.これまでの私の標準的な記録から言えば1時間もオーバーしているが,右膝の故障から,絶望的な日々を繰り返した後,とにもかくにも,山頂まで辿り着けた喜びはとても大きい.
山頂に座り込んで,一休みである.目の前には富士山が良く見えている(冒頭の写真).
富士山を眺めながら,コンビニオニギリで,そそくさと昼食を済ませる.
尊仏山荘に立ち寄って,華伊達美弥尾氏に会いたいなと思ったが,時間が押しているので,今日の所は尊仏山荘には立ち寄らずに下山することにする.
<塔ノ岳山頂>
■慎重に下山開始
10時40分,塔ノ岳山頂から下山開始.
下りは膝の負担を軽減するために,2本ストックを使いながらの慎重な下山である.何時もならば,塔ノ岳山頂から大倉まで2時間前後で下山していたが,今日は3時間程度掛けてユックリ下山する積もりである.
10時55分,金冷シを通過する.
11時03分,花立山山頂を通過する.山頂から前方を眺めると,雲の切れ目から,相模湾の絶景が見え隠れしている.
11時12分,花立山荘に到着.ここで,念のため,リハビリ中の右膝にサポーターを装着する.
花立階段は2本ストックに体重を分散させながら,超ユックリの速度で慎重に下る.
<花立山からの絶景>
■花立階段とチャンピョン
花立階段の途中で,大きな荷物を背負ったチャンピョンとすれ違う.
「…やあ,FHさん.今日は2回目の登山です.私,名刺を作りましたので,差し上げます…」
ということで,チャンピョンは,わざわざ坂の途中て立ち止まって,私に名刺を差し出す.私,喜んで名刺を頂戴する.
名刺には「丹沢チャンピョン 5000回登山達成 ○○ ○○ 住所×× 携帯×× FAX×× E-Mail××」と書いてある.
登頂”5000回とは!” 私から見たら,もう神のような存在である.
「では,気お付けて…」
ということで,お別れする.
<後七分坂を軽々と登るチャンピョン>
■堀山の尾根からの富士山
11時38分,ようやく萱場平を通過する.
11時58分,やっと小草平まで下山する.ここまで下れば一安心である.膝に影響が大きい急な下り坂は一先ず終わるからである.
小草平で後ろから下山してきたKMさん達が私に追い付く.
「堀山の家に寄りますか…?」
堀山の家を覗くと,常連さん達が一杯屯している.その中でKIさんが,何やら仕事をしている.
”あれ,何時私はKIさんに追い抜かれたんだろう…”
と不思議になる.
私も堀山の家に立ち寄りたかったが,大倉発13時38分のバスに乗りたいので,残念ながら立ち寄らずにそのまま通過することにする.
小草平から先のちょっとした坂道を登る.短い坂道だが下りモードの入っている身体には結構きつく感じる.
12時08分,堀山を通過する.
その先の富士山が見える場所で,富士山の写真を撮る.先ほど登りのときは,富士山は全く見えなかったが,こんどはとても良く見えている.早速立ち止まって富士山の写真を撮る.
<堀山の尾根からの富士山>
■見晴階段
12時18分.駒止茶屋を通過する.そして駒止階段を慎重に降りる.
12時34分,一本松を通過する.モミジ坂を膝に負担が掛からないように注意しながらユックリと時間を掛けて下り続ける.
やがて.見晴階段に差し掛かる.
階段の途中で,編集長のYKさんにバッタリ.今日はYKさんも堀山の家まで登られたとのこと.
「…今日は(堀山の家に)IMさんは来られませんでしたか…?」
とYKさんにお尋ねする.
どうやら,今日はIMさんは現れなかったようである.私は勝手に,YKさん,IMさん,それに私の3人を「リハビリ3兄弟」と命名して,それぞれの健勝を祈念している.
12時52分,見晴茶屋を通過する.
<見晴階段>
■無事大倉に下山
13時10分,観音茶屋に到着する.本当は観音茶屋に立ち寄りたかったが.13時38分のバスに乗りたい.
観音茶屋の女主人に,
「スミマセン…今日は通過させていただきます」
と挨拶して,観音茶屋を通過する.
ここから先は,時計を見ながらのノンビリ下山である.
13時19分,丹沢ベースを通過する.その頃,後ろから話し声が段々と近付く.ご常連のTTさん,MTさん達である.
この辺りからは平坦道である.いくらリハビリ中の私でも,平坦道ならばTTさんやMTさんと一緒のペースで歩ける.皆さんと雑談しながら,一緒に下り続ける.そして,13時32分,無事にバス停大倉に下山する.
下り所要時間は,なんと2時間52分もかかっている.これは驚くべき遅速記録である.でも,リハビリ中ながらとにもかくにも塔ノ岳山頂を往復したのだから,これで良しとしよう.
予定通り大倉発13時38分のバスに乗車する.バスは始発の大倉から立ち席が出るほどの混雑である.車内を見渡すと,三角髭のTDさん,韋駄天のKMさん,MTさん,TTさん,KIさんなど,朝であった大半のご常連が乗車している.
渋沢から小田急電車で小田原まで.車内で温かい日差しを浴びている内に,堪らなく眠くなる.それを堪えて,小田原でJRに乗り換える.
小田原での接続はまあまあで,小田原始発14時27分の上野東京ライン高崎行電車に乗車する.4人掛け1ボックスを1人で占領する.電車が走り出すとたちまちの内に眠くなる.
”乗り越してもいいや…”
と腹を括って,居眠りをする.実に良い気分である.
それでも運良く平塚で目が覚める.
15時11分に大船に到着する.電車から降りる.このまま真っ直ぐ家に帰るのが勿体ないような素晴らしい天気である.でも自重して路線バスを利用して,15時半過ぎに無事帰宅する.
早速シャワーを浴びる.全身が生き返ったようなサッパリした気分になる.
夕方,一風呂浴びてから,今日の山行記録を纏める.これまでの私の履歴記録から見ると,いくらリハビリ登山とはいえ,所要時間など惨憺たる記録である.しかし,エリアマップを見ると,上り所要時間の3時間30分は,決して遅くはないようである.エリアマップによれば,大倉尾根の所要時間は.休憩時間を含めないで,3時間30分である.もし1ピッチ55分で,10分/回の休憩を取ると仮定すれば,休憩時間込みで4時間で登れば標準ということになる.これを勘案すると,良かったのか,悪かったのか,良く分からない感じである.
…ま,それはともかく,半年ぶりに塔ノ岳山頂まで登ったのだから,”良かった,良かった”ということにしておこう.
<ラップタイム>
7:00 大倉歩き出し
7:18 観音茶屋
7:50 見晴茶屋
8:37 駒止茶屋
9:00 堀山の家
9:53 花立山荘
10:12 金冷シ
10:30 塔ノ岳山頂着
10:40 〃 発
10:55 金冷シ
11:12 花立山荘
11:58 堀山の家
12:18 駒止茶屋
12:52 見晴茶屋
13:10 観音茶屋
13:32 大倉着
[山行記録]
■水平歩行距離 7.0km(片道)
■累積登攀下降高度 1,265m
■上り所要時間 (休憩時間込み)
大倉発 7:00
塔ノ岳着 10:30
(所要時間) 3時間30分(3.50h)
水平歩行速度 7km/3.50h=2.0km/h
登攀速度 1,265m/3.50h=361m/h
■下り所要時間 (休憩時間込み)
塔ノ岳発 10:40
大倉着 13:32
(所要時間) 2時間52分(2.87h)
水平歩行速度 7km/2.87h=2.4km/h
下降速度 1,265m/2.87h=452m/h
(おわり)
「丹沢の山旅」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/db2a0f5ea9dcb8167d052d1a20e5210b
「丹沢の山旅」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/5f3b1fffe0cdce4470be013cd6c72fb8
※誤字脱字転換ミスは後刻訂正する.
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