<塔ノ岳山頂からの眺望(3月1日):雲に覆われていて富士山は見えない>
泥濘と氷:春爛漫の塔ノ岳(第13回)
(単独山行)
2008年3月1日(土)
■今日も突然出発
今日から春。朝から暖かい。
例によって,4時頃,天気予報のサイトにアクセスして,塔ノ岳周辺の天候を調べる。どうやら,午前中は晴,しかも暖かそうである。ただ,午後から曇り。場合によっては多少の雨があるようである。
「ならば,午前中に塔ノ岳を往復してしまおう・・・」
と決心する。
大急ぎで,タマゴ掛けご飯を掻き込む。トイレも早々に,5時10分に家を出る。今日は土曜日。小田原を経由しても,平日より10分ほど余計に時間が掛かる。それならば,藤沢から交通費の安い小田急フリーパスで渋沢へ向かうことにする。今日も,長靴で登山することに決める。
■登山客で賑わうバス
渋沢からの大倉行3番バスには,座席がほぼ埋まるほどの登山客が乗っている。最近,土日曜日の朝はバスが増発されているので,正確には比較できないが,何時もの土曜日よりは,やや人数が少ないような気がする。どうやら,ご常連の姿は見掛けないようである。後部座席には,同じ職場の同僚らしい中年男性が5~6名乗っているが,大声で話をしているので,少々煩い。
7時30分,バスは大倉に到着する。バス停には,一本前のバスで到着したと思われる登山客も,まだ少し残っている。例の男性群が,トイレの脇で支度をしている。
「山に雪,あるかな・・・」
「俺,アイゼン持ってないよ」
「こんなに暖かいんだから,雪なんてないだろう」
と,呑気な会話をしている。中には運動靴と大差ない靴を履いている人もいる。この人達一体どうなるんだろうと心配になるが,だからといって注意する気にもなれない。
■ご常連のNさん
何時もより少々遅く,7時41分に大倉を歩き出す。路面は良く乾いている。やや雲が多いが,初春の日光が心地よい。今日も,「無理をしないで自分に合った速度で歩く」の1点を目標にする。
冬枯れの木立からのこぼれ日を浴びながら,山麓のトラバース道をノンビリと登り続ける。そして,8時15分に見晴茶屋を通過する。同じバスに乗り合わせた登山客の大半は,この辺りまでの間に追い越す。
見晴茶屋から直ぐ先の急な階段に差し掛かる。前方には,チラホラと登山客の姿が見えている。この辺りには残雪は全くない。乾いた階段道は,とても登りやすいので,まあまあのピッチで気持ちよく登れる。
階段が二股に分かれる手前で,ご常連のNさんに追いつく。私は,後から,
「Nさん,お久しぶりです・・・何時のバスですか?」
と挨拶する。
「おや,暫く・・・2番バスですよ」
Nさんは,私の足元を見ながら,
「山小屋の人達は,皆,長靴を履いてますが,長靴の履き具合はどうですか?」
と私に質問する。
これを切っ掛けに,ほんの1~2分,長靴の利点,欠点を私なりにお話しする。
「では,申し訳ありませんが,先に行かせて貰います。尊仏山荘で待ってます・・」
と挨拶して先に登らせて貰う。
■一物が治まらない
誠に下品な話で,まずいと思うが,今朝,出がけに大急ぎで用を済ませた後,慌てて下着を戻したためか,下半身の下着がどうも落ち着きがない。大事な一物が治まるべき所に,治まっていない。歩きながら,腰を捩って,所定の場所に収めようとするが,どうもうまく行かない。
一旦,立ち止まって,下着を一からやり直せば良いが,三々五々,登山者がいる登山道で,リュックを降ろして,やり直す勇気もない。仕方なく,ときどき身を捩りながら,登る羽目になる。
■富士山が見えない
8時29分,一本松を通過する。その先の日陰道には,泥に覆われているが,まだ雪がしつこく残っている。これまでの乾いた道から一変して,登山道は足跡が凍結した泥濘と泥だらけの根雪の連続になる。まだ朝が早いので,泥濘は完全に凍結しているが,下山する頃には,どうしようもないほど,泥んこになっているに違いないと覚悟する。
なだらかな尾根道を過ぎると,杉林の中の急な階段道になる。この辺りは日が射し込まないために,泥の下に硬く凍った残雪がある。
8時42分に駒止茶屋を通過する。駒止茶屋直下の坂道には,テカテカに凍り付いた残雪が残っている。回り道をして,残雪を避けて通らないと,滑る危険がある。
堀山までの尾根道は大分乾いているが泥が凍結している所が多い。8時51分に堀山を通過する。すぐになだらかな下り坂になるが,相変わらず根雪が凍結したままになっている。ただ,氷の上に泥が付着しているので,それほど滑らずに通過することが出来る。
晴れていれば,この辺りから富士山が良く見えるのだが,今日は厚い雲に覆われていて,富士山は全く見えない。
<今日の萱場平:定点観測>
■花立山荘
8時58分,堀山ノ家を通過する。すぐに岩稜になるが,日が良く当たるためか,この辺りの登山道は概ね乾いている。やがて,階段道に差し掛かる。日が良く当たらない谷筋に入ると,泥道が凍結した凸凹道になる。この辺りから,私の前後を歩く登山者の数が極端に少なくなる。
9時16分,萱場平を通過する。何時ものように観測点の萱場平で写真を撮る。このところ暖かい日が続いたためか,萱場平には,殆ど残雪はない。ただ,もの凄い泥濘に付いた足跡がそのまま凸凹に凍結している。
出だしでユックリ歩いたためか,何時もよりも,かなり楽に階段道を登って,9時38分に花立山荘に到着する。ただ,階段道の途中で,勢いよく登ってきた中年の男性に追い抜かれる。
山荘の前の休憩所で,数名の登山客が疲れ切った表情で休憩を取っている。
<しつこく残るアイスバーン>
■塔ノ岳山頂に到着
花立山荘を通過して,階段の坂を上って,露岩帯に入る。晴れていれば,この辺りから富士山だけでなく,南アルプスの山々も良く見えるはずだが,今日は雲が湧いていて,ほとんど眺望はない。
コルの頂上付近で,4本爪軽アイゼンを長靴に装着する。金冷しに至るヤセ尾根の途中に,テカテカに凍結した下り坂が,暖かい日が続いたにもかかわらず,そのままの状態で残っている。4本爪アイゼンでは,少々心細いが,注意して下る。
9時55分,金冷しを通過する。大分雪は減ったものの,まだ階段道の大半は雪の下である。とはいえ,数日前のカチカチに凍結していた頃に較べれば,随分と登りやすくなっている。途中で数名の登山客を追い抜く。
10時08分,無事,塔ノ岳山頂に到着する。山頂は,まだ一面に雪に覆われている。でも今日は気温が高いためか,数名の登山客が山頂で休憩を取っている。
大倉を歩き出してから,山頂までの所要時間は,アイゼン装着時間を含めて,2時間27分。あまり芳しくない。
■尊仏山荘にて
尊仏山荘に入る。今日の小屋番はOさん他。満席に近いほど沢山の客が入っている。名前は分からないが,土曜日常連の客も2~3人座っている。営業部長のミー君は,どこかでサボっているらしくて顔を出さない。
尊仏山荘の寒暖計によると,10時10分現在の山頂の気温はマイナス1.3℃。随分暖かい。
例によって,300円也のお茶を所望する。Oさんが,
「東海道五十三次に行ったんではなかったんですか・・・」
と私に聞く。2月28日に塔ノ岳へ登ったときに,Oさんに,
「3月初旬は岩登り練習や,東海道五十三次の旅行に行くので,暫く塔へは来ませんよ」
と挨拶したばかりだった。
「今日は余りに天気が良さそうだったので,登ってきましたよ・・東海道五十三次は来週以降ですよ・・・」
入れ替わり立ち替わり,登山客が山荘に入ってくる。
何となく落ち着かないので,早々に引き揚げることにする。
■危なっかしい登山者
10時33分,尊仏山荘から外に出る。山荘の軒下で4本爪軽アイゼンを長靴に装着する。そして下山を開始する。今日は土曜日なので,バスの時刻が平日と違う。まあ,ユックリと下山して,大倉発13時10分のバスに乗ろうと思う。
下り始めてから,金冷しに差し掛かる頃,往路の見晴山荘上付近で追い抜かせて頂いたご常連のNさんとすれ違う。
「済みません・・山荘が大分混雑していたので,お待ちせずに下山を始めました・・」
と挨拶する。
金冷しを過ぎて,ツルツルに凍結した登り坂に差し掛かる。
往路のバスの中で,はしゃいでいた男性の集団が,ここで大騒ぎをしている。凍り付いた坂の途中で,危なっかしい体勢でアイゼンを装着している人や,アイゼンなしで転げるように走って下ってくる人など大騒ぎである。私は事故を貰っても敵わないので,離れたところで,彼らが通過するのを待っている。私は心の中で,
「こういう無鉄砲な連中には,山に登って貰いたくないな・・」
と恨めしく思っている。山の知識が全くないこのような人達に,是非,山旅スクールに入って貰いたいと思う。
途中,登ってくる登山客と,次から次へとすれ違う。長靴を履きながら,他の人の足元を批評するのは,おこがましいかも知れないが,布製の軽登山靴を履いている人はまだマシ。運動靴のまま,雪山へ登ってくる人も,少なからず居るのには驚くばかりである。また,10人中1人くらいの割合で,アイゼンを左右逆に装着している。
<残雪のヤセ尾根>
■尊仏山荘のHさんとすれ違う
花立山荘の手前で,アイゼンを外して,リュックの中に仕舞い込む。
11時03分に花立山荘を通過する。山荘前の椅子は登山客で満席になっている。外したアイゼンを,片手に持ってブラブラさせながら,急な階段を下っている人も,結構,沢山いる。他人事ながら,万一,転倒したら危ないなと思うが,私には注意する勇気はない。
下り階段を過ぎて,露岩帯に入る。下から尊仏山荘のオーナー,Hさんが登ってくる。私の長靴姿を見て,私にニッコリと挨拶をする。
「おや・・お戻りですか・・」
「今日は,先ほどご常連のNさんに合いましたよ・・・私,来週は山旅スクールの岩練習や山行がありますので,暫く山荘には行きません・・・誰かに尋ねられても死んだことにはしないで下さい・・・」
■自然が私を呼ぶ
11時19分に萱場平を通過する。往路では凍結していた泥濘が,スッカリ溶けている。グシャグシャ道は,ぬるぬるとしていて滑りやすい。少しでも泥濘が少ないところを歩こうとするが,一面の泥濘なので,そんなことを考えるのも無駄である。
幸いなことに,長靴を履いているので,軽登山靴よりは,まだましだが,靴に泥がへばり付いて,足元がとても重くなる。
戸沢分岐から下でも,次から次へと登ってくる登山客とすれ違う。ここから先でアイゼンが要るかという質問を何回も受ける。
駒止茶屋を過ぎる辺りから,すれ違う登山客の数は少なくなる。途中,何カ所かに凍結した残雪があり,溝になった泥道も残っているが,尾根道まで下ると,随分と歩きやすくなる。
12時04分,一本松に到着する。俄に「自然が私を呼ぶ(Nature calls me.)」。私は一本松の指導標の後に廻って,辺りを憚るように伺う。そして,側に誰も居ないことを確かめて,自然の思し召しに従う。その序でに,妙にヨレていた下着を正規の位置に戻す。やっと,私の貴重品が正規の位置に戻る。快適。最初から正規の位置に戻していたら,1分位早く登れたかも知れないのに・・・
丁度その時,上から男性が降りてきたが,私は景色を眺めていたような顔をして,登山道に戻る。
■ノンビリ歩こう
天気が下り坂のようである。気が付かない間に,上空にも厚い雲が掛かっている。風も強くなる。気温も下がってきたようである。松籟を聞きながら,襟を立てて下り続ける。
12時19分に観音茶屋を通過する。ここから大急ぎで歩けば,12時40分のバスに間に合うが,急ぐ気になれない。次のバスは13時10分である。ノンビリ歩こうと腹を据える。ブラブラ調で,ゆるやかな下り坂を下り続ける。
途中,2人の登山客に追い抜かれる。
12時54分にバス停大倉に到着する。下りの所要時間は,ノンビリ歩きのため,2時間20分。
水道の所で,長靴を脱いで,備え付けのタワシでゴシゴシと洗う。長靴は軽登山靴に比較して,とても洗いやすい。これから,梅雨の季節までは,絶対,長靴の方が良いなと実感する。
バス停裏の広場で青空市が開かれている。時間があるので,ブラリと一回りする。小さなミカンが15~16個入った袋が100円である。衝動買いする。電車の中で,チビチビと食べている内に,藤沢に到着するまでに,半分位を食べてしまう。今日の昼食はミカンかと苦笑する。
予定通り大倉発13時10分のバスに乗車,渋沢から小田急電鉄で藤沢へ,東海道本線で大船に出て,15時24分に帰宅する。
[ラップタイム]
7:41 大倉歩き出し
7:46 登山口
7:49 克董窯
7:54 丹沢ベース
8:01 観音茶屋
8:04 分岐
8:13 雑事場ノ平
8:15 見晴茶屋
8:29 一本松
8:42 駒止茶屋
8:51 堀山
8:58 堀山ノ家
9:14 戸沢分岐
9:16 萱場平
9:38 花立山荘
9:47 稜線(9:49まで(アイゼン装着)
9:55 金冷シ
10:08 塔ノ岳山頂 着
==============================
10:33 塔ノ岳山頂 発(-1.3℃)
10:46 金冷シ
10:54 岩稜のコル(10:56までアイゼン外し)
11:03 花立山荘
11:19 萱場平
11:20 戸沢分岐
11:35 堀山ノ家
11:44 堀山
11:50 駒止茶屋
12:04 一本松
12:19 見晴茶屋
12:22 雑事場ノ平
12:32 分岐
12:35 観音茶屋
12:40 丹沢ベース
12:45 克董窯
12:48 登山口
12:54 大倉 着
[山行記録]
■登攀・下降高度 1201m
■水平移動距離 6.5km
■登攀所要時間(アイゼン装着時間を含む)
大倉発 7:41
塔ノ岳山頂着 10:08
(所要時間) 2時間27分(2.45h)
登攀速度 1,201m/2.45h=489.8m/h
■下降所要時間(アイゼン装着時間を含む)
塔ノ岳山頂発 10;33
大倉発 12:54
(所要時間) 2時間20分(2.33h)
下降速度 1,201m/2.33h=515.5m/h
(おわり)