劇的な侍ジャパンの決勝はアメリカ。
横綱相撲なるか?
実はオリンピックの裏で行われていて、行われなくなる大会があった。
これは軟式の少年野球大会。
秋田の野球部は軟式であり、秋田市の中総体の野球大会は全県少年野球の予選である。
球場などの都合から、3区代表制にして行う。
八橋や旧県立で開催される。
運動部員は3日目の決勝まで行かないとまず行かないが、一回だけ遅れ開催の年があり、優勝したため毎日応援したことが。
市のほうは授業が一本潰れるが、県は夏休みの暑い時期での強制応援でありかなりつらいもんがあった。
市外は制服なのに対して秋田市内は体育着のTシャツとハーフパンツだったが、それでもきつい。
毎年搬送される人がいた。
でも辛くても愛校心が勝るから凄い。
県の決勝までは行かないので応援には出てないが、毎年テレビ中継がある。
日テレの午後のワイドショーが差し替えになるから凄い。
軟式偏重や暑い時期の開催などは球児を育てないから廃止論が出たりもしてるらしい。
今年は無観客で行われ、オリンピックと決勝がかぶり、ラジオのみ。
また全国大会も中止になってしまったとか。
あの頃はペットボトルなどなく、缶ジュースか、水筒のスポーツドリンクぐらいでした。缶を凍らせて持っていった記憶があります
私は写真部だったので、基本は文化部員・帰宅部員(?)で構成された応援部隊と一緒に動きつつ、プログラムとにらめっこして応援部隊とは別の競技を撮りに行ったりもしていました。
ですから結構楽しかった思い出です。
現在は、生徒の移動は保護者の送迎などだそうですが、当時(はみんな徒歩か路線バスで会場間を移動していました。
(秋田駅~八橋~県立球場~県立プールがほとんどでしたが)
大勢の中学生が一日中現金払いで乗りまくるものだから、しまいには運賃箱が満杯になって、運転手さんが手のひらを広げて受け取ったりしていました。
秋田駅前(いまの秋田駅西口)で待機中の交通局行きが急遽県立プール行きに変更なんてこともありました。
夏休み側は行く義務がないので、いかなくてもいいですが世間体ですね。
缶を凍らす。爆発しそうで怖いです。
>>Traveler Kazuさん
写真部、うちの学校無かったですからね。
県立の応援は、そこで鮨詰なるよりも交通局まで降りたほうがゆっくり座れて、且つ安いんですよね。
ただ、なぜか御野場は交通局でなく中央交通を推奨していた感じでした。
現在は、秋田市は4区ですね。
優勝校に与えられる盾形の旗も、秋田相互銀行時代からの流れで、現在も北都銀行提供になっています(あけぼの時代まで野球部があったのでその関係か)。
しかし、いまは河辺雄和岩見三内のみ。
上新城が既に無くなり、さらなる学区再編ではまた3区化も?
あけぼの銀行野球部はプロもだしたようですね。
バドミントンにはなんもないのかな?
今のハーフパンツはいいですが、以前は、学校によっては下着の中身が見えるくらい際どいショートパンツもあったらしいので、それはそれでどうかと思います、成長期だけに。
エアコン設置が遅れているとかで、学校現場も大変だそうです。
小学校だと過渡期で、記録会の学校でまだそれを存続させてるとこありました。
最後の手段は長いジャージなんですが、市内のはダサすぎるし通気が悪く暑いんですよね。
御野場は男子も女子も長いジャージは不人気でした。
大半が半袖ハーフパンツと言いたいところですが、長袖ハーフパンツ、半袖長ズボンとそれはそれはいろんな着こなしがあるようで、どのような基準なのかは、未だに謎。
泉は我々の世代からは別なデザインになってます。
未だに変わってないのは南とかかな。
御野場はとにかくハーフパンツ派多数。
長いジャージはきらわれていて、ウインドブレーカーや部活ジャージで代用されてました。
これはこれで良かったかもしれない。
他競技で全国に行った人たちがPCR検査を受けなければならず、引率の教師も、陰性であっても自宅待機で出勤が出来ない状況なのだとかで、結果的に抑止の一つにはなっている。
この点は評価しないと。
話はずれますが、近年の子供の成長は早い(ただし、運動能力は比例して向上しているわけではなく、低下または横ばい)ので、高学年ぐらいで、一昔前の中学生の体格ができている子どもも多いようです。ダンプカーのボディに軽トラのエンジンを積んでいる状態に喩えられているとか。
小学校の時点で、ハーフパンツにしないとシャレにならない状況になるケースも出てきているようです。
そうでなくとも、脚部の体毛が濃い場合は、ハーフパンツもだめで長ズボンという子どももいると思いますが(あるいは、日焼け対策のケースもあるでしょうが)。