佛暦2561年 6月17日
(・ω・)ノみんなおはよ。
答えというものは、問いがあって初めて成立します。
しかし、全ての問いに答えがあるわけではありません。
「だったら、答えを教えてくれ!」
私自身も狂おしいまでにそう思っていたこともありましたし、今はまた他人からそう強く請われることもあったりします。
でもね、原因と結果の連鎖にそれらしい解釈を与えた知識としての答えなど、結局のところは何の役にも立たないものなのです。
だから往々にして、沈黙こそがその答えになります。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
230 拝
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