日の出までは、まだ少し。
夜空が濃い藍色となり、少しずつ明度が上がり始めたくらいの頃。
そこは日中ならそれなりに交通量の多い幹線道路だが、このくらいの時間帯はいつもガラガラ。
そのガラガラの道路を一台の白いバイクが静かに駆け抜けて行く。
そのバイクは自分以外に何も動くものがいない道路を真っ直ぐに走る。
誰もいない交差点に差し掛かると、律儀にウィンカーを出してから左折する。
バイクが進入した道はセンターラインの無い堤防道路。
しばらく行くとそのバイクは減速し、ハザードを焚きながら路肩に停止した。
大量の水の流れる音が低く響くこの道路の東側には、そこそこ大きな川が流れていた。
白いバイクに乗っていたライダーはヘルメットのシールドを跳ね上げ、タバコをくわえ、薄明かりの差し始めた空を見上げていた。
「バサッ」と、街路樹から何かが飛び出したかのような音──それは一羽の烏(カラス)だった。
その烏は街路樹から飛び出すと二、三度羽ばたいてライダーの斜め前に伸びる電線に飛び乗った。
そしてスッと、烏とライダーの視線が交わる。
その時、東の空に浮かぶ雲は柔らかな赤紫色に染まり始めていた。
日の出までまだ、あと、ほんの少し間のある空は、東から西へと浮かぶ雲を、みるみる赤く染め上げゆく。
やがて遥か先に見える、なだらかな山々の稜線から、一点の閃光がこぼれ落ちた。
まるでそれが出発の合図と示し合わせていたかのように、黒い烏と、白いバイクは朝日を左側に受けながら、ほぼ同時に飛び出していた。
およそ10mほどの間隔を開け、時速50kmほどのスピードで肩を並べた烏とバイクは、南へ向かって併走していた。
まるでバイクのスピードに遅れまいとするように、その烏は一所懸命に翼で空気を叩く。
ほどなく、いい追い風を捕まえたらしい烏は、のびのびと翼を広げて、気持ち良さそうに空を滑っていた。
そんな烏の様子を横目に捉えながらライダーは思う。
「(バイクのタイヤは、確かに地面に接地している)」
「(だが、ライダーの足は地面からほんの少しだけ浮いている)」
「(大気に生身を晒し、今、自分は烏と共に空を飛んでいる)」と、そんな風にライダーは感じていた。
烏とバイク。
彼らのほんの数分間のランデブーは、この先車両進入禁止の標識によって終わりを告げる。
ライダーは烏に向けて軽く手を挙げながら、幹線道路に復帰する路地に進入した。
白いバイクは先ほどの川を跨ぐ大きな橋の手前に止まっていた。
この大きな橋は片側三車線を有し、中央分離帯をも備え、少しキツめの登り勾配になっている。
やがて信号が青に変わり、白いバイクは朝日に向かって発進する。
坂道を駆け上がり、徐々にライダーの視界が空で埋め尽くされていった、その時。
川鵜(かわう)の群れが綺麗なV字編隊を組んで、ライダーの頭上を横切って行った。
橋を渡り終え、赤信号の前で地に足を着いたライダーは、今日の「空を飛べる時間」が終わったことを自覚した。
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というワケで、今回は私なりの朝バイクの楽しみ方を……ちょっと(クサい)私小説風に綴ってみました。
生きとし生けるものが幸せでありますように。
230 拝