〇米国は台湾を防衛すべきか――。
これは抽象的な議論ではない。
中国
は4月上旬、海軍が島を取り囲む形で軍事演習を行い、台湾
に対する爆撃シミュレーションを実施した。
台湾に対する中国の軍事的圧力が着実にエスカレートしていることを受け、ジョー・バイデン米大統領はこれまでに4度、米国は中国による攻撃から台湾を防衛すると約束した。
〇台湾のために「国家的自殺」のリスク?
米国の一部の筋にとっては、バイデン氏の誓いはほとんど正気の沙汰ではない。
シンクタンク、ケイトー研究所のダグ・バンドウ氏は「大半の(米国の)政策立案者は台湾を守るために国家的な自殺のリスクを冒す用意がある」と不満をこぼす。
戦争疲れした米国がなぜ、中国沿岸からざっと100マイル沖にある人口2400万人の島を防衛するために、核武装した大国である中国と戦うと脅さなければならないのか。
台湾防衛に対する懐疑論は、欧州の一部地域ではもっと強い。
エマニュエル・マクロン大統領は先日、中国訪問から戻る際、フランスは台湾を守るために指一本たりとも動かさないとの考えを示唆した。
米政治専門サイト「ポリティコ」のインタビューで台湾について話している時、「欧州にとっての大きなリスクは、我々のものではない危機に巻き込まれることだ」と語った。
現実問題として、欧州の軍隊が台湾をめぐる紛争に直接関与すると見る人はほとんどいない。
だが、マクロン氏のような欧州の政治家の態度は重要だ。
何らかの攻撃に踏み切る際の中国の経済的、外交的コストの計算に影響を及ぼすからだ。
〇中国による支配を阻止すべき理由
台湾の運命について心配する理由が何もなかったとしたら、欧州と米国の指導者にとって話は簡単になる。
だが実際には、中国が力ずくで台湾を併合すれば、仏パリだけでなく米イリノイ州ペオリアのような町でも感じられる甚大な世界的影響をもたらす。
台湾防衛を支持する論拠は主に3つある。
①1つ目は、世界の政治的な自由の未来にかかわるもの。
➁2つ目は、世界的なパワーバランスにまつわるもの。
➂そして3つ目は、世界経済に関するものだ。
3つが一緒になると、台湾が中国の手中に落ちるのを阻止すべきだという強力な主張になる。
中国共産党は、一党支配は中国にとって完璧な制度だと主張する。
米国はリベラルで民主的な価値観を推進しようとするのをやめるべきだと同党は訴える。
こうした価値観は西側でうまくいっておらず、中国文化のような共同体文化にとっては大惨事になるという。
だが、繁栄する豊かな社会である台湾は、中国文化が完全に民主主義と両立し得ることを示す生きた証拠だ。
台湾の存在は、中国自体がいつの日か統治される形についての代替的なビジョンを生かし続ける。
〇インド太平洋の覇権争い
中国政府はすでに香港で民主化の夢をつぶした。
習近平国家主席が台湾でも同じことをやるのを許されれば、中国語圏全体で独裁政治が確立されることになる。
中国は21世紀の新たな超大国であるため、これは全世界にとって暗澹たる政治的意味合いを持つ。
米国による民主主義の推進についてシニカルな見方をする人は、
中国による独裁主義の擁護はもっと好きになれないかもしれない。
中国本土がいつの日か政治的な自由を受け入れるという考えは、今もまだ非現実的だ。
だが、インド太平洋地域全体には日本や韓国、オーストラリアなど、繫栄する民主主義国が数カ国存在する。
こうした国は皆、ある程度において米国による安全保障に依存している。
中国が侵略によって、または無理やり不本意な政治同盟に引き込むことによって台湾の自治をつぶすようなことがあれば、地域における米国の力は大打撃を被る。
インド太平洋に新たな覇権国が誕生する見通しに直面し、地域の国々が反応する。
大半の国は外交政策と国内政策を変更することで中国におもねる道を選ぶだろう。
怒りっぽい新たな覇権国の機嫌を損ねるのを避けたいという願望はすぐに、言論の自由を制限し、中国の近隣諸国のための行動も制約することになる。
〇全世界の市民生活に甚大な影響
中国によるインド太平洋支配が持つ意味合いは、グローバルでもある。
この地域は世界の人口と世界の国内総生産(GDP)の3分の2前後を占めているからだ。
もし中国がこの地域を支配したら、世界最強国家の座を米国から奪う日が大きく近づくことになる。
この世界的なパワーバランスの変化によって欧州が影響を受けないなどという考えは不条理だ。
欧州は今、いまだかつてないほど、中国の盟友ロシアを倒す米国の意思に大きく依存している。
一部には、「覇権」のような抽象的な概念は一般市民にはどうでもいいことだと主張する人がいるかもしれない。
だが、台湾の経済発展の奇妙な軌跡は、島の支配がすぐに全世界の生活水準に多大な影響を及ぼすことを意味する。
台湾は世界の半導体の60%以上、最も高度な半導体の約90%を生産している。
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携帯電話から自動車、産業機械まで、現代の暮らしを回している機械や器具は台湾製の半導体で動いている。
だが、こうした半導体を作っている工場は侵略によって破壊される恐れがある。
〇平和を守るために戦争に備え
台湾の工場が侵攻を何とかしのぎ、そこで中国の手中に落ちた場合、経済的な影響は甚大だ。
世界の最も高度な半導体の支配は、世界経済を牛耳る力を中国に与える。
米国がすでに思い知らされたように、台湾の半導体産業を複製することは思っているよりはるかに困難だ。
政治的、戦略的、政治的なこうした懸念材料はすべて、米国とその同盟国に台湾を守るべき強力な根拠を与える。
正気な人は誰一人、米国と中国の戦争など望まない。
しかし今、過去と同じように、時として戦争に備える必要がある。
平和を守るために、だ。
By Gideon Rachman
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