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文=Forbes JAPAN 編集部 写真=西川節子(人物)
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英語圏には「Waste not, want not.」という格言がある。
資源を無駄にしないことで、将来的な不足や困難に対処できる、という考え方を指す言葉だ。
日本語では「もったいない」という世界の共通語も思い浮かぶが、「食であれば、お米一粒にも神様がいるという自然の恵みに感謝する意味が近い」とFOODLOSSBANKの山田早輝子は言う。
<山田 早輝子(やまだ さきこ)は、日本とアメリカ合衆国の実業家。SPLENDENT MEDIA代表取締役社長、株式会社FOOD LOSS BANK(フードロスバンク)代表取締役社長、日本ガストロノミー学会の設立代表。
聖心女子学院初等科・中等科・高等科を経て、聖心女子大学を卒業。住友商事での勤務を経て、2000年に渡米。アメリカ、イギリス、シンガポールで18年過ごす[1]。
慈善活動に長く取り組み、特に持続可能性を中心とした活動において、ヨーロッパの王族の多くが会員を務める国際ガストロノミー学会[2](FAO,WHO,UNESCO, EU等と提携)によるアジア初の学会、日本ガストロノミー学会の設立代表として任命されるなど、複数の非営利団体や企業に、設立やボードメンバーとしての参画、アドバイザーとして関わる。
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「お米の中の神様とは、日本人が昔から持っていた無駄にしない精神です。
それが現在、農林水産省によれば毎年522万トンもの食糧廃棄が行われています」
山田は、食品ロスの現状に対し、生産者と企業やブランドをつなぎ、商流に乗らなかった素材を生かして商品化するなど幅広くこの問題について取り組んでおり、廃棄素材へ新たな付加価値をつけることに尽力している。
日本では食糧廃棄物は一部飼料として活用されるが、全世界でその廃棄量は年間25億トンにも及ぶという試算もある。
食糧廃棄は埋立てにより発生するメタンや焼却などで、世界のGHG(温室効果ガス)排出量の8〜10%*がこれに起因すると見られている。これは1国家レベルの排出量に匹敵する。(*IPCC 第6次報告書より)
「GHGの問題では、飛行機に乗る飛び恥というコトバが生まれましたが、バイオ燃料などの取り組みも進みリアルさに欠けています。
それよりも『ロス恥』でしょうね。
IPCCのレポートによれば、食品ロスは飛行機の6倍近くもGHGが多い。
野菜はよく知られるように安定供給と見た目の大事さという慣例から過剰に生産せざるを得なく、価格を維持するために多くが調整=廃棄されるが、これにもエネルギーが費やされる。
お米にもムダがあって、毎年新米が取れるのでそれ以外は古米とみなされます」
山田は伊藤忠食糧とともに、「れすきゅうまい米」という試みを行っている。飼料や廃棄となる古米、精米段階で欠けたりした形の悪いコメなどを、さまざまな製品に転化する取り組みだ。
米粉への加工などで菓子など別の商品に生まれ変わる。
「日本の米・古米、米粉を活用することで、日本の農家さんも販路が増やせるし古米を捨てる量を減らせます。イタリアのリゾットに使うお米など、わざわざ海外から輸入しなくても多様な種類の日本米で代用も可能です。
日常的に使われるお米、小麦粉の代わりにれすきゅう米やその米粉を活用することで、食糧廃棄から脱却する一つの方法になります。
すでに全日空さん社内食堂やキッザニアさんのプロジェクト、お菓子のコラボでは東京で評価の高いレストランとして知られるétéでも、れすきゅう米粉は活用いただいていて、理解と活用が進んでいます」
〇美味しくなければ意味がない
また、山田は数多くのメゾン系ブランドやファッションブランドとのコラボレーションで食糧廃棄に取り組んでおり、例えばれすきゅう米の米粉は「グッチ」のレストランでパスタに一部が活用された。
「米粉を100%使ってくれてもその店独自のレシピでは美味しさが保てないこともあります。
100%使ってくれるレストランが3社あるより、30%だけ配合して美味しさを守ってくれるところが10社あれば、『環境に良い以前にまず美味しい』が広がると思います。できること=美味しい、をできる範囲で行うことがまずスタートだと思うんです。
そして、信頼ある企業さんやブランドさんが率先して形にしてくれることで、その影響力が地球上の約半分のCO2を排出していると言われる上位10%の富裕層に届く事はもとより、多くの人がその取り組みを知るところになり、広く食糧廃棄を感じてもらえるきっかけになるんです」
グッチやアルマーニ、ブルガリなど華やかな世界で、手に取り、口に入れる食品が「廃棄されなかったもの」でできていることは強い印象を消費者に植え付ける。
この効果は力のある富裕層を変え、商品を愛する広い消費者層に伝わる。
「何もしないより、一足飛びの未来より、ひとつずつ形にしていき多くの人に知ってもらうのが食の明日につながる」と山田はいう。
〇わざわざ牛を食肉にすることはない、の意味
山田は2月、大阪にいた。れすきゅう米の倉庫管理を伊藤忠食糧の担当者とともに確認するためだが、さらに足を伸ばした。「代替肉」を見るためだ。
「地政学的なリスクから穀物の問題は深刻です。
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食糧だけでなく飼料にも影響し、ただでさえ生産効率が高くない畜産業には大打撃で肉の価格にも影響が出ます。
昨今の健康ブームもあり、食肉に変わる代替肉の普及は、多様なバリエーションと技術的な効率の高さで食糧廃棄にも一役買う」と山田は重要視している。
2021年10月、パソナグループとカゴメ、不二製油グループ本社らが全12社と連携し、プラントベースとライフスタイルの持続可能社会を目指す団体「Plant Based Lifestyle Lab」を設立した。
その中核の1社である不二製油は、大豆由来の食品素材の代表的な製造企業だ。
実際に一部の製品が有名人気ラーメン店で商品として販売されるなど、「実は不二製油の素材」という製品が普及している。
「写真:試食で出た豚骨ラーメン。麺もスープもすべて大豆由来の素材でできている。」
「写真:大豆由来の代替肉サンプル(不二製油)。その食感は「すでにもう肉」と言っていい。」
「写真:不二製油は、大豆肉のほかに、その素材を活かすための「ダシ」にも注力しており、中華系、洋風のフォンなど、食材を活かすベースフードの質は高い。」
<下記URL
参照
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「代替肉のバーガーで有名な米『インポッシブルバーガー』
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インポッシブル・フーズ(英語: Impossible Foods)は、カリフォルニア州レッドウッドシティに本部を置く植物由来の人工肉や乳製品を製造・開発するアメリカ合衆国の食品テクノロジー企業。アメリカと香港の1000以上のレストラン、アメリカのバーガーキングなどで同社の代替肉を使用した「インポッシブル・バーガー」を提供している。
同社は2035年までに動物性食品の必要性を排除することを目標にかかげている[1]。
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のCEOパトリック・ブラウンと話した時、『もしこの肉が牛よりも体に良くて、地球に良くて、美味しくて、同じぐらいの値段で提供できたら、誰もわざわざ牛を殺して食べる人はいない』と言っていました。
まさにそうだと思う。今までの代替肉はちょっと豆腐みたいな味がしたり、何か妥協を感じました。
環境や体に良くて更においしければそれが妥協ではなくなる。そうなったときに初めて、やっぱり普及するんじゃないかなと思います」
代替肉、というワードは注目度を失ったようにも見えるがそれは正しくない。今、「おいしい事例」に進化し次々と新体験が生まれている。
米では、22年にケンタッキーフライドチキンの「ビヨンドチキン」
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という代替肉のナゲットが発売され、英のマクドナルドでも、「マックプラント」
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の名で代替肉バーガーが登場した。宅配食のパンダエクスプレス
でもビーガンチキン
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がメニューに加わった。
国内でも、美味しい代替肉として知られる「NEXT MEATS」が代替カルビ肉
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を生み出し、焼き肉チェーンでメニューとして展開されたし、茨城県つくば市による麹菌から生まれる「菌肉」
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というプロジェクトなど、実際に味わえる機会が増えている。
不二製油は素材のメーカーであるため黒子的存在だが、多くの大豆由来の原材料を提供している。
その「肉肉しさ」は驚きの完成度で、特に、肉の特長である繊維質の再現度は、そのリアルさを表現する形容詞を思いつかないほどだ。
不二製油では試食会が行われ、山田もその可能性に期待を寄せた。
「不二製油さんも、美味しくないと代替肉や大豆由来の食品素材の発展が厳しいことを理解されています。
これは日本のインバウンドにも関係してきますね。
東南アジアからの観光客はムスリムも多く、日本には行きたいけれど食に困るという話も出ている。ここに貢献できるのは観光資源が次のテーマと言われる日本の光だと思う」
山田は、れすきゅう米や不二製油での体験から、世界で勝てる日本の鍵を挙げた。
「お米の神様も、おいしいを追求する姿勢も、日本が世界に勝てるのは日本人が持つ内的な成長への意識だと考えています。
インナーディベロップメントゴールズですね。
不二製油さんの大豆由来製品の技術も、その意識が生んだものかと思います。食品ロスはこれからさらに重要なテーマになってきます。
日本が劇的これを解決できる意識と技術はすでにそろっている。
あとは、それを知ってもらう、商品として買ってもらう。ここは私の仕事でもあります」
新しい食品素材の可能性は、美味しいかどうか。その探究心は日本の強みなのだ。