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朝日新聞外交専門記者
牧野 愛博Official Columnist
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朝日新聞外交専門記者。
広島大学客員教授。
1965年生まれ。59歳。
大阪商船三井船舶(現商船三井)を経て91年、朝日新聞入社。
瀬戸通信局長、政治部員、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長、編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)などを経て、21年4月から現職。
著書に『絶望の韓国』(文春新書)、『金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日』(講談社+α新書)、『ルポ金正恩とトランプ』(朝日新聞出版)、『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)など。
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朝鮮中央通信は、北朝鮮の金正恩総書記が6、7の両日、北朝鮮軍の訓練を現地指導したと伝えた。
労働新聞は6日の訓練で22枚、7日の訓練では31枚もの写真をそれぞれ公開した。
金正恩氏は両日の訓練をみて、いずれも「大きな満足」を示したという。
ただ、写真を詳細にみていくと、「大きな満足などしていて大丈夫か」という現実も浮かび上がる。
〇6日は、西部地区重要作戦訓練基地での実動訓練だった。
金正恩氏は黒い革ジャンパーを身にまとい、新しい戦闘服に身を包んだ将軍たちを従えてさっそうと登場した。
ヘルメットと防弾チョッキ姿の北朝鮮軍兵士たちがソ連式AK74をコピーしたとされる88式小銃やロケットランチャーなどで武装して突撃した。
ヘリコプターから降下する様子も写っていた。
正恩氏自らが小銃を構えて指導する写真もあった。
陸上自衛隊中部方面総監を務めた山下裕貴・千葉科学大客員教授は「訓練は市街地戦か対テロ作戦、いわゆる低強度紛争レベルのものでしょう。
北朝鮮に侵入した小部隊の撃破や要点確保のための作戦だと思います。
参加部隊も後方地域の警備部隊か治安部隊ではないでしょうか」と語る。
山下氏によれば、訓練は小火器射撃、ヘリコプターによる部隊の機動・展開などだったが、「基礎的な訓練であり、米韓に大きなインパクトはない」という。
韓国の国防力強化などを訴えて2003年に結成された市民団体「自主国防ネットワーク」の事務局長で、韓国メディアなどでの軍事解説で活躍している李逸雨(イ・イルウ)氏は「将軍たちは新しい戦闘服を着ていたが、兵士たちの戦闘服の迷彩パターンがバラバラで、寄せ集めという印象を受けました」と語り「防弾チョッキの着用も雑で急所をうまくカバーできていません。
西欧国家の軍隊を映像や写真で見て真似ただけで、きちんと指導できる教官がいなのかもしれません」という。
金正恩氏が自ら小銃を手に取り、構える写真も公開されたが、「最高指導者がやる必要もないし、構え方もいい加減でした」(李氏)という。
〇7日には北朝鮮軍大連合部隊による砲撃訓練が行われた。
労働新聞などは、密集した様々な種類の火砲が一斉に火を噴く写真を公開した。
訓練には「敵の首都(ソウル)を攻撃圏内に収めて戦争抑止の重大な軍事的任務を担う国境線付近の長距離砲兵区分隊」などが参加したという。
山下氏は「一目で示威目的の演習とわかります」と語る。
同氏によれば、一般的に砲兵は1個大隊(3個中隊)18門が基礎となる部隊(実戦で運用する単位)。
1個中隊の6門が射撃実行単位になるため、6門が敵の対砲兵戦射撃(対抗射撃)で一度に全滅しないよう、分散して配置する。
間隔は、敵の1発の榴弾の威力も考慮する。
基準とする砲から両翼に、少なくとも50~100メートルの間隔を取り、前後にも50メートルほどずらして、ジグザグ配置するという。
「寄せ集めの部隊による展示射撃訓練といったところでしょう。
古い装備を動かす整備能力には感心しますが。
とにかく、北朝鮮軍の威容を誇示したかったのでしょう」
一方、李氏によれば、写真からは、100ミリ、120ミリ、140ミリ、155ミリ、170ミリ、240ミリなど、実に様々な口径の火砲が確認できるという。
南北軍事境界線からソウルまでは50キロ前後離れている。
李氏は「少なくとも155ミリ以上の口径でなければ、ソウルに砲弾は届きません
同時に「あんなに色々な口径の火砲を並べたら、補給が複雑になって大変です」とも語る。
「金正恩は米韓に脅威を与えることに夢中になりすぎて、かえって北朝鮮軍が抱える問題をさらけ出したといえるでしょう」
米韓の大規模な合同軍事演習は14日まで続く。
北朝鮮国防省は4日に発表した報道官談話で「米国と大韓民国は、自分らの誤った選択が招く安保不安を刻一刻と深刻な水準で体感することで、応分の代償を払うことになる」と警告した。
「深刻な水準での体感」が今後、どういう形でもたらされるのかは、まだわからない。