<5月2日公開写真金正恩氏は「身代わり、なりすまし」を否定できるのは対面経験者トランプ大統領か>
<身長不明、着席率100%の金委員長から権力移譲過程にあるのは、左隣の実妹金与正氏か>
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© 東洋経済オンライン 5月2日に公開された北朝鮮の金正恩委員長(中央)。身長不明金委員長の隣に座るのは、実妹である金与正氏。(写真:ロイター)
福田 恵介(ふくだ けいすけ) Keisuke Fukuda
東洋経済 解説部コラムニスト
1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。
https://toyokeizai.net/list/author/福田+恵介
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2020/05/04 08:00
「重体説」や「死亡説」が流れていた北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が、20日ぶりに公の場に姿を現した。
朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」や朝鮮中央テレビなどの北朝鮮メディアは5月2日、平壌北方の順川(スンチョン)にあるリン肥料工場の完工式に金委員長が出席し、テープカットを行っている様子を伝えた。この完工式には金委員長の他に、実妹である金与正・党中央委員会第1副部長も同席した。
4月下旬から世界のメディアが繰り返し報じてきた金委員長の「健康異常説」に、ひとまず終止符が打たれることになった。この異常説は、米韓メディアが「重体」「死亡」などと報道したことで火がついた。4月15日に毎年行っている故・金日成主席の誕生日に、金主席の遺体が眠る錦繍山太陽宮殿に金委員長が参拝しなかったことが根拠の一つとされた。
過去にもあった「空白期」
北朝鮮メディアが報道した金委員長の様子を見ると、動静が確認された4月10日の砲撃分隊訓練や11日の党政治局会議、12日の空軍視察当時の姿とそれほど変わりなく、ことさら健康が悪化した気配はうかがえない。
今回の健康異常説について、韓国政府やアメリカのトランプ大統領は否定的な反応に終始した。韓国政府は一貫して「特異な兆候は認められない」と主張。その理由の一つに、金委員長が政権を本格的に担うようになった2012年以降、自らの動静が消えた「空白期」が何回かあったことを挙げた。具体的には、短い時で2016年の11日間(4月25日~5月5日)、長期間にわたったケースとして2014年の39日間(9月5日~10月13日)、動静が報じられなかったことがある。
もっとも長かった2014年の場合、空白期の後になって現地指導でステッキを手にする金委員長の姿が確認されている。これは足の手術のせいであるとされた。また、「(金委員長は)不便な身体でも人民のために指導者としての道を続けられている」とのナレーションが、記録映画にも残されている。
空白期間中、金委員長がどこで、何をしていたのかもよくわかっていない。「北朝鮮東部の元山(ウォンサン)に滞在していた」「新型コロナウイルスを避けて地方に行っていた」などという報道があり、北朝鮮の現状を考えると、新型コロナウイルスの感染を避けていた可能性は高い。
20日ぶりに姿を現したのは、世界から北朝鮮に集まる視線を意識した可能性も考えられる。北朝鮮メディアの報道をみると、これまで外国メディアが流してきた疑惑を払拭させたいとの意図が垣間見える。
経済重視の国家路線をアピール
例えば、完工式の壇上に掲げられた「2020年5月1日」という日付を大写しにしたり、しっかりとした足取りで壇上を上り下りする金委員長の姿を映したりしていた。
また、愛煙家として知られる金委員長がたばこを吸う様子も報じられた。これらは、5月1日の当日ではなく以前に撮影されたもの、または「それでも健康ではない」といった反論を封じ込めるため、ことさら演出をしたのではないかとも思えてくる。
ただ、今回報じられた肥料工場の視察は、金委員長の現地指導としてはオーソドックスな形だった。日本では核開発など軍事分野での活動のほうが注目されやすいが、北朝鮮がいま最も注力している国家事業は経済分野だ。
中でも、金委員長が訪問した肥料工場は2017年7月に着工され、高濃度リン酸アンモニウムによる肥料の生産拠点となるべく建設された工場である。経済の中でも特に農業を「主要最前線」とする北朝鮮において、食糧増産につながる肥料の国内自給は喫緊の課題であり、その解決のために北朝鮮が完成に注力してきた代表的な国家プロジェクトの1つがこの工場だった。
金委員長は2020年初の現地指導として、1月に順川リン肥料工場を訪れている。同工場を「今年の経済課題の中でも党が重視する対象の一つ」と紹介していた。そこを5月1日のメーデーという北朝鮮の祝日に訪れたことは、金委員長の現地指導の場所としてもっともふさわしいものだったと言える。
「健康異常説」が広がる中で、金委員長の実妹である金与正・党第1副部長が後継者だという説も浮上した。今回の現地指導でも、完工式の壇上に金委員長とともに金与正氏の姿が確認された。権力が世襲されてきた北朝鮮において、金委員長の血族であり、次なる指導者は金与正氏だと考えることはあながち的外れな推測ではない。ただ、壇上に上がったことだけをとらえて、金与正氏を次期後継者とみなすのも無理がある。
繰り返される根拠のあいまいな報道
今回の動静報道では、ことさら金与正氏がクローズアップされているようにも思えるが、これは金与正氏を「後継者」とする国外メディアの報道を意識して、わざと映像を増やしたと解釈することもできる。また、壇上の席順は、北朝鮮の儀典に従ったものにすぎないという見方がある。
ひとまず金委員長の健康異常説は収まったが、北朝鮮に関する情報の真偽を見極めるのは難しい。韓国では特に、4月15日に行われた総選挙で当選した脱北者出身の2人の国会議員による「(金委員長は)死亡した」「(健康が)異常だ」との発言が注目を集め、健康異常説がさらに過熱した。
中国から医師団が北朝鮮に派遣されたといった情報も流れ、中国政府はこれを一貫して否定した。中朝間は現在、国境が封鎖し、陸路でも空路でも往来ができない。こうした報道が根拠もあいまいなまま繰り返された。
北朝鮮は情報を管理できる国だ。流れ出る情報が限られている分、根拠に乏しい報道が生じやすい。今後も指導者の空白期が生じたり、後継者説が出てくる可能性は高く、われわれはそのたびに情報に振り回されることになるだろう。
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