■「キレる高齢者」はなぜ増える? 考えられる要因とは
近年「キレる高齢者」の問題がメディアを賑わせています。『犯罪白書』(2016年版・法務省)によると、2015年の刑法犯の年齢層別の成人検挙人数は65歳以上が最も多く、特に暴行・傷害の検挙人数が20年間で著しく増加し、1996年の約20倍となっています。
平成29年版 犯罪白書の概要から
犯罪にまで至るほどの深刻なケースではなくても、公共の場所や近隣住民とのちょっとしたトラブルによって、怒りが止まらなくなるほどののしり続けたり、恨みを募らせて嫌がらせを続けたり、といったケースもよく耳にするようになりました。
ではなぜ、これほどまでに「キレる高齢者」の問題が増えているのでしょうか?
もちろん全ての高齢者の方を一括りにすることはできず、抱えている事情はそれぞれですが、たとえば組織の中で敬われていた人が現役を引退すると、周囲に気を遣われることが少なくなり、自尊感情を保てなくなることもあるでしょう。老化によって体の自由がきかなくなり、健康や金銭的な不安も高くなっていくことで、憂うつになることも増えるかもしれません。
こうした問題もまた、高齢者が「キレて」しまうほどストレスをためてしまうことに大きく影響しているものと思われます。
高齢者にとっての現代は、変化のスピードが速すぎる?3また、社会の急激な変化も高齢者には大きなストレスをもたらします。その中核となるのが、ITの進展やインターネットの普及という変化です。
『メディア定点調査2017』(博報堂メディアパートナーズ メディア環境研究所)によると、2017年のスマートフォンの所有率は約78%、4人に3人がスマホを持つ時代です。なかでも、40代から60代の所有率が急伸しており、年齢を重ねてもIT機器を活用して生活していくことは避けられない時代となりました。
オンラインで最新の情報とつながり、決済の多くがインターネット上で行われるのが現代のスタンダードです。非常に便利である一方、この流れに適応しにくい人、特にITの知識になじみにくい高齢者にとっては、生きにくさを感じる時代です。
■高齢者がなじんできた文化と急激に変わる文化
多くの高齢者がなじんでいる従来型のコミュニケーションやサービスとは、次のようなものです。
・家族や知人に連絡をとりたくなったら、まず電話をする
・買い物は、リアル店舗に出向いて店に並べられた品物の中から買う
・物やサービスの使い方は、人に教えてもらいながら覚える
・契約は紙ベース、対面で。営業担当者に話を聞きながら行う
一方、現代ではコミュニケーションやサービスが次のようにシフトしつつあります。
・家族や知人との連絡手段の中心は、SNSの利用
・買い物は、ネットで多くの情報から価格や品質を吟味して選ぶ
・ネットで検索して使い方を調べ、それでもわからなければ人に聞く
・契約はオンラインで、複数の情報を見比べながら行う
このように、コミュニケーションやサービスの質が変化する過渡期には、新しい形態になじみにくい人は生活の不便さを感じやすくなるものです。
人間は年齢を重ねれば丸くなり、ストレスをおおらかに受け止められるようになるもの、と思い込んでいる人が少なくありません。しかしどの年代でも、新しいことや慣れないことに適応するには多くの緊張と不安を伴うものです。
新しい物事の習得に時間がかかる高齢者は、なおのこと緊張と不安を覚え、ストレスを感じやすいものと思われます。
■ストレスを吸収しあえる身近な人々との関係性が重要
またこの問題の背景には、日常で生じる小さなストレスを吸収しあう身近な存在(家族、友人など)との関係性も大きく影響しているものと考えられます。
身近な人との良好なコミュニケーションがとれていれば、社会の変化にストレスを感じても、ストレスを会話の中で吸収しあうことができます。しかし、キレるまでストレスをためているということは、それを吸収し合える人が身近にいないことが考えられます。
たとえば、一人暮らしの高齢者で気軽に話し合える知人や友人と交流していない方は、身近な人と互いにストレスを吸収しあう機会が少なく、鬱屈しやすい状況にあるのかもしれません。もちろん全ての方にあてはまるわけではありません。
また、もし家族に尊大な態度で接していれば、家庭内でのコミュニケーションが失われがちになり、気軽な会話も成り立たなくなることもあります。その結果、苛立ちを外に向けて発散させ、「キレる高齢者」の行動が人の目に触れやすくなるという例も多いものと考えられます。
■「キレる高齢者」に対応する際の3つのポイント
では、キレてしまった高齢者に対して、周りはどのように対応すればよいのでしょう? 暴行や脅迫のように犯罪にあたるケースは早急に警察に連絡することが大切ですが、それほどではないケースには、次の順番で対応することをお勧めしたいと思います。
1. 話を受け止め、まっすぐに聴く
キレるほどの不満がある人の話はしっかり受け止め、まっすぐに聴くことが大切です。その際には、表面的なクレームの奥にある感情に注目します。
怒りは「第二感情」と言われます。つまり怒りの前には、必ず怒り以外の感情(第一感情)が湧いているということです。それは、思い通りに物事が運ばないもどかしさかもしれません。物事の急な変更への戸惑いかもしれません。話し相手がいないことの憂うつ感かもしれません。こうした第一感情に注目すれば、目の前の「キレる行動」に動揺することは少なくなります。
2. 相手の要望と自分でできること、提供できるサポートを確認する
キレるほどの不満の奥には、「こうしたい」「こうしてほしい」という要望があります。相手にはどのような要望があるのか、きちんと確認しましょう。もちろん、その要望にすべて応えなけれなばならないわけではありません。こちらが提供・サポートできることについて説明し、相手が自分自身で対処できること、求めるサポートも確認しましょう。
3. 今、その人が活用できる資源を検索し、案内する
不満は、活用できる資源に対する視野の狭さから生じていることが少なくありません。したがって、その人が活用できる資源を見つけ、視野を広げていくことが大切です。
居場所や趣味の講座、おしゃべりサロン、個別の相談窓口など、無料・低料金で利用できる社会資源はたくさんあります。こういう時こそ、ITが得意な若い人たちがサービスを検索し、案内してあげると親切だと思います。
……年齢を重ねれば自分自身も同じようなストレスに遭遇し、どうにもならない苛立ちを抱える日が来るかもしれません。したがって、キレている高齢者の姿だけを見て、「困った人だ」と眉をひそめるのではなく、その人が置かれている状況や思いを想像してみることが必要です。
またこの問題は、家族だけで抱えないことも大切です。家族は精神的な距離が近すぎることから、お互いに対する思い入れが強くなりがちです。相談員や人生経験が豊富な人に相談をすることで、よいヒントが見つかることは多いものです。ぜひ、他者の良い知恵をたくさん参考にしながら、考えていきましょう。