准教授主導で200名以上もの学生が関与した詐取事件、8人1部屋の共同生活…防衛大の時代錯誤なリーダーシップ・フォロワーシップ教育がもたらす大きな弊害〈防衛大現役教授が実名告発〉
6/30(金) 10:00配信
集英社オンライン
危機に瀕する防衛大学校の教育#2
等松春夫教授/集英社オンライン
防衛大学校で教鞭をとる等松春夫教授が公開した衝撃的な論考『危機に瀕する防衛大学校の教育』について、インタビューをおこなった。なぜ、等松教授は職を賭してまで“告発”に踏み切ったのか。(前後編の後編)
【画像】告発する等松教授
時代遅れの8人1部屋の共同生活
等松教授は日本の内外で活躍する政治外交史・戦争史の研究者であり、軍事史研究の泰斗、H・P・ウィルモットの著作の翻訳者としても知られる。そして14年にわたって防衛大学校と自衛隊の諸学校で教鞭をとってきた教育者でもある。
幹部自衛官育成の内情に危機感を持つ教授は「内側からの声だけで改革への道を開くには限界がある」と、長年にわたる組織の歪みを指摘した論考を執筆したと語る。
編集部(以下、――) 自衛官教官の問題やコロナ禍中のスキャンダルだけではなく、全寮制の防大において、学生たちのライフスタイルの改革が急務だと論考ではおっしゃっています。
等松(以下、略):防大の教育では、リーダーシップ・フォロワーシップということが強調されています。上級者は、的確な判断を下して下級者を導く(リーダーシップ)。下級者は、すぐれた上級者に従う(フォロワーシップ)という観念です。軍事組織には命令系統があり、指揮官の統率のもとで行動するため、上級生による下級生の指導(学生間指導と称される)が制度として取り入れられています。
この考え方に基づき、防大生は1年生から4年生までの8人一組が学習室と寝室を共有して、学生舎で生活しています。したがって、授業と校友会活動(クラブ活動)以外の時間は、この8人が同じ場所で時間を過ごします。このような生活の中で、上級生が下級生を指導するわけです。
しかし、この指導は学問よりも日常の振る舞いのほうに重点が置かれており、現代においては、メリットよりも弊害のほうが大きいように思われてなりません
――そうは言っても、防衛大は“士官学校”のような場所でもありますよね?
たとえ士官学校であったとしても、連帯感とリーダーシップ・フォロワーシップの涵養に、上級生から下級生までを8人で常時共同生活をさせる必要はないでしょう。実際、米国の陸軍士官学校(ウェストポイント)では4名1部屋ですし、海軍(アナポリス)と空軍の士官学校は2名1部屋です。
200名以上もの学生が関与した詐取事件
――そうなんですね。
韓国の士官学校も2名1部屋で、居室内はパーティションで1名ずつのスペースに区切られています。また、中国の士官学校は学年別の教育を行い、上級生に下級生の指導はさせていません。集団生活の上下関係による躾と、軍事組織における指揮系統と団結心の確立の間に、科学的に立証された因果関係はないのです。
個人倫理よりも集団の論理が優先される環境で、悪質な上級生が「指導」をすると、下級生は悪に染まり、学生舎は、いじめ、賭博、保険金詐取など、諸悪の温床となります。このような環境下では、上級生からの理不尽な「指導」を受けた下級生は防大・自衛隊という組織に幻滅して退校するか、面従腹背するか、あるいは報復が恐ろしいので上級生の指導に無条件で服従するようになります。
そして、根拠なきリーダーシップとフォロワーシップによって集団の団結が強調される中で思考停止に陥り、上級者の命令に疑問を持つこともなく従うというメンタリティが形成されていきます。こうして、上級者に引きずられた下級者が、結果として悪事に加担してしまうということが起きるのです。
――2013年の保険金詐欺事件(5人以上の任官していた卒業生が懲戒免職/13人以上の学生が退校処分)や、2019年に発覚した補助金詐取事件(防大の准教授だった海自のX3佐が、妻の経営するペンションに学生たちが校友会活動で宿泊したように見せかけて、防衛省の共済組合から支払われる補助金を詐取していた)などは、悪しき上下関係の産物でしょうか。
補助金詐取事件のX3佐は結局、懲戒免職になりましたが、その処分が下るまでに不自然な異動が2度も行われ【1】、防大当局が不祥事をうやむやにしようとしていた形跡があります。
また、この件では200名以上もの学生が詐取事件に関与していましたが、X3佐にだまされていた可能性が高いということで処罰されませんでした。しかし、うすうす不正が行われていることを察知していながらも、報酬や圧力に負けて黙っていた学生たちが多かったことは間違いありません。彼らの倫理観も疑われます。
これらの事件が長らく発覚しなかったのは、防衛学教育学群の准教授や、上級生という上位者の主導で行われていたためでした。下級者は報復が怖くて不正を告発できず、あるいは「長いものには巻かれる」慣習に慣れ過ぎてしまった結果、悪習が長きにわたって続いてしまったのです。その傾向は卒業後もなくなりません。
現役幹部による情報漏洩事件
――昨年発覚した、現職の幹部自衛官による海上自衛隊OBへの機密漏洩事件も同じ構図ですね。海上自衛隊の情報業務群司令である1佐が、かつての上司であるY元海将の要望に応じて、機密情報を提供してしまった。
Y元海将は、海上自衛隊幹部学校校長や自衛艦隊司令官を務めた大物OBです。この現役の1佐は懲戒免職となりましたが、現役ではないY元海将は何らの処罰も受けていないと聞いています。これも、奇妙なことです。
いかに高位にあったとはいえOBに現役幹部が機密情報を提供したことは深刻な公私混同です。さらには、情報提供が横須賀の海上自衛隊庁舎内で行われていた点から、この種の行為が常態化していたことがうかがえます。
この1佐は50代初めで、自衛官歴が30年近いれっきとした高級幹部です。そのような高級幹部が元上司からの要望というだけで、機密情報を提供してしまうとは、社会人としてまともな判断能力が働いていないとしか思えません。
上級者・先輩というだけで、何でも言うことに従うという幹部自衛官の思考停止は、誤ったリーダーシップ・フォロワーシップ教育の産物です。個人の倫理観が十分に確立されていない中で、上級者への服従と団体精神を過度に強調する教育を受けることは、このような非常識な幹部自衛官を作ることになるのです。
等松教授による論考『危機に瀕する防衛大学校の教育』全文は集英社オンライン記事内のリンク参照
https://shueisha.online/culture/142994
※「集英社オンライン」では、今回の本記事に関しての取材対象者や情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。
メールアドレス:shueisha.online@gmail.com
Twitter:@shuon_online
【1】編集部の取材に対して、防衛大学校は下記のように回答した。「当該3佐の懲戒免職処分が下るまでに異動が2度行われたことは事実である。しかし、これらは諸状況を考慮し、適切な異動の処置を行ったものと考えている」(大意)。