百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

東京マラソン

2007-02-18 21:29:43 | Weblog

  2月18  (日)  ③
                         平成17年1月1日より 778日目
                                    歩いた歩数       其の距離
                         本日         10,620歩          7,434m
                         総計   11,206,924歩   7,844,847 m
               上海から連雲港を経て北京に向かう 徐州まで185,303m

  午前中はテレビに釘付け、東京マラソンに見入った。東京マラソンは石原知事の大英断で強行されたもので、世界の目を日本に向けさせ、2016年の東京オリンピックをアピールする意向があったものとおもわれる。生憎の冷雨の中のスタートとなったが、初めての日本最大のこのイベントが大きなトラブルものも無く、目抜き通りをお祭り気分で粋に走り終わることが出来たことで、オリンピック誘致に世界の目を向けることに、成功したと評価してもよいのではないか。

 そして三選を目指す石原知事の選挙戦に大きく貢献したようにも思う。

 一万円の参加費を払ってまで参加した市民、一万人のボランティア、都心の目抜き通りを6時間に亘っての交通規制、参加者30,860人完走者29,852人完走率96.7%何をとっても素晴らしい。

  優勝したケニアのダニエル・ジェンガには申し訳ないが、第一回の東京国際マラソンの優勝は日本人で飾って欲しかった。

             

 午後、Nさんを訪ね、メールに自動的に入るよう署名を設定してきた。帰りに例の木橋から「苔」を頂いて来た。

              

             

  夕方、ママがトルコ旅行から帰ってきた。出発直前まで点滴を受けていた居たので心配していたが、元気で旅の楽しさを語る姿を見て一安心、頼もしささえ感じた。

      
        カッパドキア          

 

 


男はつらいよ

2007-02-17 22:00:53 | Weblog

  2月17日  (土) 
                          平成17年1月1日より 778日目
                                       歩いた歩数       其の距離
                          本日          14,402歩        10,081m
                            総計   11,210,706歩  7,847,494 m
                   上海から連雲港を経て北京に向かう 徐州まで182,656m

   生き生きサロンで約束した10回目の最後の名画鑑賞会を公民館で開催した。午後6時半からの「昭和の歌」は昭和26年から31年までの流行歌、公民館のコピー機が動かないので、字幕に歌詞を入れたが、これが功を奏したか、館内に歌声が沸き上がった。「月がとっても青いから」「別れの一本杉」「お富さん」「愛ちゃんは太郎の嫁になる」など懐かしのメロデーに盛り上がって大成功。お陰で映画が大幅に遅れることになってしまった。

 映画は「男はつらいよ」の31作目(旅と女と寅次郎)、家で試写して見たが気分が乗らないので、自信の無いままスタートした。

 寅次郎は新潟で訳ありの女性と知り合い一緒に旅をするが、民宿の女将から彼女が過密なスケジュールと失恋の痛手から失踪していた、人気歌手「京はるみ」だと聞かされ驚く。しかし寅さんは知らないふりをして気ままで楽しい旅を続け、はるみの心は晴れていく。やがて、プロダクションの社長らに追いつかれはるみはもとの世界に帰り旅は終わった。歌手として復活したはるみは絶好調であった。ある日意気消沈し帰宅した寅さんの元にはるみが訪れ、柴又は騒然となる。はるみは寅さんにお礼と、恋人と復縁したことを告げコンサートの招待券を渡す。しかしコンサートにはさくら夫婦が寅さんの意を受けて会場へ、寅さんは未練を振り切ってまた新しい旅に出た…

  一人で見た試写とは違って、我ながら気分の盛り上がり感じた。これが映画のいいところ、終わったときには拍手が起こった。「ありがとうございました。」「今までで一番!」と声がかかって、肩の荷をおろしたようにホットした。また「男はつらいよ」シリーズを続けよう。

 因みに渥美清がもらった賞
   昭和57年に都民文化スポーツ栄誉賞、
             58年にブルーリボン主演男優賞、
             60年に葛飾区民栄誉賞、
             63年に、紫綬褒賞
        平成元年に浅草芸能大賞を受賞する。
        平成8年8月4日、肺ガンのため順天堂病院にて死去。享年68歳。
         死去後、国民栄誉賞が贈られる。

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            午前、昼近く、久し振りに運動公園コースを歩く。

            
                                     細波の立つ針湖

                     
                                       縞目模様が美しい旭地区


まあ~んで、げっとの親子

2007-02-16 18:12:38 | Weblog

    2月16日  (金) 
                          平成17年1月1日より 777日目
                                       歩いた歩数      其の距離
                          本日          14,170歩     9,919m
                          総計   11,196,304歩  7,837,413 m
                上海から連雲港を経て北京に向かう 徐州まで192,737m

         
               まあ~んで、げっと その71

         直に、「雨水」 普通の年だったら「陽が長くなって
         来たなあ、春近づいて来たな~」なんて感じて
                  
少しは嬉しくなって来る頃だのに。昭和54年の冬
                   も雪が少なくて、此処 戸狩のスキー場も2月で閉
                   めて閉まったという記録も・・・それより今年のバレ
                   ンタインはチョコ幾つだった?俺は三つ!

         
                             コレ ただのTシャツじゃないよ!

   これは「まあ~んで、げっと」の息子さんが作った「方言シャツ」である。親が飯山言葉丸出しで「かのえ」のコマーシャルを書いてれば、息子がそれを上回るアイデャでこのシャツを発案した。なんて書いてあるんだって? 上から GYAROME(ぎゃろめ) 2行目はPOWERDRIVE(これは製作グループ名) SSSはSETTAKA(せったか)SEWANEKA(せわねか)SETTEMIRO(せってみろ) MATT(まっと) ZUKU(ずく) NAJYODAE(なじょだえ) GOE(ごえ)  GOEの下 ACHA(あちゃ) 一番下MARDE GET(まあで げっと) ORAHOO(おらほー)

  みなさんが欲しいといっても、インターネットでもうみんな売り切れたそうだ。


目玉を落とした話

2007-02-15 18:23:34 | Weblog

  2月15日  (木) 
                          平成17年1月1日より 776日目
                                     歩いた歩数       其の距離
                          本日         13,113歩          9,179m
                          総計   11,182,134歩  7,827,494 m
                上海から連雲港を経て北京に向かう 徐州まで202,656m

  昭和20年の初夏、戦局は緊迫し、連合軍が関東平野に上陸した時に発する「信濃一号」の作戦命令で、我が東部150部隊補充隊の全員の配置が決まり、一億玉砕を覚悟しつつあった頃のこと、命令受領から戻った滝沢班長が笑いながら、「営門に目玉が落ちていたと言うが、まさか我が班には落とした者は居ないだろうナ?」と呼び掛けたところ、召集兵が手を挙げ、「ハイ!私が落としたであります!」と言う。

 皆驚いて、彼を見たが、目玉はちゃんと着いているので大笑いとなった。ところが彼は大真面目で、「自分は片目が見えません。これは義眼であります。戦地へ行って万一のことがあればと思い、予備に持ってきた目玉を落としたのであります」と言う。笑いも消え、背筋に冷たいものが走った。こんな男まで入隊させなければならないのか?と。

  何故こんな話を思い出したかと言えば、保健所から「高病原性インフルエンザの発生に伴う監視体制の強化について(再徹底)」という通知が「長野県動物愛護推進員」宛にまで来たからである。

  平成19年1月16日、農林水産省消費・安全局長から環境省自然環境局長宛の「監視体制の強化について(再徹底)」の要請が出され、また都道府県知事にも「飼養家禽の異常の確認の徹底についての要請が出された。

 更に20日には、環境省自然環境局の総務課長と野生生物課長の連名で「監視体制の強化について(再徹底)」の通知が各都道府県の動物愛護管理主管課(室)長宛に出され、また同時に同文書が(財)日本動物愛護協会理事長・(社)日本動物福祉協会理事長・(社)日本愛玩動物協会会長・(社)日本動物保護管理協会会長・中央ケネル事業協同組合連合会会長・全国ペット小売業協会会長・全日本動物輸入業者協議会会長・日本鳥獣商組合連合会理事長・優良家庭犬普及協会会長宛にまで通知された。

 それによって、2月13日には長野県北信保健所長名で私たち動物愛護推進員まで監視体制の強化についての内容の周知されるようとの通知を受けた。犬・猫が愛護の対象との思いがあった私たち末端にまで監視徹底を要請されたことは被害妄想とも考えられないことも無いが、事の重要性を意識して情報ネットを敷いたことは国民としても頼もしい限りだ。目玉を落とした兵隊が身近に居たことを思う出す時、必要で適正な対応と高く評価し感謝したい。

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                                久し振りに我が家にも雪

         
                                裏の竹に積もった雪 

  大雪注意報が出る激しい雪降りだが、続かなければ「春の淡雪」となってしまう。

        

 


第5回集落サロン

2007-02-14 18:30:28 | Weblog

  2月14日  (水)  
                 
平成17年1月1日より 775日目
                                       歩いた歩数       其の距離
                             本日        10,484歩          7,339m
                             総計  11,169,021歩  7,818,315 m
                  上海から連雲港を経て北京に向かう 徐州まで211,835m

           
                                            食紅を溶く
                       
                                          捏ね始め
            
                    花柄の材料作り
           
                                     花柄やしょうま   仕上がり

           
                      試食茶話会

  最終回の集落サロンは「花柄入りのやしょうま作り」で、午前9時から公民館で開いた。講師は徳竹先生、参加者は20名。

  やしょうま作りは大方の家庭で作っているが、花柄模様を入れたやしょうまは作ったことがないので、米の粉を熱湯で溶いて、蒸し器で蒸す間、講師の先生の講義に耳を傾ける。むすこと40分、蒸し上がった材料を練り上げ、花模様を頭に材料を分け、色付けをする。先生の指導で花模様を決めて、組み込み、色が混ざり合わないように色付けしない材料を枕にして、隙間無く組み込み、最後に白の生地で巻く。

  これを打ち水した台の上で手水をつけて細く伸ばしていく。これが大変な作業で悪戦苦闘というより、力戦奮闘といったところ、額に汗を滲ませながらの作業だ。仕上がって、切り口から思い通りの花柄が見えると、全員から歓声が上がった。

  試食茶話会になって、初物を食べた時は「東に向かって大声で笑いましょう」という先生の呼びかけに答えて私が思いっきり大きな声で笑いました。全員もこれに和して大笑い。茶話会は急に賑やかになりました。

 講師謝礼を差し出すと、徳竹先生は『私はこの公民館が保育園を兼ねていた頃、保母として勤務して居ました。懐かしい場所で沢山の思い出があります。今日、此処に招いて頂いて昔を思い出し感謝しています。お礼を頂くより、こちらからお礼を申し上げなければなりません。」と」言って『頂いたものは頂戴いたしますが、今度は私のお礼を受けてください』と言って謝礼金を差し出されました。

  私は徳竹先生の気持ちを素直に受け入

れて、有難く頂戴しお礼を申し上げました。全員から温かい拍手が贈られました。最後の集落サロンは温かいムードの中で何時までも続けられました。

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  今朝、ママから携帯で「今夜、コンヤに着いた。あすカッパドキアに行く。安い旅費で豪華な旅行に驚いています」と好調なコメントが入った。旅は順調のようだ。