一般にアートでも文芸・評論でも、最初のとっかかりに設計図というか一定程度何らかのプランが頭の中に描かれているのは当然としても、問題は作業を進めて行く中で我々はいつもいつも思い通り順風満帆に行くことなどあり得ない。どうころんでも克服困難な予期せぬ事態に遭遇してしまい、そんなときどうするかという言わば「危機対応」の仕方でその人の価値・度量が図らずも露呈してしまうのである。そういうとき機転が利くというか、小回りが可能で「方向転換」が割りとスムースに出来るということがその人の値打ちであり、これがないと駄目だといったような意味のことを最近(かどうか)吉本隆明大先生がどこかでおっしゃっていたように思う。要するに「人は頭の中が柔軟でフレキシブルになっていた方が何かと楽で都合いいよ」ということだろうか、社会経済的にも政治的にも難問山積の時代だからこそ、我々は能う限り発想の視座を広くとって「柔軟対応戦略」で行った方がいいのではないか。と、前振りはこれくらいにして、永田元衆院議員の自殺である。私も当時の前原民主党執行部ともども彼を厳しく糾弾した口だが、死んでしまえなどと言ったことはない。新年早々こんな無残な死に方をまだ三十代の彼が選ばなければならなかったとはあまりにも酷い話だ。昨年秋にも彼は自殺未遂事件を惹起したそうで、民主党はいったい何をしていたんだろうか。まがりなりにも千葉の方で支部長を張っていた人間じゃないか。大任を解くのはいいとして、その後の彼に対するケアはしていたのか。どういう党務があるのか知らないが、彼に地道で重要な仕事を与えて、自力で再起を図らせるような体制を組むことは不可能だったのか。彼が図らずも偽メール事件の主役に躍り出てしまった経緯には、今考えても不可解な流れがある。あの事件でいったい誰が得したのかと言えば小泉ポチ率いる自民党政権以外ではあり得ない。当時の自民党はいわゆる「疑惑の四点セット」で窮地に立っていた「筈」である。それがいつの間にか立ち消えになって、悪いのは永田議員とそれを強力にプッシュした野田国対(当時)だというような話にすり替えられてしまった。本来の主役(←無論「悪の頭目」だ!)は小泉ポチと武部幹事長だった「筈」である。我々一般の無邪気なお人好し国民はここでも小泉のペテンにひっかかっていいようにあしらわれてしまい、それが今なお後を引いているのだ。 . . . 本文を読む