むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「23」 ①

2024年12月14日 09時03分08秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・選子内親王は、
才気ある優美なお人柄の、
女人に成長され、
兄君に当られる円融帝の御代、
十四で賀茂の斎院になられた

人望があり、
世のおぼえもめでたく、
風流な教養人として、
尊敬のまとになっていられる

それゆえ、
斎院はもともと、
帝ご一代限りで替られる、
さだめであるのに、
円融帝がみ位を下りられてのちも、
花山帝の御代もひきつづき、
斎院の位でいられた

いまの一条帝の御代も、
前代にひきつづいていて、
珍しいことである

世間では、

(賀茂の明神が、
この斎院をことに、
お気に入っていられるからだ)

と噂している

風流をお好みになるだけあって、
とても美しい才はじけた方、
という評判である

神に仕える未婚の、
年たけた内親王、
という印象からすると、
気むずかしく陰鬱な、
あるいは近寄りがたく神々しい、
気品高い、
または野暮ったく、
いかつい老女が想像されるが、
この斎院はいままでの歴代の斎院と、
まったく様がわり、
大いに派手好きな方で、
いらっしゃる

私はこの斎院より二つ下、
今年の正月から三十四になった

人々は古々しい中婆さん、
と思うかもしれないが、
何しろ老けたのや、
ヒネたのや、
陰気臭いのは大きらい

このあたりも、
私の共感をそそるところで、
私はこの斎院に親近感をおぼえる

ぱっと明るく派手に目立って、
朗らかで美しいものが大好き

斎院の宮もまた、
そういう方でいらっしゃると、
評判である

それゆえに、
同じようなご気質の、
左大臣どの(道長の君)と、
お仲がよろしいとか

斎院は、
神に仕える身でいられるので、
もともと仏さまや仏教に関することは、
忌んで遠ざけられるものである

これは伊勢神宮にお仕えされる、
斎宮も同じことである

斎宮も斎院もいったん、
その任に定められなすったら最後、
「仏」に関する言葉も、
すっかりお忘れにならなければ、
いけない

心身ともに神に斎かれる宮として、
特殊な存在であらねばならぬ

その掟をこの奔放な斎院だけは、
平気で無視していられ、
神に仕えながら、
仏さまへの信仰もお捨てにならず、
毎朝、ご読経やご祈念を、
欠かされたことはないという

有名なお寺の菩提講などの折には、
決まってお布施や寄進をされるそうな

それぐらい型破りの宮で、
いられるから、
斎院だからとて、
野暮で地味にしては、
いらっしゃらない

当代では、
この斎院の御殿と、
定子中宮の御殿が、
一大社交場の花形である

といっても、
斎院は神に仕えられるおん身、
中宮は主上のご愛情を後ろ盾に、
後宮の女あるじとして、
時めいていられる方、
社会的地位の重み、
という点では、
くらべものにならないけれど、
ともあれ、私は、
風流人で教養高い、
奔放な斎院の宮に、
敬意と親愛の情を抱いている

それは中宮もそうらしく、
推察される

主上がこの叔母君に、
親しみを寄せていられることも、
あろうけれど・・・

ただ、
中宮の弟君の隆家の君だけは、

「狐と狐は仲がいいのだ」

と斎院と左大臣のおん仲の、
よろしさを嗤っていられるようである

「あの斎院は、
名誉心の強い、
自己顕示欲の強い、
いやな女だ
斎院のくせに、
仏くさいことを好むなんて、
横紙破りもいいところ、
あの高慢ちき女、
権力のあり場所だけには敏感で、
左大臣に尻尾を振ってみせてる
狐斎院というべし」

とさんざんである

隆家の君は、
斎院のなされかたが、
性に合わないようだ

しかし私は、
自己主張の強い、
個性的な斎院の宮に、
好意をもっている

斎院も、
才気煥発という評判たかい、
中宮とその側近に、
興味を寄せらるのか、
お便りが時々ある

それで中宮も、
心弾まれて斎院のお文を、
開けられるのである

斎院の贈り物は、
卯槌であった

昨日の正月朔日は、
初卯の日、
卯の日には卯槌を飾るのが、
縁起である

邪気を払う桃の木を削って、
槌の形にし、
それに五色の糸を飾りに、
つけたもの

それを卯杖のように、
頭の所を紙で包み、
これもお正月に飾る祝儀ものの、
やぶこうじやひかげのかずら、
山菅などを、
清らかに飾ってあって、
お文はない

中宮は、

「お文がないはずないわね」

と仰せられて、
卯杖をとみこうみされる

「その頭を包んである紙は、
いかがでございましょう」

と申しあげると、

「あら、ほんとうに、
ここにありました、
お歌が」

と紙をひろげられて、
ゆっくり読まれた

<山とよむ
斧のひびきをたづぬれば
祝ひの杖の音にぞありけり>

「おお・・・
大らかで明るい、
よい歌でございますこと」

と私は思わず感嘆する

「ほんとうに・・・
斎院の宮さまへのお返しは、
気骨が折れるわ
早速、お返事申しあげなくては」

「気骨が折れる」
と仰せられながら、
かえって気力が湧き上がられるみたい、
その活力こそが、
私が中宮に対して抱く、
いちばんの魅力である

斎院からのお使者に対して、
祝儀も心しなければならない

なまなかなものを、
与えたりしたら、
斎院御殿の女別当や、
おそばつきの女房たちに、
嗤われてしまう

それで早々と、
お返事がととのい、
使者は正面の階下にうずくまって、
お返事と禄を頂く

ちらちらと降る雪のもと、
型通り使者が退出するさまも、
いい眺めであった

そのさわぎにまぎれて、
中宮のお返事を、
うかがわずになってしまって、
惜しいことだった

そういう間も、
れいのお庭の雪の山も、
まるで「越の白山」という感じで、
どっしり居座り消えそうもない

何しろ築いたのが、
十二月十日すぎだというのに、
もう今日は正月二日、
それでも消えない

正月十日すぎまでは、
ありましょうといった、
私の予言通りになりそうだった






          


(次回へ)

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