むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「21」 ①

2024年12月02日 09時10分41秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・京極殿、道長の君のお邸には、
物語好きの人が多いらしかった

定子中宮をお囲みする、
女房たちには、
物語を読むよりも、
おしゃべり好きの人が多い

会話の機智や頓智を楽しむ

いつも中宮の御前では、
面白おかしい話題が、
活気をもって飛び交う

物語を読んで、
し~んとみんなが聞き入る、
といったしんみりした趣では、
ないのだ

などというのも、
私はいつの間にか、
あの越前守・為時の娘、
宣考と結婚したときく娘が、
物語を書き、
それが左大臣家のお邸の、
婦人たちに愛好されている、
ということにこだわっている

その娘への競争心もさりながら、
左大臣家のお邸には、
左大臣どのが一日一日、
ご成長を待っていらっしゃる、
彰子姫がいられる

姫はまだ十一歳でいられるけれど、
やがてそろそろ裳着のことがあり、
成人される日は近いだろう

その日には、
やがて入内されるだろう

もしそうなったら、
弘徽殿や承香殿どころの、
勢いではなくなるだろう

このところ、
私はご機嫌

中宮のいられる職の御曹司は、
人が多く集まって花やかだし、
中宮もご機嫌うるわしく、
おん年二歳になられた、
脩子内親王はますますお可愛く、
主上の一の姫宮として、
公的にもお扱いはきわめて重い

それにこのごろ、
中宮方の女房たちも、
若い小兵衛の君や、
小弁の君がしっかりしてきて、
かなりつきあい安く、
面白くなってきた

私は年輩者や、
老いこんだ気持ちの女・男と、
つきあうのはいやである

年はとっても、
心の若々しい人でないと、
つきあう気がしない

小兵衛の君は、
私よりずっと若いが、
陽気で好奇心強く、
遊び好きのところ、
よく私に似ていて、
気があっていい

男性の友人、
経房の君や行成卿など、
たくさんいるし、
私は夫や子供より、
友人で充たされる女なのかも、
しれない

寺参りや物見に出かけるとき、
車の下簾の外へ、
そっと出す着物の端、
ああいうものを見てくれる、
目のある人がいればよい

せっかく趣向をこらし、
人が、やりすぎ、
と思うくらい派手に衣をこぼして、
これ見よがしにしているのに、
誰一人にも会わない、
なんて全く悔しい

所詮私は、
見られたいという欲が、
人一倍強いのかもしれない

せっかく気取って、
外出しているのに、
注目してくれる人に、
会わぬ悔しさったらない

(そうだわ・・・
『くやしいもの』
の中にこれも入れよう)

いまの私は、
かなり何もかも充足している、
といっていい

自分の夫も子も家庭も、
ないけれど、
中宮のいられるところが、
私の家庭で、
夫の代りに友人たちがあり、
子供は世間にみちみちていた

そしてそれらすべての上に、
私の好奇心がある

退屈なんかしたことが、
なかった

五月には御精進がある

雨もよいの曇り空で、
私はつれづれのあまり、

「ほととぎすの声を、
聞きにいかない?」

というと、
右衛門の君が賛成した

賀茂の奥までいこう、
ということになった

五月五日の朝、
中宮職の役人に車の手配を頼む

五月雨の降るときは、
お咎めない慣わしというので、
牛車に乗り込んだ

私と右衛門の君、
小兵衛の君、
小弁の君、
といったいつもの遊び仲間である

ほかの女房たちが、
うらやましがって、

「もう一台仕立てて、
あたしたちも連れて行って」

といったが、
意地の悪い右衛門の君が、

「だめよ、
きっとお許しが出ないわ」

と冷たくいってもきかず、
右衛門の君は、

「さ、早く出してよ」

と従者にいって、

「意地悪・・・」

とうらめしがられている

「連れてゆくことないわ
一台でこっそり、
というところが面白いんだもの
たくさん引き連れたって、
わずらわしいばかりよ
さ、早く出しましょう」

と私もいった

ほととぎすを聞きに行こう、
という話になったときは、

「そうねえ・・・」

などと尻重で口重、
出渋っていたくせに、
いざ私たちが出るというと、
簾のそばまで出てきて、
うらやむ

私はぐずぐずの、
人うらやみというのが、
きらいだから、

(行こう!)

となったとき、

(よしきた)

と応ずるのが好きなのである

右衛門の君は意地悪だが、
そういういさぎよいところがあって、
決断力にすぐれ、
十九、二十歳の若い人は、
心に弾みと好奇心があるから、
出しゃばりである

要するに私は、
行動力があって、
うじうじしない女が、
好きなのである

西洞院大路を北へいった、
一条大路の外れに、
左近の馬場がある

人が集まっているので、
聞くと、

「今日は、
五日でございますので、
騎射競技がございます
ご覧になりませんか」

と車を止めた

従者は人に聞いて、

「左近の中将どのが、
おいでのはずです」

という

「左近の中将なら、
斉信の君でいらっしゃるわ」

と私はなつかしくて、
久しぶりに消息をことづけたい、
と思ったけれど、
そういう人も見えない

右衛門の君が、

「つまらない
六位ばかりうろうろして、
行きましょう
ろくな人がいやしない」

とずけずけいって、
車をやらせる

一条大路を行くと、
はや賀茂にちかく、
四月の賀茂祭を思い出させる

草の匂い、
目に晴れ晴れする青葉、
通る者もいない野道に来たので、
窓を開け、車の下簾をかきあげ、

「まあ、いい匂い」

と息を吸い込む

草が繁っている道、
下は水たまりで、
深くはないが歩くにつれ、
しぶきがあがる面白さ、
左右の民家の垣根の枝が、
ふと窓から入ってくる

折ろうとする間に、
車は通り過ぎる

「あら、蓬が匂うわ」

と小兵衛の君がいう

車はごろごろ野道にさしかかり、
あたりは蓬が生い茂っている

「車のわだちに・・・
押しつぶされて匂うのね」

私もなつかしい香りだった

このなつかしさ、
ずうっと前に味わった気がする

どこでかしら?






          

(次回へ)






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