・そうやって、
いつとはなく、
私は棟世に心を解き、
近しい者に思われ出したころ、
則光は遠くへ去った
そしてあるとき、
ふと気がついてみれば、
私の臥床には、
五十の棟世がまるで昔から、
そうしていたみたいに、
ゆったり横たわるようになった
棟世は父のようであるが、
やはり父とはちがう
肉づきのいい、
どっしりした体格で、
目鼻立ちの大まかなつくりに、
品があり、
のびやかな声には、
かげりがなかった
私は棟世に対して、
頼る心になっている
こんなことは、
ずうっと昔、
少女のころ、
老いた父によりすがっていた、
気持ち以来のことである
私ははじめて、
男に頼る、安心立命の境地を、
少し味わった気がしている
棟世ののびやかな太い声、
温和で力強い話ぶりは、
私の心を放恣に解き放つ
いつも身構え、
勇みたち、
活力を湧き溜めて、
いなければならない宮仕え生活で、
知らぬ間に疲れを澱ませた心が、
みずみずしくうるおう
「果物が熟れて、
自然に枝から落ちるように、
私たちはこうなった・・・」
といってくれる、
棟世の声が、
私には快かった
ひそかに届けられる、
彼の手紙にも、
いまははっきり、
恋という字がしるされるように、
なった
この間、
鞍馬山へ詣ったといっていたが、
棟世は早速に、
<恋しさに
まだ夜をこめて、
出でぬれば
尋ねてきぬる
鞍馬山かな>
という歌をよこした
棟世からの文やら、
彼の訪れは、
久方ぶりに、
私に恋のときめきを、
経験させることになった
その恋のたのしさは、
則光との、
狎れ切った関係ではなく、
かといってほかの男と、
新しく恋をはじめるときの、
不安や焦燥や嫉妬はない
棟世は私を甘やかせ、
私を讃え、
いい気分のにさせてくれる
私には、
うるさくつきまとう経房の君も、
こちらからあこがれ、
向こうからも好意を示される、
斉信の君もいられた
もしかして、
その機会を作ったら、
その人たちとも、
恋人同士になったかもしれない
「それはないだろう」
棟世はいう
「あなたはそんな人じゃない」
なぜそう棟世が、
断定的にいうのか、
私は少し癪だったから、
「なぜ?
いまの頭の弁・行成の君だって、
仲よしだし、
どういうことで、
どうなるともわからない・・・」
「あなたはそういう、
上つ方の男たちと、
恋人関係になるひとじゃない
上流階級の男と恋中になったら、
自尊心を傷つけられる度合いも、
大きい、
そういうことを、
知っているでしょう?」
「・・・」
「彼らは利己的で、
気まぐれだから、
あなたは自負心が強いから、
自分と同じ階級か、
それより下の階級の男を、
恋人にするほうが、
好もしいはず
上流社会の男とは、
才智で太刀打ちしていい負かす、
優位に立つ、
というのが好きなんじゃないか」
「そうかもしれない・・・」
「しかし男と女の関係になると、
身分の思惑が入ってくるから、
私のように同じ中流階級か、
下層の男を選ばなければ、
ならない
ま、どっちにしても、
私はあなたにとって、
ふさわしい男のはずです」
「ずいぶんうぬぼれているのね」
「うぬぼれではない
短い生涯に、
少しでも楽しい思いをした方が勝ち、
一緒にいて楽しければいい」
それはほんとうだった
私は棟世といるのが、
楽しかった
棟世とこうなったことを、
かくすこともないが、
いい広めることもなかった
私はいつも、
式部のおもとと同室だが、
彼女が里下りのときに、
棟世と逢っていた
だから朋輩は誰も知らない
ただ棟世が私に求愛している、
という噂は立っているが、
何しろ私は、
経房の君や、
伊周の大臣といった、
貴顕の若く美しい公達と、
平気で冗談をいったり、
親しくつきあったりしているので、
年も五十のもっさりした、
受領あがりの男などは、
私が相手にしないだろうと、
世間は思っているらしかった
私は秘めた情事に満足だった
私は棟世に、
(上つ方の男を恋人にしない女)
といわれ、
なるほど、そうかもしれない、
とはじめて発見したわけである
私のまわりにも、
上流階級の公達を、
恋人にしてのぼせている、
女たちが多いが、
男たちはほとんどみな、
たやすく心がわりして、
女を苦しめることが多い
恋や情事にまで、
身分の差が入ってくるのは、
不公平というものでは、
ないだろうか
棟世といると、
そういう発見がいくつもあって、
それも面白かった
「七十、八十になるまで、
こうやって楽しもう」
棟世はいう
ほんとうに、
七十、八十になっても、
棟世とならばこういう楽しみが、
持てるかもしれない
「長生きできるといいわね」
「できるよ
もがさもおこり病も、
私らをそこなうことは、
できない
しぶとくうねうねと、
生き長らえられるように、
生まれついているよ、
私らは」
うねうねというのが、
おかしくて私は笑ったが、
どうか中宮もそうあってほしい、
という願いはいつもあった
私は自分の老いざまを、
今まで考えたことはなかった
三条の自邸で、
老女房の左近相手に、
老い朽ちてもいい、
と思ったこともある
しかし、
棟世にそういわれると、
二人で気楽に老いを、
楽しんでいる姿も、
目に浮かぶ気がした
要するに私は、
棟世のおかげで、
かなり世界がひろがり、
面白くなってきたのである
棟世はなぜか、
何に対しても、
ある距離を持って話せる男だった
「どうせいつかはみな、
死ぬのだから」
とこともなげに、
言い捨てる
「仏さまの前では一切平等
君主も乞食もないのだから」
とうそぶき、
それなら仏信心も篤いのか、
というと、
ことさらそうも見えない
出世に関心がないのか、
と思うと、
相応に権門に出入りして、
おぼえもめでたく、
つきあう先は多いようだった
内福で、
見た目より豊かで、
召し使う男たちも、
彼のもとでは働きやすそうである
(次回へ)