むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「23」 ②

2024年12月15日 08時38分10秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・こうなれば、
何とか雪の山が、
十五日まで保たせたいものだ、
という欲がでてくる

雪の白さも失われ、
黒ずんできて、
見ばはよくないが、
もう勝ったような気がする

「だけどねえ、
これからは一日一日、
あたたかくなるでしょうし、
七日までも危ないんじゃない?」

と右衛門の君がいうので、
ほかの人たちも、
決着が早くみたいもの、
と思っているらしい

ところが急に、
中宮が職の御曹司から、
内裏へお入りになることになった

この雪山の決着がつかないまま、
ここを引き払わないといけない、
ことになり、
私も残念であるが、
中宮も、

「雪山のこと、
見届けたかったわ・・・
少納言の得意顔が見られるか、
それともしょげた顔を、
見ることになるか、
楽しみにしていたのにねえ・・・」

とお笑いになる

「ほんとうに、
みごと言い当てて、
『これ、この通り』と、
胸を反らせそとうございました・・・」

と私はいった

入内のお支度や、
御曹司の内も外も、
人がばたばた入りこんでいる

お日柄や、
主上の思し召しやらで、
入内の日が早まったらしかった

お道具を運ぶので、
騒がしいのにまぎれ、
私はそっと木守と呼ばれている、
庭掃除兼植木番の下司女を、
呼びつけた

この女は築土塀のそばに、
小屋を作ってそこに、
住みついている

「この雪の山を、
ようく見張っていておくれ
子供たちが踏みつぶしたり、
しないようにして、
十五日の日まで保たせてほしいの
その日まで残っていたら、
上つ方からご褒美が出ることに、
なっているのよ
あたしからも、
どっさりお礼を弾むわ」

といってやった

この女、
もともと台盤所の女官や、
長女(おさめ)などからも、
人かずにも入れられていない、
賤しいしもべなのだが、
満面に笑みくずれていう

「よろしゅうございますとも
お安いご用でございます
確かにお守りいたします
子供らがやんちゃをして、
登ったりするかも、
わかりませんので」

「それをちゃんと止めなきゃ、
だめよ
いうことを聞かない者がいたら、
あたしのところへ、
いいつけにおいで」

「はい、
わかりましてございます」

木守はそういうが、
私は心配でならない

内裏へ入ったのちも、
毎日、下仕えの女たちを、
見にやらせ木守に注意させていた

全く、
下層階級の庶民ときたら、
物を与えたいっときだけは、
よくいうことをきく、
ふりをするが、
しばらくとぎれると、
もう知らぬ顔をする

狡猾で貪欲で、
箸にも棒にもかからないのが、
多い

正月の七日まで、
私は中宮のおそばで仕えていた

七日のお節句のお下がり、
野菜や七草がゆの残りものまで、
木守に持っていかせたら、

「まあ、
あの下司女、
私たちを仏さまか、
なんぞのように拝んでいました」

と使者の下仕え女たちの、
笑うこと笑うこと

三条の自邸へ、
私が下がったのは、
棟世が来るからだった

暮からこっち、
ずっと宮仕えで、
お正月の間も棟世と、
会えなかったから、
私は弾んでいた

年老いた女房の左近は、

「則光さまは、
あまり頼りにならぬ木かげで、
ございましたよ
そこへくると、
棟世さまはこの上ない、
殿方でございますよ
これも亡くなられた大殿さまが、
あの世から仏さまに、
お祈り下さったそのお気持ちが、
通じたんでございましょう」

などという

大殿さま、
というのは私の亡き父のこと

棟世が来ているあいだも、
私は職のお曹司の、
雪の山が気にかかっていて、
夜が明けると、
下人を見にやっていた

「何だね、いったい?」

と棟世が不審がるので、
こうこうだと説明すると、

「子供じみたことを・・・」

と笑うのだが、
そのうち寒気がゆるんで、
雨になった夜があった

この雨で消えてしまうのでは、
と思うと居ても立ってもいられない

明ければ一月十四日、
どうしても十五日の雪、

(ほれ、
この通り、
十五日まで保ちました)

と雪をすくって、
人々の鼻を明かせたいのに、
雨が降ったのでは、
おじゃんになってしまう

「いやだ、
この雨、、
あと一日、二日待ってくれれば、
いいのに・・・」

と夜半も起きて、
いらいらするものだから、
棟世は呆れて、

「正気の沙汰じゃない
どうしたんだ
雪があろうとなかろうと、
いいじゃないか」

という

私にとっては、
いったん十五日すぎまではある、
といった以上、
ぜひ十五日の雪をひっさげて、
目にもの見せてやりたくて、
ならないのだ

「まあまあ、
誰に対してそう角を、
つき出すんだね
世の中でそう人目に立つことを、
するんじゃない、
と教えたはずだが」

棟世はそういうが、
あえて言い出したのは私だから、
その責任をとらないと・・・

「はて
責任の何のと、
女はそう気むずかしい言葉を、
使うんじゃない
女というものは、
男さえいればいいじゃないか
男が言葉だよ
あなたには私がついている
それで安心して、
ほたほたとやさしく、
笑みまけていればいい
何があっても」

棟世はいってくれるが、
私はそうはいかない

女にも責任がとれる、
女だって「こうだ!」
と言い切ったら、
その後始末ができる、
そういう毅然としたけじめを、
つけたいのだった

男がいるのは嬉しいけれど、
それは女の影の部分で、
男がいるからすべて、
なあなあで済ませていいって、
もんじゃない

いや、私にあっては、
男がいるからこそ、
「人目に立って」
「角つき出して」
きっぱり自己主張したい、
そういうところがあるのであった






          


(次回へ)

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