むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

30、若菜(上) ④

2024年01月25日 08時50分00秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・朱雀院(源氏の異腹の兄君)が、
こうもお心を砕いていることが、
世上に洩れ伝わって、
女三の宮にあこがれる男たちは、
増えるばかり。

他の姫宮には、
縁談は来ないのに、
三の宮にはわれこそ、
と思う男たちが手づるを求めて、
熱心に求婚する。

それはまるで、
あの玉蔓の姫が、
男たちの恋心をそそったのに、
似ていたが、
しかしこのたびは、
朱雀院の鍾愛なさる、
やんごとない内親王であられ、
雲の上の麗人でいられるので、
男たちの熱っぽさは、
いちだんと高まっていた。

貴い血筋の姫に惹かれる、
男心の常として、
誰も彼も見ぬ恋に心を焦がす。

その中の有力な求婚者の三人は、
ことに自分こそはと、
躍起になっていた。

柏木衛門督(えもんのかみ)、
夕霧の友人であるこの青年は、
夕霧より年上なのに、
まだ独身でいる。

それはかねてより、
女三の宮に思いをかけ、
内親王以外の女性を妻に、
とは考えていなかった。

柏木は、
父の太政大臣に運動をたのむ。

大臣の北の方は、
朱雀院の寵妃・朧月夜のかんの君の姉。

かんの君は太政大臣にたのまれて、
甥の柏木のために朱雀院に、
三の宮の降嫁をお願いしている。

兵部卿の宮は、
玉蔓に失恋なさったあと、
結婚するなら三の宮、
と考えていられるので、
今度も熱心に求婚していられる。

藤大納言は、
長年、
院の別当をつとめてきた人で、
ぜひ姫宮をご後見して、
妻というよりも女主人のように、
大切にお仕えしたいと、
申し込んでいる。

朱雀院は、
その中では一番、
柏木にお心が動かれるが、
三の宮の夫としては、
まだ身分が低いと思われた。

大納言はあまりにも凡庸な、
ただびとであり、
兵部卿の宮は、
お人柄はよいがあまりに伊達男で、
軽々しくたよりないと見ていられる。

朱雀院のお悩みを、
お聞きになって男御子の東宮は、
お父君のほんとうの意を、
察しられた。

「なまじ、
臣下におやりになるよりも、
人柄本位よりも身分のつり合いを、
お考えになったほうが、
よろしゅうございましょう。
それには、
何と申しても、
六條院をおいて、
ほかにございますまい」

東宮のお言葉に、
朱雀院のお心は、
たちまち晴れた。

「よくいってくれた。
その通りだと思う」

朱雀院は、
弁を使いとして、
六條の院、源氏の意向を、
打診させられた。

院のさまざまなお悩みも、
源氏は聞き知っていた。

それゆえ、
唐突なお申し出として、
驚くことはなかったが、
さすがに即答して、
承知できることがらでは、
なかった。

「私に托されるといっても、
この私も、
院よりどれほど長生きできる、
というのか。
別に結婚などせずとも、
院の御子たちであれば、
私が知らぬ顔をするはずはない。
生きている限りは、
お世話するつもりでいるのだから」

源氏は、
重苦しい問題を押しつけられて、
内心、困惑した。

「若い宮と結婚、
ということになると、
これはどうも・・・
末長く添いとげられないで、
かえって宮には、
お気の毒なことになる。
むしろ息子の夕霧中納言の方が、
似合わしい縁組であるが」

「しかし、中納言さまは、
何と申しましても、
太政大臣の姫君(雲井雁)と、
ご結婚なさっておん仲も、
むつまじいとか。
そういうところへ、
ご降嫁なさるのも・・・」

と弁はいった。

源氏自身も、
夕霧が三の宮との結婚を、
承知するはずないと知っている。

弁は、院が、
あれこれ考えあぐねられた上、
やっとたどりつかれた結論で、
あることを詳しく源氏に話した。

源氏はため息を洩らし、

「それはわかるのだが」

とうなずいて、
兄君、朱雀院の親心に共感した。

「お可愛がりになっていらした、
姫宮だから、
どんなにしておいてあげても、
し足りないように、
思われるのだろう。
それならいっそ、
御所へ入内させられれば、
どうだろう。
あとから入内された方が、
もっともご寵愛あつくなる、
ということもないではない。
亡き桐壺院(父帝)の時が、
そうだった。
あとから入られた藤壺の中宮が、
いちばん時めいて、
愛されていられた・・・
おお、そういえば、
女三の宮の母女御は、
藤壺の宮のお妹にあたられる。
この方もお美しかった、
と聞くから三の宮は、
どちらに似ていらしても、
お美しいはず・・・
やはり、藤壺の中宮のおもかげを、
伝えていられるのだろうか?」

源氏は、
女三の宮への好奇心とあこがれが、
胸のうちに萌したようであった。






          


(次回へ)

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