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・いよいよ出立の日。
邸内の掃除も済ませ、
車が縁に寄せられる。
匂宮ご自身で、
お迎えにいらっしゃりたい、
ところだがそれでは、
事が大げさになってしまう。
世間体の手前、
内密にということで、
ご自身は京にとどまられて、
待っていられるところ。
中の君は、
この身はどこへ運ばれるのか、
と心もそぞろに車に乗った。
しかし女房たちは、
はしゃいでいる。
ひたすら姉君の死を悲しみ、
尼姿になり宇治にとどまる、
弁のおもとがなつかしい。
中の君は邸を去る前、
弁のおもとに、
「もしかしたら、
わたくしはまたここへ、
帰ってくるかもしれない。
ここに一人残る弁が気がかり・・・
時々は京へも出て、
お顔を見せて」
というと、
弁は泣いて中の君の、
膝にとりすがるのであった。
そんなことを思いつつ、
車に揺られる中の君は、
京へ向かうというのに、
一向気が晴れない。
京への道は、
遙けくも険しかった。
宮はこんな山路を、
通って来て下さったのだ、
おいでの日が途絶えると、
薄情なお方とお恨みしていたが、
なるほどこの山路では、
と世間知らずの中の君も、
少しは理解できる。
車の窓から七日の月が見える。
この身はどうなるのか、
中の君は不安をもてあます。
やがて宵過ぎるころ、
車は二條院に着く。
見たこともないような、
まばゆい御殿。
幾重にも棟が重なり、
きらきらしい建物の中へ、
車は引き入れられた。
匂宮は待ちかねて、
縁まで出ていられた。
車が寄せられるや、
宮はご自身で中の君を、
抱き上げておおろしになる。
あたりは明るい灯、
贅をこらした調度の数々、
何よりも美しいのは宮だった。
薫はほど近い三條の、
建てつつある新居にいて、
宇治へやった前駆の者たちが、
帰って報告するのを聞いた。
一行は無事邸に着き、
宮が大切に中の君を迎えられた、
さまなども聞いた。
(よかった)
と嬉しく思いつつ、
妖しいざわめきが心に湧き、
われながら未練がましいと思う。
大君を失い、
いままた中の君も、
手の届かぬところへ去った。
薫はむなしい淋しさが、
胸にひろがる。
「なに?
匂宮が愛人を二條院に、
迎え取ったというのか」
夕霧右大臣は、
不快な衝撃を隠せない。
(怪しからぬなされよう。
こちらの六の君との婚儀を、
すすめている最中だというのに)
婚儀前の姫君の裳着の式を、
すすめられていた。
それを延期することは、
出来なかった。
六の君の裳着式は、
二月二十日過ぎ。
宮はどうやら、
六の君との結婚を、
避けていられるらしいと、
夕霧右大臣は思い、
(それならいっそ、
薫と結婚させようか。
親戚同士でぱっとしないが、
薫はすぐれた青年だから、
よその家の婿に取られるのも、
面白くない。
尤も薫は、
思いをかけた女に死なれて、
気を落としていると聞くが・・・)
そんな思惑で、
人を介して薫の意向を、
探らせてきると、
いまはそんな気になれない、
というそっけない返事。
(なんだ、薫まで、
私の申し出る縁談に、
気のりせずとは怪しからぬ)
夕霧は腹が立つが、
薫には一目おいているので、
高圧的に、
説得することもできない。
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(次回へ)