むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

2、夕顔 ⑨

2023年07月24日 07時54分49秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・灯を向けてあるが、
死んだ夕顔は、
生きているようにふっくらとして見えた。

源氏は手を取り、
すると涙があふれた。

短い縁だったが、
まるで前世からの契りだったように、
源氏は身も心も夕顔にうちこんだ。

束の間の逢瀬を予感してのことだったのか。
みじかくも烈しく燃えた恋。

源氏はうつつ心もなく取り乱していた。

僧たちは、
死者とつながりの深いらしい男の出現を、
いぶかしがりつつも、
もらい泣きする。

右近はまして、取り乱していた。

「幼いころから、
お仕えした御方さまでございます。
わたくしはただもうおあとを慕って、
同じ煙に焼かれとうございます・・・」

「尤もだが、
別れというのはいずれは来るのだ。
あきらめて、私を頼るがいい。
私について二條院へ来ないか」

と右近をなぐさめながら、
そういう自分こそ、
消え果てて死ぬのではないかと思い、
目もくらむ思いがする。

夜が明けます、
と惟光に促されて、
源氏は帰途についたが、
朝霧に巻かれながら思うことは、
夕顔の美しい死顔のことばかりだった。

やっとのことで二條院へ帰りつくと、
寝込んで起き上がれなくなってしまった。

源氏の病を聞き伝えられて、
宮中でも父帝は非常に心痛あそばされ、
祓えや祈祷をさまざま試みられた。

義父の左大臣も、
重んじていられる婿君のこととて、
その容態を心配して、
みずからあれこれ指図して、
看病のこともぬかりなく世話をされる。

二十日ばかりは、
夢ともうつつともわからず、
枕からあたまが上がらなかったが、
やっと快方に向かった。

はじめて宮中に参るときは、
左大臣が自身迎えに来られ、
何くれと世話して、
退出のときも、
自分の車に乗せて邸へ帰られるのだった。

「どんな物の怪に魅入られたものやら・・・
美しい君は、天も嘉したもうて、
早く召されるのではないかと、
不吉なことを噂するものがあり、
心配いたしました」

と左大臣はいわれる。

臥している間に秋は深まり、
源氏は別の世界からよみがえったように感じた。

秋たけて、源氏も面やせして、
男のなまめかしさが添ってみえるように、
まわりの人々にはながめられた。

右近は今は、
二條院に身を寄せ、
源氏に仕えている。

あたりに人のいない宵、
薄色の喪服を身にまとった右近と、
源氏はしめやかに話すことがあった。






          


(次回へ)

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