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・源氏は動転して、
考える力も失った。
右近はなおのこと、
声を放って泣き、
女あるじの変わり果てた亡骸にすがりつく。
源氏も呆然とするばかりである。
気を取り直して、さきほどの侍を呼び、
「ここに物の怪に取りつかれた人がいるのだが、
惟光の邸へすぐ行って、
いそいで来いと伝えてくれ・・・
また阿闍梨(僧)が家にいるならそれも一緒に、
といってくれ」
といった。
風が荒々しく吹きだし、
松の梢の音もものすごい。
なぜこんな、心細い邸などに泊ったのかと、
返す返すもくやまれる。
右近は悲しみと恐ろしさで、
源氏によりそって、離れようともしない。
もしや右近もどうかなるのではないかと、
源氏は心細く彼女を抱え、
どうかすると、みしみしと背後から、
何物かが近づいてくるような幻聴をおぼえる。
惟光早く来い、
と心で念じながら、
源氏は夜の明けるのをまちかねた。
思えば、この人を盗むように愛したのも、
こんなところで死なせたのも、
みな自分の愛欲と煩悩のせいなのだ。
わが心からのせいで、
この人を死なせてしまった。
世に知られれば、
どんな非難や指弾を受けることであろうと、
源氏は千々に乱れた心で思う。
夜が明けて、やっと惟光は来た。
彼の顔をみると、
源氏は張りつめた心がゆるんで、
夕顔の死が現実に迫り、
不覚にも涙が出た。
「惟光・・・大変なことになった・・・」
惟光にしても、
とかくの分別もすぐに浮かばなかった。
ともかく源氏がこの邸をすぐ去ること、
夕顔の遺骸を人目に立たぬ山寺へあずけ、
ささやかに葬いをすることが先決でしょう、
といった。
「ちょうど知り合いの老いた尼が、
東山におりますゆえ、
そこへまず御方さまをお移しいたしましょう。
それにしても・・・突然のことで、
御方さまは、
おかげんでも悪くていらっしゃいましたか」
「いや、そんな様子はなかったようだが・・・」
源氏は魂がぬけた人のようにつぶやいた。
源氏は柱に顔を押し当て、
嗚咽をこらえていた。
「お気をたしかに。
二條邸へ早くご帰還あそばしませんと、
日が高くなりましては人目につきます」
惟光は気強くなぐさめ、
車には右近と夕顔を乗せ、
自分の乗馬は源氏にゆずって、
やっとおそろしいこの邸をあとにした。
源氏は邸へ帰ると、
寝込んでしまった。
(どちらからのお帰りかしら・・・
ご気分の悪そうな)
女房達がひそひそ噂をしているが、
源氏は食事もとらず、
なぜ、さっき、あの人と同じ車に乗って、
葬いにいってやらなかったかと悔やんだ。
かえらぬ悲しい後悔に、
身をさいなまれるばかりである。
頭の中将が、
御所からの使いでやってきた。
「昨日今日、お行方が知れず、
帝はご心配でいられました。
どうされたのだ」
という頭の中将に、
「穢れにふれたもので、
乳母の家に見舞いにいったところが、
折り悪く、そこの下人が亡くなった。
御所には神事が多いことで、
穢れにふれた身ゆえ、
つつしんでいたのだ。
それに風邪をひいたらしく、
どうも具合がはかばかしくなく、
困っていてね。
君からよろしく奏上してくれないか」
「ではそう申し上げておきます」
源氏は、いつもは楽しい友達との話も、
いまは避けたいほど、
気が滅入っていた。
ものをいえば、
夕顔のことで胸がふさがり、
悲しみがふきこぼれそうになるばかりである。
日が暮れて惟光がやって来た。
「葬式は坊さんにたのんでまいりました。
右近が悲しんで、あとを追おうとして、
谷へ飛び込みかけたのを、
やっとみんなで抱き止めました。
五條の家に知らせようとするので、
いましばらく様子を見てから、
と止めた次第でございます」
「惟光。
もう一度、葬いの前に、
あの人にあいたい。
顔をみたい」
十七日の月が出ている。
賀茂川の河原を渡るころは、
前駆の松明の火に、
葬送の地、鳥辺野が浮かぶ。
不気味な場所であるが、
源氏は悲しみにうちのめされて、
怖くも不気味ともおぼえなかった。
物さびしい板屋に、
惟光の知り合いの尼が住んでおり、
僧の念仏が聞こえる。
女の忍び泣く声がするのは、
右近であろうか。
入ってみると、
右近は、遺骸と屏風をへだてて、
泣き伏していた。
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(次回へ)