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・匂宮と中の君の若君の、
五十日の祝いがきた。
生まれて五十日の祝いである。
薫はその日をたしかめ、
心こめて準備する。
祝いの席の餅、
果物、料理など。
用いる台や食器は、
高価な材料を用意し、
さまざま趣向を凝らして、
こしらえる。
薫も匂宮の留守の時に、
中の君のもとへ、
祝いに訪れた。
中の君が見る、
久しぶりの薫は、
やんごとない貫禄が、
加わったようであった。
今では薫は、
権大納言・兼右大将の顕官にあり、
帝の御婿という身分。
(皇女さまと、
結婚なすったのだもの、
昔の恋心は、
お忘れになっていらっしゃるはず)
と思うと中の君は、
安心して薫に会うことが出来た。
しかし薫は、
今までと少しも変らぬ雰囲気だった。
「心に染まぬ結婚をしてしまい、
思うようにならぬ世の中、
としみじみ思います。
悩みが深くなるばかりです」
率直に訴える。
「まあ、なんてことを、
おっしゃいます。
そんなことちらとでも、
人の耳に入ったら大変です」
中の君は言いながら、
(帝の皇女さまと結婚なさる、
というすばらしい幸運を、
引き当てながら、
この人は心慰まないとおっしゃる。
まだお姉さまのことが、
忘れられないでいらっしゃる。
なんて深いご愛情)
と思いつつ、
また考えてみれば、
大君が生きていたとしても、
自分と同じ不運な目にあって、
嘆きを重ねるのではあるまいか。
愛する男たちは、
身分高くそれぞれよき家柄の姫たち、
との結婚は避けられない。
姉君も、
いずれは自分と同じように、
物思いを強いられる運命で、
あったろう。
それを思えば、
愛し愛された薫にも、
ついに身を許さず終わった姉君を、
(ほんとに心深いお考えだった)
と中の君は思った。
薫が若君を拝見したいというので、
つれなく拒む気にはなれず、
乳母に抱かせて薫に見せた。
「おお、可愛い若君だ。
なんとお美しい稚児だろう」
薫は感嘆して見つめる。
色白で愛らしい赤児は、
声をあげて笑ったりする。
これが自分の子だったら、
と薫はうらやましかった。
(はかなくみまかった大君が、
自分と結婚してこんな子を、
残しておいてくれたら・・・)
そんなことばかり思われ、
新婚の女二の宮に、
自分の子供が生まれれば、
などということは、
ちらとでも考えない薫であった。
日が暮れてきたので、
坐を立たねばならなかった。
もう今までの薫ではない。
独身時代ならば、
気安く夜更けまで話し込むことが、
出来たのだが今は、
皇女の夫となった身、
夜になれば宮中へ赴かなければならぬ。
薫はため息を洩らしつつ、
邸を出た。
夏になると、
宮中から三條の宮へは、
方塞がりになり、
方角が悪いということで、
夏になる前の四月のはじめ、
薫は女二の宮を自邸の、
三條の宮に迎えた。
女二の宮は、
こうして薫の邸に、
お輿入れになった。
その儀式の美々しさは、
どういえばよかろう。
帝に仕える女房たちも、
みなこぞって姫宮を、
お送りする。
宮は廂の御車を召され、
お供の女房たちは、
廂のない糸毛の車三台、
黄金の飾り金具の車六台、
ただの車二十台、
網代車二台に、
童と下仕えが八人ずつお供して。
その上また、
お出迎えの車が何台か、
薫の邸の女房たちが乗っている。
かくてわが邸に迎えた、
女二の宮を薫はやっと、
うちとけてしみじみと眺める。
宮はまことに美しい方だった。
小柄で上品で、
しとやかなたたずまい、
これといった欠点はない、
貴婦人でいられる。
薫は自分の運命に満足しながらも、
内心、
(おれはこのひとを、
愛せるだろうか?
亡き大君を忘れることが出来るほど、
愛せるだろうか?)
という迷いを捨てきれない。
ほかの女人と暮らせば暮らすほど、
亡き大君への思慕は紛れる折もなく、
薫は苦しめられる。
それは生きている限り、
大君が忘れられない、
ということではないのか。
薫は宇治の寺を建てることに、
心を傾けた。
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(次回へ)