・薫は、
嬉しさ悲しみ交々というところ。
中の君が子まで生したら、
いっそう自分の手の届かぬところへ、
いってしまうのではなかろうか、
宮のご愛情もいよいよ勝るであろうし、
嫉妬を覚えつつも、
また後見役としては、
中の君の幸福を喜ばずには、
いられない、
複雑な思いであった。
そのうち薫の婚儀の日が近づいた。
二月二十日過ぎ、
女二の宮の御裳着の式があり、
その翌日が薫との結婚式。
裳着は盛大に行われたが、
結婚式は内輪に控えめに行われた。
大事にかしずかれていられる姫宮に、
臣下の者が婿として連れ添う、
というのは姫宮側からみれば、
物足りなくもお気の毒に見える。
そういえば帝の御婿になる人は、
昔も今も多いが、
今度のように帝がご在位中の、
盛りの御代にまるで、
臣下の結婚と同じく、
婿取りを急がれた例は、
少ないのではあるまいか。
「薫は運の強い男だな」
と夕霧右大臣は、
夫人の落葉の宮(亡き柏木の夫人)に、
いうのである。
「亡き父の六條院(源氏)ですら、
女三の宮を迎えられたのは、
朱雀院ご晩年の、
ご出家のきわだった。
まして私など周囲の反対を押し切り、
あなたを強引に拾い上げた、
という次第だから、
えらい違いだ」
結婚三日目の夜は、
内々の披露宴がある。
女二の宮の母方の縁戚、大蔵卿、
帝が後見役とお決めになった人々や、
家の家司にご下命があって、
薫の供の者たちに、
お祝儀を賜った。
かくて薫は花婿として、
忍び忍びに宮中へ通う身となった。
帝の御婿とは、
いかにも晴れがましい名誉なのに、
薫はわが身の宿命に呆然とするばかり。
(ああ、この結婚が、
大君とのものであれば、
どんなに嬉しいだろう)
そう思うと、
昼間は物思いにふけり、
暮れれば進まぬ心を、
無理に引き立て気の張る宮中へ急ぐ。
ならわぬ心地が、
おっくうで苦しく、
(宮をこの邸へ、
お引き取りしよう)
という気になった。
母宮、女三の宮は、
薫が結婚したことを、
たいそう喜ばしく思っていられる。
今まで住んでいられた寝殿を、
女二の宮にお譲りしましょう、
といわれたが、
薫は、
「それは恐れ多いです、母上」
と寝殿の西に母宮の御殿を建てた。
自分と女二の宮の新居は、
寝殿の東に定めた。
こんな薫の心づもりを、
帝も聞かれて、
(もう引き取るつもりなのか。
二の宮を、もう少し、
わが手元に置きたいものを)
と親心は果てしなく、
薫の母宮にもお手紙で、
くれぐれもお頼みになる。
薫の母宮は、
帝の異母妹に当られる。
故朱雀院が帝に、
妹宮の庇護を托されたので、
帝は尼となられてからも、
大切に扱われてきた。
こんなふうに、
やんごとないお二方の後援によって、
手厚くもてなされる薫なのに、
一向に心は浮き立たないのである。
新婚の夫でありながら、
嬉しさも覚えず、
宇治の寺を造ることに、
あたまは占められていた。
(次回へ)