むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

25、この間はどうも

2022年03月29日 16時58分41秒 | 田辺聖子・エッセー集










・お歳暮の季節になると、私のところへ、
何とか商会なんていう名前の店から「営業案内」がくる。

「電話一本下されば、ご指定の時間に参上いたします。
車体には何も書いてありませんから、
昼間でもご心配要りません」

何ごとかと思うが、
これは「お歳暮(お中元も同じ)引き取り業者」である。

業者が引き取ってそれを売る。
買う人もいるわけだから、
それをまたお歳暮にする人もあるだろう。

私もお歳暮を頂くが、
ウチは二人住まいなのでたちまち余り、
あちこちにおすそ分け。

個人的にたのしい手作りのクリスマスプレゼントとか、
ご当地の名産の食べ物とか、頂くのは嬉しいが、
仕事関係のはまことに恐縮千万で、
あれはもうおやめになったらいいのに、と思う。

よそさまは知らないが、
私は頂いたからって締め切りが早くなるわけでもなく、
担当編集者に毎度、しんどい思いをさせているので、
私の方から会社へさしあげないといけないところ、
それにいいかげんな私は、もらったところも、
もらわなかったところもごっちゃになって、
すぐ忘れてしまう。

何しろ年末は書き溜めの真っ最中、
夜も昼もない状態である。

奥さまのいられる作家さんのところでは、
一々点検されて、お礼状も出されるだろうが、
ウチの亭主はそんなことしない。

だからこちらからお歳暮を出したこともない。

ある雑誌に、川上宗薫さんはケチで、
担当編集者に中元や歳暮を贈ったことがなかった、
と書かれているのを見て、私はびっくりしてしまった。

川上さんは合理主義者ではあるけれど、
決してケチではない。

また、物書きで担当者にお歳暮を贈ってる人がいるんだろうか?
私は聞いたことがない。

時分どきに来られると、
ごはんを一緒することはあるが・・・

この間、佐藤愛子さんに会ったとき、聞いてみたら、
「あたしもしたことない」
といっていた。

まあ要するに、この多忙な世の中で、
手数のかかることは一つでも省いていけばいいのに、
と、私はかねて、お歳暮お中元廃止論者なのである。

業者のおじさんが何も書いてない車で集荷に来て、
市価より安く売る、なんてことをするくらいなら、
はじめからしなければいいのに。

「男はもともと、止めとけ、というのが発想です」
カモカのおっちゃんはいう。

「大体、男はじゃまくさがりやから、
人にやるのももらうのも好かんはず。
しかし女がうるさい。
『あら、〇〇さん、今年は下さらないのかしら、
去年は来たのに』とか、
『中元はお粗末だったけど、不景気なのかしら、
まだお歳暮来ないところをみると・・・』
なんていうたりする。
女が欲しがるから、世の中、お歳暮で走り回る。
そのくせ、もらうと、
『あら、これはダブったから、業者へ電話して売ってやろう』
なんて思う。
とにかく、もらやいい、というのが女でありまして、
それがあるために、世の人、涙をのんで、
お歳暮を贈り続けねばならぬ・・・」

いやあ、そうかなあ。

私の見るところ、現今、男もかなり、
女性的発想になってるわよ。

「去年来たのに、今年は寄越さないな、あそこ」とか、
「去年はサントリーで、今年はスコッチか、弾みよったな」
なんて敏感に反応する男も、結構多いようである。

それがあるために、世の人、涙をのんでお歳暮しちゃう。

ただ、この時、女にあって男にないクセというと、
贈る方の精神風土である。

オバサンたちとしゃべっていて、
私がやるせなくなるのはこれ、

「××さんは、物をあげてもお礼は、その場っきりでね」
などとオバサン連はいう。

「その場でお礼をいえば、いいではないですか」
と私。

「そやけど、まあ、二へん目に会うたときは、
『先日はどうも』とか、『この間はおおきに』とか、
念を押すのが、普通の常識ちゃいますか」
とオバサンたちはいい、

「お歳暮贈って、ま、ハガキでお礼状来る、これ当り前。
その次に会うたときはやっぱり『この間はどうも』
というてほしい。
それ、いうてもらわんと、念が届きませんよって、
こっちも釈然としません」

「では、次の次に会うた時も、またいうんですか」

「いや、それはもう、よろし。
けど、物もろうて、その次に会うたときぐらいは、
どうあっても『この間はどうも』いうのが礼儀ですやろ、
それを知らん顔してるのは、礼儀に外れてる。
物をもろうたからには・・・」

しかし、その物は、くれといって奪ったものではなく、
勝手に向こうからくれたのであるから・・・

こういうオバサンたちに、
「そんなこというぐらいなら、
いっそ、始めから上げなきゃいいじゃないですか」
というと、
「そうなんですけどね」
案外、素直にみとめ、そのくせ、また時期になると、
せっせと贈っては「この間はどうも」
をいわないといって怒ってる。

「う~ん。
男は品物ではいいまへんな。
しかしエエとこで接待されたとか、
招待されたとか、したときにはいう。
『この間のトコはよかった』
男は物に関係なく、場所に関心がある」

と、おっちゃんはいう。






          

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