「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

「29」 ⑤

2025年01月14日 09時13分30秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・棟世と安良木が、
この知らせをどう聞いているであろうか、
と思う

棟世のやさしさをもってしても、
埋められないある種の飢渇間に、
私は鎖でつながれているのを、
感ずる

それは心安い経房の君が、
来られたときにも埋められない

経房の君も、
しんみりといわれる

「この十五日の朝、
不吉な天象があったといいます
白い雲が東西の山にわたって、
二筋、まるで月を挟むようにかかった、
というのです

『不祥雲』といって、
后に関する予兆だということですが、
何の前知らせか、
誰にも予想がつかなかった

皇后よりもむしろ、
女院のことにひっかける人も、
いましたよ
女院はいま重いご病気で、
それも・・・」

と経房の君は声をひそめ、

「女房の一人に物の怪がつきまして、
女院のご病気は邪霊のたたりだと、
いうのです
さきの関白どののね・・・」

それは中宮のおん父・
道隆の大臣のことである

「女院はさきの関白家には、
ずいぶん冷淡なお仕打ちをなすった、
その怨みでとりついたというのだが」

ああ、そういう世界があったっけ、
と私はきょとんとする

私は経房の君のもたらしてくれる、
情報や内緒話にいつも、
興趣をかきたてられ、
世の中そのものを、
賞玩していた

しかしそれもこれも、
もはや中宮がいらっしゃらぬいま、
急速に色あせ、
蒼ざめ、
薄れ消えてゆく

経房の君自体、
私にとってどこかもどかしい、
手応えのない存在になってゆく

どこかちがう、
何もかもちがう、
これはあの見知ったいつもの、
世界とちがう

ちがう、ちがう!
私はどこに生きているのだ

中宮のいらっしゃらぬ世界は、
これはちがう

私は深い混乱におち、
そのまま日を重ね、
食事もし眠りもする

寒い明け暮れは、
火桶の火に当りもする

朋輩の女房たちと、
葬儀の手順について打ち合わす

中宮のおん柩は、
まだ屋のうちにあり、
ご存命のころのように、
お仕えしながら、
心の洞穴はいよいよ広がってゆく

ついに御葬送の夜がきた

朝から雪が降っていたが、
夜に入ってますます烈しく、
降りまさる

霊柩車の糸ぐるまは、
見るもまばゆい黄金で飾られる

再びお還りになることのない、
お出ましである

帥どのの鈍色のお召し物にも、
喪のおかぶりものの上にも、
雪は降りしきる

私どもも最後のお供をする

宰相の君は病気で、
里下りしてお供がかなわず、
私は右衛門の君や小左京の君と、
同車した

ご一門の殿方は、
お車や馬で従われる

松明は雪の中ではぜて燃え続け、
沈黙の御幸を照らす

牛も馬も人も、
そして鳥辺野も雪にまみれ、
それは涙とともに、
人の頬を凍らせる

白一色の中に、
霊屋は埋もれていた

人々は雪を払い、
灯をかけて霊屋を照らし、
葬儀の飾りつけや用意をする

その間も、
僧たちの読経の声は、
とぎれ目なくつづく

お車が霊屋の前に着けられ、
おん柩が帥どののお手で、
かき下ろされる

車の御簾を透かして、
松明の灯におん柩がそのまま、
霊屋に安置されるのがみえる

帥どのをはじめ、
殿方が並ばれる

私たちも車を下り、
莚道をゆく

雪は髪にふり積もり、
二十五のお若い美しい宮さまの、
おん柩にも積もる

そのときの悲しみは、
まだ物のかずではなかった

そのあとのほうが、
悲しかった

やがて中宮お一人を、
置き奉って帰らねばならない

雪はまたたくうちに、
霊屋を埋めてしまう

あそこに眠っていらっしゃる
お一人で雪に埋もれて、
眠っていられると思えば、

(私だけここへ置いていって、
おそばに居らせて)

というのも甲斐ないこと

このとき帥どのが、
泣きながら捧げられたお歌は、

<誰もみな消え残るべき身なれども
ゆきかくれぬ君ぞ悲しき>

弟君・隆家中納言のお歌、

<白雪の降りつむ野辺は跡絶えて
いづくをはかと君をたづねん>

同じく弟君・隆円僧都の君、

<ふるさとにゆきも帰らで君ともに
同じ野辺にてやがて消えなん>

すでに暁だったが、
闇深く、暗かった

私はうつつとも夢ともなく、
牛車に揺られて三条の宮に戻る

心をあの雪の鳥辺野に、
おいてきてしまった

私がかえる俗世はもはや、
仮の宿り

私は生涯、
あの雪の鳥辺野を忘れられない

右衛門の君も泣き、
小左京の君も泣く

この宮にお仕えする人々も、
やがては四散してしまうのであろう

しかし、若宮があとに、
残されていらっしゃる

中宮のおん形見の宮さま方を、
私は見守らねばならない

主上はこの夜、
ついにまんじりともせず、
夜をおあかしになったそうである

<野辺までに心ばかりは通えども
わが行幸とも知らずやあるらん>

(今宵がそのときだ
雪はかの人の柩を、
どうやって降り埋めているのだろう
私の心だけははるばると鳥辺野へゆく
あの人を哭きにゆく
私とわかってくれるであろうか)

七日七日の法事は、
飛ぶように過ぎる

私は夜々、
筆をとっては、
心おぼえのことを書きしるす

しかしそこに、
ともすると書きたくなるのは、
むしろ中宮のおん面影よりも、
あのころ、かのころ、
たくさんの人と共に、

「花は」
「虫は」
「滝は」
「川は」
「心ときめきするもの」
「過ぎし日恋しいもの」

とあげつらって、
興じたことどもだった

私は中宮の思い出を、
強いて書こうとはせず、
むしろ心をのびやかに解き放ち、
思うさま昔の世界へ、
飛翔させてやろうとした

やがてそのうち、
おのずと中宮のお姿を、
さそい出してくれるであろう

必死に書くということほど、
中宮賛迎から遠いことはない

苦渋のあとも、
憤怒も哀傷の破片も、
とどめてはならない

中宮はそういうものが、
おきらいな方だった

弁のおもともいったっけ、

(すばらしいことだけを書きとめて、
いやなこと辛いことなんか、
書かなくたっていいんだわ
それは現実で、
人が胸一つに収めていれば、
足ることだわ
そんなもの書き残す価値なんか、
ありゃしない・・・)

中宮はどんなときも、
諧謔を喜ばれる方だった

いま極楽浄土で、
故関白や、母君、弁のおもとらと、
興じていられるであろうか






          


(了)

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