玉陽庵 算命学ブログ

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「欲」の正体

2014年12月16日 | 算命学 あれこれ
「欲」と聞いて、皆様はどのような「欲」を思い浮かべるでしょうか?
なんだかドロドロしたものを連想してしまう方もいらっしゃるかもしれませんし、
ちょうど小腹が空いて「食欲!」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね(^^)

「金銭欲」、「物欲」、「出世欲」、「自己顕示欲」「独占欲」、に
「名誉欲」、「庇護欲」、「知識欲」などなど、誰にでも程度の差はあっても
必ずあるのが「欲」です。

それでは、この「欲」の正体を考えてみたことはありますか?

算命学では、人の意識を「無意識」と「有意識」に分けます。
生年月日を太陰暦で表した「陰占」と呼ばれる部分が「無意識」、
そこから算出した十大主星などを配置した人体星図=「陽占」が
「有意識」になります。

「無意識」の場所は、神様から与えられたエネルギーを示す場所でもあります。
この部分を「木性、火性、土性、金性、水性」の五行に分け、
どの五行が多く、どの五行が少ないかを見ることで、
その人の個性(=最も多い五行)と、その人に欠けているもの(=最も少ない五行)
を知ることができるのです。

例えば、金性が多く、水性が少ない場合。
本人は無意識ですが、積極的で仕事熱心、プライドが高い人、というのが
他人から見た印象。
また、無意識ではありますが、本能的に自分の習得本能が足りないことを察知しており
この為に、貪欲に知識を求めるのです。

実際私も、自分の五行を分析すると最も少ないのがこの「習得本能」。
そして、「有意識」の部分、すなわち「陽占」には「習得」の星である
「玉堂星」が2つもあるのです。

私も例に漏れず、本能的に自分の習得本能の弱さを感じ、意識的に学ぶことに
こだわっているということなのでしょう。


「欲」という文字は、「谷」のように「欠ける」と書きますが
この字の通り、人の「欲」とは、自分に足りないものや、欠けているものを
補おうとして生まれるもの。


自分の人生の中で欲しがるもの、執着を覚えるものとは、このように
本能的に足りないものや、欠けているものなのです。

この部分に共通点があると、人は上手に助け合えると言い、
相性判断でもここに共通点があると「吉」とします。


大きすぎる「欲」に囚われて自分を見失ってしまうのは不幸の元ですが、
上手にモチベーションとして活用できれば人生の活力にもなりますし
夫婦で助け合って生きる目標にもなるもの。

ただ、ここは「無意識」の部分。
自分の欲など、自分で分かっていると思いがちですが、案外
他人からは見えていても自分自身は気付かない場合もあるのです。

自分の何が欠けていて、本能的に何を欲しているか
一度知っておくと良いかもしれませんね(^^)

続・後天運で廻る天剋地冲

2014年12月14日 | 算命学 あれこれ
本日は、昨日の続きで、年運の「生月」にあたる「月干支」がその年の「干支」と
「天剋地冲」の関係になる場合のお話です。

この「月干支」の場所は、中央=公私両方の立場を表します。
今年が「甲午」年でしたから、「月干支」に「戊子」がある方が
今年、年運で中央天剋地冲が廻った方になります。

この中央に「天剋地冲」が廻る年は、私も体験しましたし、
何人か廻っている人を鑑定したことがあります。

この中央の「立場」という場所が壊れる、というのは、実に厄介で
「濡れた藁の上に立っているような状態」と言われます。

実際にどうなるかと言うと、急にそわそわした気分になり
仕事をしている人は「このまま今の仕事を続けていて良いのだろうか?」と
焦りにも似た気持ちを抱きます。
主婦の方も、おそらく、ご自分の立場に焦りを覚えると思います。

とにかく「このままでいてはいけない!」という気持ちに囚われるのです。

私はこの時、恩師に鑑定していただいて難を逃れましたが
このような年に転職してしまう人は多いそう。
家庭の主夫・主婦だけをしている方は、離婚を考える方もいるかもしれません。

ただ、年運の中央に「天剋地冲」が廻る限り、この年にどのように環境を変えても
この落ち着かない気分は変わりようがありません。
職場を変わろうと、足元は、濡れた藁のようにブカブカのままなのです。
結局、どんな犠牲を払おうとも、何の満足も得られることはありません。

なので、この年に転職などをすることは、凶となります。


ここでの対処法は、とにかく「落ち着く」こと。
そのような気分が、たまたま巡った年運によるものであると理解できれば、
実際に「このままでいてはいけない」根拠というものが全く無いことに
気付けるはず。

中央天剋地冲による焦りや不安のせいで自信を失くしてしまう人もいますが、
それは「気のせい」だと自分に言い聞かせてください。
その自信喪失も、実は幻。
周囲の人はあなたにがっかりしたり、頼りにならないと過小評価したりしては
いないはず。
逆に、あなたがいなければ困る、と頼りにしていることでしょう。

冷静に、何の根拠もない気分に自分が振り回されたと分かると
憑き物が落ちたように、変な焦りは消えます。

単なる年運のせいだと自覚できるかできないかが、運の分かれ目。
分かっていれば、不要な犠牲を払わず、また妙な気分に振り回されることもありません。

これら「年運」の「天剋地冲」は現象としては「天中殺」に次いで大きなものなので
鑑定の機会がある方は、ぜひそのタイミングを知っておいて頂きたいと思います(^^)


後天運で廻る天剋地冲

2014年12月13日 | 算命学 あれこれ
以前、兄弟姉妹の相性で「天剋地冲」という間柄を取り上げました。
今日は、人と人の関係ではなく、後天運、特に「年運」で
この「天剋地冲」が廻るときについてのお話をしたいと思います。

年運に「天剋地冲」が廻る・・・というのは、どういうことかと言いますと、
例えば今年の干支は「甲午(こうぼくのうま)」。
この干支と天剋地冲の関係にある干支が「庚子」と「戊子」。
特に「戊子」という干支を「生年」「生月」「生日」の干支のどれかに持つ方は
今年は「天剋地冲」が廻っていると言えます。

「庚子」も「天剋地冲」に当たりますが、どちらかと言えば自分の干支が
今年の「甲午」を破壊する側なので、少し現象が小さいと思います。


前にも、「天剋地冲」の破壊度の高さについては少し触れましたが、
これが年運で廻ると“モチベーション”や“気”が壊れ、現実も壊れます。

具体的に説明しますと、この天剋地冲がどこで起きるか、が重要。
今年の例で説明します。

「生年」にあたる場所の「年干支」が「戊子」の方の場合。
この「年干支」の場所は東方=仕事運の場所。
仕事に対するモチベーションは壊れ、現実も壊れることから、
仕事運は極めて悪かったと思います。
東方天剋地冲で、仕事を辞めずに頑張ったという方は、ご自分を褒めて差しあげて下さい。
きっと仕事面では大変辛い年だったでしょうし、仕事を辞めていてもおかしくない年。

ただ、来年の2月以降は状況が変化します。
引き続きストレスなどが要注意の年ではありますが、今年ほど何もかもが
完全に壊れる年ではありません。

すでに仕事を辞めてしまった、という方も、後悔しなくて大丈夫です。
仕事運が壊れる年に、実際に仕事を辞めるという事は、自然なこと。
今年は求職活動も思わしくなかったと思いますが、こちらも来年2月以降は
状況が変わります。

次に、「生日」にあたる「日干支」が「戊子」の方の場合。
この「日干支」の場所は西方=家庭・私生活の場所。
西方天剋地冲が廻る年は、家庭が壊れ、財産を失くすという、怖い年。
離婚や大きな買い物の失敗などには要注意です。

実は、私もお教室に通っていた頃この「西方天剋地冲」が廻り、
恩師に「家庭がある人は家庭を失くし、財産がある人は財産を失くす」と
言われて恐れおののいたのですが。
「あなたは失くす家庭も財産もないでしょう?」と首を傾げられ、
思わず「そうか!」と膝を叩いてしまいました(笑)
実際に何事も無く、極々平穏に1年が過ぎたのは言うまでもありません。

もちろん、ご家庭、財産のある方は注意を怠らないでくださいね。

少し長くなりましたので、「生月」にあたる「月干支」に「天剋地冲」が
廻る方のお話は、明日にしたいと思います。

これは、知っていればある程度難を逃れられるものですので
ぜひ知っておいて頂きたいと思っています(^^)

縁の深い間柄ー律音と干合支合

2014年12月12日 | 算命学 あれこれ
昨日に引き続き、ご縁が深い間柄の人と持ち合うのが
「共通干支」の最後の二つ、「律音(りっちん)」と「干合支合(かんごうしごう)」。

「律音」は一般の方でもすぐに分かりますので、家族や親せきで調べてみると
面白いかもしれません。
「律音」は「天干」も「地支」もまったく同じ組み合わせの事。
どこかにまったく同じ干支があれば「律音」です。

生年の場所である「年干支」同士は、基本的に同年生まれの同級なら
ほぼ「律音」になります。
同じ年に生まれてくること自体がそれなりのご縁を頂いている証拠です。

ただ、「日干支」や「月干支」にこの「律音」がある場合はそれ以上のご縁。
私もこのような「律音」の組み合わせの方を見ていますが、とても仲良しな場合が多いですし、
自分と「律音」の方と出会うと、不思議と親しみが湧きます(^^)

次の「干合支合」ですが、こちらは算命学を習っている方でも
一目で見分けられるようになるまでは時間がかかる、ちょっと難しい組み合わせ。
「天干」が「干合」、「地支」が「支合」という、こちらも非常に仲良しな
関係です。

「干合」については過去の記事でお話していますので、そちらをご覧くださいね。
「支合」は、こちらでは、はじめて出てきたと思います。
これは、一緒にいると無限に二人の世界が広がって行くような仲良しぶりの「大半会」
とは違い、非常に地に足の着いた仲良しさん。
突飛な行動を取ったりはせず、常識的に、着実に物事を成し遂げられる関係です。

精神が強く結びつき、現実も着実に前進していくこの組み合わせは
切っても切れない良いご縁。

この「律音」や「干合支合」は地に足の着いた仲良し条件なので
ビジネスパートナーなどでも、相性は良いでしょう。

ただし、「日干」同士が干合するような場合、ビジネス上、どうしても離れる必要が
出てきたときになかなか離れられない「腐れ縁」になってしまう場合があるので
その辺りが要注意でしょうか?
もちろん、この点は夫婦についても同じで、こちらも別れるのは難しくなります。

以上、「共通干支」をまとめると、次の五種類になります。

大半会、律音、干合支合(融合条件)
天剋地冲、納音    (分離条件)

また、算命学を勉強中の方は、必ずこれらが「羅状」で成立する場合を
落とさないようにしてください。
「羅状」は、隣り合う干支で、斜めに成立する場合のこと。

こちらも、すぐに見分けるのはなかなか難しいですが
人のご縁を見る場合は大切ですので、頑張ってみてください。

実は、恩師からは、これらの「共通干支」を持ち合う人々の前世の間柄が
「おそらく○○であったはず」(恋人、夫婦などなど)という非常に面白いお話を
聞きました。
しかし、これは恩師が星の数ほどの鑑定から導き出された独自の答えだと思いますので
このお話は、門下生と、直系の私の生徒さんだけの秘密にしておきます(^^)

ちなみに、当てはまる人に直接「前世、この人と○○だったみたいだよ?」
と投げかけてみたところ、かなり納得の行く反応が返ってきて、非常に面白かったです(笑)

縁の深い間柄ー大半会と納音

2014年12月11日 | 算命学 あれこれ
昨日も「共通干支法」という技法について少し触れましたが。

非常にご縁が深いとされる「共通干支」は、全部で五種類。
本日は、その中の「大半会(だいはんかい)」と「納音(なっちん)」
についてお話したいと思います。

「大半会」は、干支の「干(天干)」が同じで、「支(地支)」が
「半会」というとても仲良しな関係。
夫婦でこのような関係にある干支を持ち合っていれば、気が合って
楽しいご夫婦となりますし、友人関係でも時間をかけずにすぐに
意気投合し、話がはずむでしょう。

「納音」は、これと同じく干支の「干(天干)」が同じですが
「支(地支)」が「対冲(たいちゅう)」というお互いを破壊し合う関係。
先日兄弟の話で出てきた「天剋地冲」は干支の「干(天干)」も
どちらかが相手を壊してしまう関係でした。
「納音」の場合は、精神は同じですが、現実は壊し合うという厄介な関係。
あらゆる関係を「音」に例えると、不協和音や美しい和音になるものですが
この「納音」はお互いの「音」を打ち消し合い、「音が納まって無音になる」という意味。

ただ、この「納音」になる組み合わせは六十干支の中で一組ずつしかなく、
ご縁としてはかなり深いもの。
(「大半会」は同じ「干」で三組ずつ存在します)

「納音」についてのお話をある方からお聞きした時、とても納得が行ったのは
ご夫婦でこれを持ち合っている場合、夫婦ながらもどこかにピリっとした
緊張感が存在する・・・という事でした。

「大半会」などを持っていると、お互いリラックスしすぎて
お風呂上がりにタオル一枚で平気で相手の前を歩いたりする関係になりますが
「納音」夫婦は、良く言えばもっと節度があり、そこまではリラックスできない関係。

どちらも前世・過去生からのご縁がとても深いことには変わりませんが
持ち合う「共通干支」の違いで少し関係性が異なるところが面白いですよね(^^)

これを夫婦ではなく、例えば共同事業者などのビジネスパートナーとの相性に
用いた場合。
「現実が壊れる」条件のある「納音」がある場合は、決して組んではいけません。

それでは、「大半会」なら鬼に金棒ではないか?!と思いがちなのですが。
実は「大半会」だと、お互いの夢が楽しく膨らみすぎて現実離れしてしまい、
事業としてまとまらないのだそう。


何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということなのかもしれませんね(^^)