現実逃避 80年代に時間旅行というタイトルで書いていた頃の記事です
今となって考えてみると当時感じていた違和感は思春期の心のバランスの悪さだったり、
タレントはそれを見せない方がいい、均衡を保とうとする必死さだったように思えます。
隠そうとするから余計変に見えちゃうような。そこの部分むき出しのほうがむしろ人間的なのにね。
その方がもっと好感を持たれたんじゃないでしょうか。
ファンでなくとも当時は今のようにお笑い番組に席巻されることなく、歌手、
の中でもアイドルといわれる人たちが活躍できる歌番組が幾つもあって、
食事時など、テレビの中で岡田有希子の活躍ぶりを見る機会は結構ありました。
岡田有希子を思い出す一番の印象は奇妙なダンス。
下半身の動きに上半身や首から上が取り残されているような変な感じで、
擬音をつけるなら、モッサリ、モッサリ、ギクギク。
彼女は運動が苦手だったのではないでしょうか。そう言える確信はかく言うわたしが
運動神経が悪いから。運動オンチのひとの動きって何となくわかってしまう。
だから、妙に生真面目に振り付けを再現しようとする彼女を見ていて痛々しく見えました。
低音を伸ばすとき音程が不安定になるけど声は素直で聞きやすかった。
そして難なく歌いこなすのにいっぱいで歌にいまいち情感が足りなかった。
でもこれは、無理してあの奇妙なダンスをやっていたから、そっちに気を取られていたためだと思います。
振りなどない歌を歌えたらよかったのにね。
視線にも定まらない何か奇妙なものを感じていたのですけど、歌の途中で瞬間、瞬間に見せる
笑顔には素直な印象が感じられて、それが一番の魅力だったはずです。
でも笑顔が翳った瞬間の、何かをまだ言い足りないという不満をためたような
口元とちぐはぐでこれまた不自然な違和感。
当時は無個性に見えたのですが、
どうありたい、どうしたい、どう見られたいの自意識の強さの現われが、
あの違和感の中に詰まっていたことに当時の映像を見て気づきました。
とにかく、彼女はいつも必死で一生懸命だったのだと思います。
色々言われているけれど、彼女の死は『叶えたい自分』とか『なりたい自分』から
少しずれたことに端を発しているのではないでしょうか。
大抵の人は甘受する術を持ち、諦めることも知っているけど、何に耐えたとしても
それだけには耐えられない激しさが、あのこころもとない風情の中にあったのではないでしょうか。
極端に言えば、ゼロか全てのどちらかしかなくて、『なりたい自分』以外なら終り。
未遂を犯して、付いてしまったシミのせいで尚更、終わらせなければならなくなってまったのではないでしょうか。
だから、彼女の心の中ではどうであれ、現実には昨年鬼籍に入られた
Mさんは直接的には関係ないと思います。
当時この方の記者会見を見た覚えがありますけど、答えようのないことを質問されて、
当惑していたように見えましたし、故人の思いを傷つけまいと気遣いもあったように思います。
以上、
思い込みの激しいタイプの人間が思い込みの激しいタイプ
ではなかったかと思われる人を分析してみたたわごとです。
ファンでも何でもなかった人間がこれほど長々と語れるほどの衝撃を残した事件。
その影響ゆえに長い間、岡田有希子という名前は封印されてしまいました。
今ではあり得ない、最後の姿を週刊誌にさらされてしまったことも影響になったかもしれません。
かくいうわたくしも、教科書を買いに行って、みんなが買っていたフォーカスだか、
フライデーだかを一緒に買って来てしまった。
その時つくづく思ったのが、肉体は単なる入れ物なんだということでした。
もはや、輝いていたアイドルではなく、そこに詰まっていた肉体を制御するもの、
理性とか、知性とか羞恥心とかを失った単なる物体で、その扱われ方も物に対するそれのようで、
それを見てしまっている自分に罪悪感すらありませんでした。
もし、肉体を離れた魂というものが存在するならば、あんなふうに扱われたことは
さぞかし、辛かったはずです。
細かいことを言えばきりがないのですが、あんな晒し者にされてせめて下向きでよかったよ。
スカートの裾が乱れないタイトでよかったよ。本当に本人だったのだろうか?もう少し、年かさの女性のように見えたよ。
人間ってただ、年をとるだけのようですが、年をとるだけでわかることってあるものです。
だから、彼女には一瞬を耐えて年をとって欲しかった。色んな未来があったでしょうから。
前回も書きましたけど、その達観ができたら、きっと今頃素敵な女性だったと思います。
わたしは観たことがないけど、ドラマとかに出ていたので、女優として活躍とかもしていたかもね。
楽しい思い出の多い80年代の中で、話題として取上げるのには迷ったのですが、
暫く封印されていた彼女の姿を再び見ることのできる時代になったので、
知らない世代の人たちにも、違和感を覚えるほど懸命な姿を知って欲しいと思いました。
ちなみにわたしは『ママの選ぶドレスは似合わない年頃よ♪』(ごめん!タイトルがわからん)と
最後の化粧品のキャンペーンソングしか知らなかったのですが、
summer beachという曲がいつになく伸びやかに歌っていていいと思いました。
ダンスはちょっと・・・・でしたが。とにかく一生懸命です。
最後に
『ママの選ぶドレスは似合わない年頃よ♪』(ごめん!タイトルがわからん)はすごくこの人に似合う歌だと思いました。
脱皮しようと必死で、自由を求めていて、恋心を抱いていてでも、どこか遠慮がちでそれを大声では言えなくて。
窮屈な『ママの選ぶドレス』を着ている心の中には叶えたい思いが一杯詰まっている。
そうそう、思い出したけど、当時東京を目指す女の子の憧れのひとつ『南青山に住むこと』
(林真理子の小説『南青山物語』の影響か?)
その夢を岡田有希子は叶えたばっかりだったはずです。 終り
今となって考えてみると当時感じていた違和感は思春期の心のバランスの悪さだったり、
タレントはそれを見せない方がいい、均衡を保とうとする必死さだったように思えます。
隠そうとするから余計変に見えちゃうような。そこの部分むき出しのほうがむしろ人間的なのにね。
その方がもっと好感を持たれたんじゃないでしょうか。
ファンでなくとも当時は今のようにお笑い番組に席巻されることなく、歌手、
の中でもアイドルといわれる人たちが活躍できる歌番組が幾つもあって、
食事時など、テレビの中で岡田有希子の活躍ぶりを見る機会は結構ありました。
岡田有希子を思い出す一番の印象は奇妙なダンス。
下半身の動きに上半身や首から上が取り残されているような変な感じで、
擬音をつけるなら、モッサリ、モッサリ、ギクギク。
彼女は運動が苦手だったのではないでしょうか。そう言える確信はかく言うわたしが
運動神経が悪いから。運動オンチのひとの動きって何となくわかってしまう。
だから、妙に生真面目に振り付けを再現しようとする彼女を見ていて痛々しく見えました。
低音を伸ばすとき音程が不安定になるけど声は素直で聞きやすかった。
そして難なく歌いこなすのにいっぱいで歌にいまいち情感が足りなかった。
でもこれは、無理してあの奇妙なダンスをやっていたから、そっちに気を取られていたためだと思います。
振りなどない歌を歌えたらよかったのにね。
視線にも定まらない何か奇妙なものを感じていたのですけど、歌の途中で瞬間、瞬間に見せる
笑顔には素直な印象が感じられて、それが一番の魅力だったはずです。
でも笑顔が翳った瞬間の、何かをまだ言い足りないという不満をためたような
口元とちぐはぐでこれまた不自然な違和感。
当時は無個性に見えたのですが、
どうありたい、どうしたい、どう見られたいの自意識の強さの現われが、
あの違和感の中に詰まっていたことに当時の映像を見て気づきました。
とにかく、彼女はいつも必死で一生懸命だったのだと思います。
色々言われているけれど、彼女の死は『叶えたい自分』とか『なりたい自分』から
少しずれたことに端を発しているのではないでしょうか。
大抵の人は甘受する術を持ち、諦めることも知っているけど、何に耐えたとしても
それだけには耐えられない激しさが、あのこころもとない風情の中にあったのではないでしょうか。
極端に言えば、ゼロか全てのどちらかしかなくて、『なりたい自分』以外なら終り。
未遂を犯して、付いてしまったシミのせいで尚更、終わらせなければならなくなってまったのではないでしょうか。
だから、彼女の心の中ではどうであれ、現実には昨年鬼籍に入られた
Mさんは直接的には関係ないと思います。
当時この方の記者会見を見た覚えがありますけど、答えようのないことを質問されて、
当惑していたように見えましたし、故人の思いを傷つけまいと気遣いもあったように思います。
以上、
思い込みの激しいタイプの人間が思い込みの激しいタイプ
ではなかったかと思われる人を分析してみたたわごとです。
ファンでも何でもなかった人間がこれほど長々と語れるほどの衝撃を残した事件。
その影響ゆえに長い間、岡田有希子という名前は封印されてしまいました。
今ではあり得ない、最後の姿を週刊誌にさらされてしまったことも影響になったかもしれません。
かくいうわたくしも、教科書を買いに行って、みんなが買っていたフォーカスだか、
フライデーだかを一緒に買って来てしまった。
その時つくづく思ったのが、肉体は単なる入れ物なんだということでした。
もはや、輝いていたアイドルではなく、そこに詰まっていた肉体を制御するもの、
理性とか、知性とか羞恥心とかを失った単なる物体で、その扱われ方も物に対するそれのようで、
それを見てしまっている自分に罪悪感すらありませんでした。
もし、肉体を離れた魂というものが存在するならば、あんなふうに扱われたことは
さぞかし、辛かったはずです。
細かいことを言えばきりがないのですが、あんな晒し者にされてせめて下向きでよかったよ。
スカートの裾が乱れないタイトでよかったよ。本当に本人だったのだろうか?もう少し、年かさの女性のように見えたよ。
人間ってただ、年をとるだけのようですが、年をとるだけでわかることってあるものです。
だから、彼女には一瞬を耐えて年をとって欲しかった。色んな未来があったでしょうから。
前回も書きましたけど、その達観ができたら、きっと今頃素敵な女性だったと思います。
わたしは観たことがないけど、ドラマとかに出ていたので、女優として活躍とかもしていたかもね。
楽しい思い出の多い80年代の中で、話題として取上げるのには迷ったのですが、
暫く封印されていた彼女の姿を再び見ることのできる時代になったので、
知らない世代の人たちにも、違和感を覚えるほど懸命な姿を知って欲しいと思いました。
ちなみにわたしは『ママの選ぶドレスは似合わない年頃よ♪』(ごめん!タイトルがわからん)と
最後の化粧品のキャンペーンソングしか知らなかったのですが、
summer beachという曲がいつになく伸びやかに歌っていていいと思いました。
ダンスはちょっと・・・・でしたが。とにかく一生懸命です。
最後に
『ママの選ぶドレスは似合わない年頃よ♪』(ごめん!タイトルがわからん)はすごくこの人に似合う歌だと思いました。
脱皮しようと必死で、自由を求めていて、恋心を抱いていてでも、どこか遠慮がちでそれを大声では言えなくて。
窮屈な『ママの選ぶドレス』を着ている心の中には叶えたい思いが一杯詰まっている。
そうそう、思い出したけど、当時東京を目指す女の子の憧れのひとつ『南青山に住むこと』
(林真理子の小説『南青山物語』の影響か?)
その夢を岡田有希子は叶えたばっかりだったはずです。 終り
コメさせて頂きます。
一人勝手に納得しました。自分との戦い、とも言えますでしょうか?
何処に行き着いても、敵は自分さ(氷室京介さんの歌にありました)
わたし自身、自分を縛っているのは自分の心なのだと感じている最中でありました。
>>何処に行き着いても、敵は自分さ(氷室京介さんの歌にありました)
叶えた夢の先に必ず思い通りの世界があるとは限らず、
そこでどう生きるかの敵はまさしく『自分』かもしれません。
氷室京介、久しぶりに聴きたくなりました。
勿論、岡田さんは僕の生まれる三年前にこの世を旅立ってしまいました。なので全く彼女の事は知りませんでしたが、最近たまたまネットで岡田さんの事を知り、僕と同じ時期に自殺された彼女の事が気になり検索し、このブログを拝見させていただきました。
僕は正直80年代のアイドルに興味もなにもありません。しかしwikiやyoutubeで彼女の記事やエピソードを見る度に、自分の夢を叶えた方がわずか3年で自ら命を絶ってしまった事にショックを受け、生前の元気な姿を見る度感情移入してしまいました。
しかしそれは18歳という同年代の方が亡くなった事による事や、死後神格化された言わばイイ部分だけを知ったことによるもので、この感情にかなり違和感を感じています。
そんな時にこのブログを拝見せせて頂き、かなり核心?と言いますか、書かれている文面にかなり共感しました。
僕は正直彼女の死の原因や真の黒幕だとか、そんな事に興味はありません。彼女の遺体も恐ろしくて、あんなに画面上で元気だった方が亡くなられた事がショック過ぎて見る事ができません。というか見る気もありません。(ネット上で岡田さんの名前を検索するとまるで遺体を面白がるようにしている、現代が気持ち悪くて仕方がありません。。。)
そうではなくて、両親の反対を押し切ってまで叶えた夢に矛盾を感じてしまいながらも、懸命に生きた事、そこに価値がありそして、多忙の為に高校にも行けずに、自らの視野を多感な時期に広げられなかった事が不幸に繋がったんじゃないかと思いました。
ブログ主様のおっしゃる通り、岡田さんが亡くなられた原因は本当はMさんでもなんでもなく、自分の夢や憧れに失望した結果疲れてしまったのだろうと思います。
また僕自身、両親と兄弟を尊敬し愛しているので、岡田さんの遺族の方の事が哀れでありません。最愛の娘、妹を失った上に報道によって恥ずかしめられ、今だにオカルト写真のように扱われてる事。。。想像を絶する苦しみだったと思われますが、以後このような事が無い様にと祈るばかりです。。。
長文駄文、失礼しました。今日は岡田さんの命日だそうですね。そんな日にこの記事が読めた事。本当に良かったです。どこか、僕自身かなり楽になりました。
僕もまだ19歳。夢もあります。その夢を叶えるべく、不器用でも懸命に生きていきます。
ありがとうございました。
真実は永遠に謎ですが、思うままに綴ったことをこんなに深く考えていただけて、申し訳ない気持ちです。
読んでくださって本当にありがとうございます。
『若くして亡くなった人物』に魅せられ、そういう死を選んだ人や、已む無くそういう死に選ばれた人のことを知りたいと思う気持ちが若い頃はわたしにもありましたし、むしろ強いくらいそういうものを持っていたかもしれません。
若い死=美しい とも考えていました。それは間違い。
でもソフィアさんはそうでないことを19歳にしてわかっていらっしゃる。
実はパート3として、本日この記事を書き加えようかと思っていたのですが、ソフィアさんがコメントして下さったことで必要なくなりました。
高校生だった当時は思慮が浅く、考えが及びませんでしたが、報道の在り方が遺族をどれだけ深く傷つけたことか・・・と考えていた矢先でした。
ご両親にとっては逆縁となってしまった葬儀の様子も当時のニュースで流れました。今思うと実に辛い光景でした。
繰り返しますが、『若い死=美しい』は間違いです。
それと、この記事以降、確認のためにyoutubeを見ていて、岡田有希子という人が、非常に清潔感に溢れていたことに気づきました。
現在の19歳からみたらいかがなものでしょうか?
ソフィアさんの一文、一文が胸にしみました。
若い世代や時代の在り方に幻滅することが多い昨今、貴方の様な若者がいることがうれしい。まだまだこの国も捨てたものではないと今喜んでいます。
また、若者世代に偏見を持っていたのではないかと反省もしています。
最後に、夢、きっと叶えてください。
そして、それは叶ったら終わりではありません。夢見た場所が思っていたものとは違っても、周りの人の愛を信じ、大切にしてください。
深夜にブログを更新されていらっしゃる事を見て、
「きっと多忙で自分の書きたい事もある上にコメントへの返信をして頂いたんだなあ。』と申し訳なく感じつつも、僕のコメントに対して向き合い、お付き合い頂いたことに感動し、今とてもうれしく思っています。
本当にありがとうございます。
きっとブログに対するコメントに更にコメントする事は変なんだろうな。。と思いながらも、せっかくネット上で知り合えたのだから、世代を超えて感じた事を意見交換させていただくのも、まだ長い人生にプラスになるだろうと勝手にあれこれ考えているうちに、キーボードを叩いていました。
御迷惑ならば申し訳ありません。。。
『若い死=美しい』は間違い。
という言葉、重く染みました。
正直に、僕ら、所謂『平成世代』にとって『自殺』という言葉自体が頻繁にTVやteen向けの小説などで簡単に使われ、『死』というのがどれだけ人を悲しませるか、どれだけ重い事なのか、感覚が麻痺しているのかもしれません。
中学校時代にリストカットの傷跡を隠している人もいましたし、付き合っていた人の手首にその傷跡を発見した事もありました。本人に聞くと『これは、自分が生きている事を確認しているんだよ』と言っていました。
死を感じるような事、自分の血液の生温かさで自己確認する事は、何も今の世代だけでは無いと思いますが、逆に自分は絶対に死なないとも考えている人も多いとも思います。
物質的にも何不自由ない暮らしで、平和ボケしているから、他人の痛みも見て見ぬフリをする。どこか想像力に欠けた人もたくさんいます。
しかし、それはどの時代も言われるであろう、若者の悪い側面を拡大解釈したもので、実際は本質的に20年前と何ら変わらないと思います。
はちみつさんの返事の中にもありましたが、報道やブラウン管の中の世界や雑誌は興味本位で平気でプライバシーを損害し、他人を尊重する事よりも数を追いかけるだけで、そんな報道、TVのあり方に疑問を抱いていた矢先に、岡田有希子さんの死を知りました。
はちみつさんの言葉の中に「遺体となっては、もはやそれは理性とか、自らを制御している物を無くした、物体で身体は単なる入れ物に感じた」というところを見て、自分が今生きてる事自体、奇跡的で死んでしまったらもはやそこにはその人はいないんだなと感じました。
だからその分、今生きている事に懸命にならなくては。。。と強く思いました。
僕もyoutubeで生前の岡田有希子さんを拝見しました。はちみつさんと同じく、今の芸能人には無い『清潔感」を感じました。そして憧れの芸能界入りした当時の「目の輝き」、賞を取った時のうれし涙が脳裏に浮かび、その分くちびるnetwork時の様子の変わり様が痛々しく感じました。
顔がむくんでいる様にも見えて、目には睡眠不足か前夜に涙を流していたのかクマの様な物があり、ほとんど瞬きをしていない所を見ると、まるで別人のようで。。。
また長くなってしまいまして、本当に罪悪感を感じています。。。せっかく、御自身の楽しかった思い出をつずられていたのに、重い雰囲気にしてしまいました事本当に申し訳ありません。。。
勝手ながらもこれからも、ときどきはちみつさんのブログを拝見させていただいてもよろしいでしょうか?
80年代の事は全く分かりませんが(マイケルジャクソンのすごさや、マドンナの衝撃すら、ピンとこないもので。。。笑)『哲学とファッション、音楽は30周期で流行る』と教えられたので、そろそろ80年代テイストが流行るかもしれません。それを前に僕も時間旅行に連れていただけたらな、と勝手に考えています。
最後に、応援した下さった事、向き合っていただいた事、ありがとうございました。ちっぽけな事かもしれませんが、僕にとっては感動的で幸せな体験でした。
どうか、年下の人にも真剣に向き合う事を続けていただけたらなあと勝手ながら考えてます。
もしかしたら、今の世代の若者は『真剣に向き合ってくれる大人」を求めているのかもしれません。
くどくどと失礼しました。本当にありがとうございました。
一時、事件史や犯罪史に興味を持ってそういう本を読みあさったのですが、そのときの感想が大正だろうと、明治だろうと人の本質は変わらないということでした。
ソフィアさんの仰るとおり、若者だってそうですよね。実際は本質的に20年前と何ら変わらないのかもしれない。
手短に書きますけど、一文、一文確かに心に留めていますから、また色々と意見を聞かせてくださいね。
今のところまだ実際には過去に旅することはできませんが、未来には生きていれば必ず行くことができます。
その時きっと気づくでしょう、『大人って案外幼稚なんだ』ということに。
その幼稚の代表なので、むしろわたしの方が色々学ばせていただくことになるでしょう。
こちらこそありがとうございます。
そして、よろしくね。
このご縁、有希子ちゃん(当時の私の友人はこう呼んでいた なつかし)に感謝しないと。