2022/12/07~08 更新
たてあかし【炬火】
萩原義雄識
『北山抄』〔故實類書〕卷八「たてあかし【燈火】」
四人炬火(タテアカシ)候二御輿前後一 〔早稲田大学蔵図書館蔵、卷八・一八齣左8〕
とあって、標記語「炬火」に「タテアカシ」と付訓する。此の語例は昌住『新撰字鏡』〔天治本〕では、真名体漢字「止毛志比」と記載する。次の源順編『和名類聚抄』では、「太天阿加之」と記載する。此に続く『字類抄』〔三巻本〕は未収載とし、『名義抄』〔観智院本〕では、単漢字「爝」〔佛下末三十七〕と「炬」〔佛下末四十六〕に各々「タテアカシ」と付訓記載が見えている。此の語例を承けて、江戸時代の狩谷棭齋『倭名類聚鈔箋注』がどのように叙述するかまでを検証してみることにした。
『和名類聚抄』調度類燈火部「炬火」
廿卷本『倭名類聚抄』
炬火 唐韻云爝[即略反与雀同]炬火也字書云炬[其呂反上聲之重訓与燈同俗云太天阿加之]束薪灼之〔巻十二燈火部第十九燈火類第百五十六・十一丁表二行目〕
十卷本『和名類聚抄』
炬火 唐韵云爝[即略反与雀同]炬火也字書云炬火[其呂反上声之重訓与燈同俗云太天阿加之]束薪灼之〔卷四燈火部第九十八〕
【訓み下し】
炬火 『唐韻』に云はく、爝[即略反、「雀」と同じ]は「炬火」なりといふ。『字書』に云はく、炬火[其呂反、上声の重、訓は「灯」と同じ、俗に「太天阿加之(たてあかし)」と云ふ]は薪を束ねて之れを灼くを云ふ。
『和名抄』は、廿巻本、十巻本共に概ね同じ語注記にて記載していて、文字表記に多少異なる表記が使われているものの、一線を画すような相異は此の標記語及び語注記内容には見えないことが明らかになっている。
茲で、此の語例が燈火具として用いられ、多くの平安朝時代の文献資料に見出せているのだが、『字類抄』がなぜ所載を見送ったのかが見えていない。また、『名義抄』〔観智院本〕も「爝」と「炬」といった単漢字標記語に此の和訓を仕立てていて「炬火」の熟語例では所載を見ないことも十分注意を払っておくことになろう。
次いで、江戸時代の狩谷棭齋『和名類聚鈔箋注』にはどう記述がなされているのかを考察する。〔燈火部第十三燈火類六十四・明治十六年版九九ウ4、曙版上四四〇頁〕
【翻刻資料】炬火
唐韵云、爝[即略反、與レ雀同、]炬火也、○廣韻同、按玉篇、/爝、炬火也、孫氏蓋/依レ之、」説文、爝、苣火祓也、字書云、炬、其呂反、上聲之重、訓/與レ燈同、俗云太天阿/加之、○按其屬二群毎一、牙音單行無二輕重一、此云/レ重未レ詳、」新撰字鏡、炬、止毛志火、雄略紀火炬、顯宗紀爝火、皆同訓、故此云二訓與レ燈同一也、」榮花物語初花卷謂二之太知阿加之一、百練抄立/明即是、新撰字鏡、炬、又訓二太比一、束レ薪灼之、○按説文、苣、束レ葦燒、徐鉉曰、今俗別作レ炬、即/此義、
【本文一文訓み下し】
1『唐韵』に云はく、爝[即略の反、「雀」と同じ]は、「炬火」なりといふ。
2○『廣韻』も同じ。
3按ずるに、『玉篇』に、「爝」は、炬火なり〈也〉。
4孫氏に、蓋し之れに依る。」
5『説文』に、「爝」は、苣火の祓なり〈也〉。
6『字書』に云はく、「炬」[其呂反、上声の重、訓みは「灯」に同じ、俗に「太天阿加之(たてあかし)」と云ふ]は薪を束ねて之れを灼くを云ふ。
7○按ずるに、其の群毎に、牙音、單行にて輕重は無し。
8此れ重ねて云ふは未だ詳らかならず。」
9『新撰字鏡』に、「炬」で、「止毛志火」とす。
10『雄略紀』に「火炬」、『顯宗紀』に「爝火」、皆同じく訓む。
11故に、此れ「燈」の訓みは與に同じと云ふなり。」
12『榮花物語』初花卷に之れ太知阿加之」と謂ふ。
13『百練抄』に「立明」とし、即ち是れなり。
14『新撰字鏡』に、「炬」、又、「太比」と訓む。
15薪を束ねて之れを灼くを云ふ。
16○按ずるに、『説文』に、「苣」は、葦を束ねて燒く。
17徐鉉に曰ふ、今俗に別には「炬」と作けり、即ち、此の義なり。
【参考文献資料一覧】
⑴『唐韻』⑵『廣韻』⑶『玉篇』⑷『説文(解字)』⑸『字書』
⑹孫氏。⑺徐鉉。
⑻『雄略紀』⑼『顯宗紀』 ⑽『榮花物語』初花卷 ⑾『百練抄』
『新撰字鏡』
【語解】
1『唐韵』に云はく、爝[即略の反、「雀」と同じ]は、「炬火」なりといふ。
※[唐韻正]呂氏春秋爝火作焦火。
2○『廣韻』も同じ。
※[広韻]即略切。[広韻]在爵切。[広韻]並子肖切音醮義並同
『康煕字典』【爝】[広韻]即略切[集韻][韻会][正韻]即約切並音爵[説文]苣火祓也[荘子逍遥遊]曰月出矣而爝火不息[呂氏春秋]湯得伊尹祓之于廟爝以爟火釁以犠猳[集韻]或作燋焳熦〇按広韻爝燋分訓与集韻異又[広韻]在爵切[集韻]疾雀切並音嚼又[広韻][集韻]並子肖切音醮義並同又[唐韻正]呂氏春秋爝火作焦火
3按ずるに、『玉篇』に、「爝」は、炬火なり〈也〉。
※[玉篇]【爝】火炬。
4孫氏に、蓋し之れに依る。」
5『説文』に、「爝」は、苣火の祓なり〈也〉。
※『説文解字』に「【爝】苣火祓也。从火。爵聲呂不。韋曰湯得伊尹爝以爟火釁以犠豭(子肖切)」
6『字書』に云はく、「炬」[其呂反、上声の重、訓みは「灯」に同じ、俗に「太天阿加之(たてあかし)」と云ふ]は薪を束ねて之れを灼くを云ふ。
※『康煕字典』【炬】[広韻]其呂切[集韻][韻会][正韻]臼許切並音巨[玉篇]火炬[集韻]束葦焼也[史記田単伝]牛尾炬火光明炫燿[説文]本作苣[徐鉉曰]今俗別作炬非[集韻]或作𥬙
7○按ずるに、其の群毎に、牙音、單行にて輕重は無し。
8此れ重ねて云ふは未だ詳らかならず。」
9『新撰字鏡』に、「炬」で、「止毛志火」とす。
※【炬】巨音亟也。太比又止毛志比〔卷一・火部二十オ7・8〕天治本影印資料
茲で、棭齋が記載する真字体漢字の「ひ」が「火」となっており、『字鏡』の「比」と異なる。実際、早稲田大学蔵図書館蔵の棭齋自筆写本『新撰字鏡』〔一冊〕では、「火」と記載する。要するに、棭齋自身で書写したかは疑問視され、書生に書写させた結果の見誤りの箇所を露呈することになったと見る。原本から転写のなかで極めて初歩となる箇所となっている。
炬苣( 説玉) 同ク巨ノ音、亟也、太比(タビ)、又止毛志火(トモシビ)、
一切大藏卅三
10『雄略紀』に「火炬」、『顯宗紀』に「爝火」、皆同じく(「ともしび」と)訓む。
○是(ここ)に、天皇、春日小野臣(かすがのをののおみ)大樹(おほき)を遣(つかは)して、敢死士(たけきひと)一百(ももたり)を領(ゐ)て、並(ならび)に火炬(ともしび)を持(も)ちて、宅(いへ)を圍(かく)みて燒(や)かしむ。〔卷十四〕
○又(また)白髮天皇(しらかのすめらみこと)の、先(ま)づ兄(このかみ)に傳(つた)へむと欲(おもほ)して、皇太子(ひつぎのみこ)に立(た)てたまへるを奉(う)けて、前(さき)に後(のち)に固(かた)く辭(いな)びて曰(のたま)はく、「日月(ひつき)出(い)づれども、爝火(ともしび)息(や)まず。〔卷十五〕
11故に、此れ「燈(タウ)」の訓みは與に(「ともしび」にて)同じと云ふなり。」
12『榮花物語』初花卷に之れ「太知阿加之」と謂ふ。
○所どころの篝火、たちあかし、月の光もいと明きに、殿の内の人々は、何ばかりの数にもあらぬ五位なども、腰うちかがめ、世にあひ顔に、そこはかとなく行きちがふもあはれに見ゆ。〔①0407-03〕
○たちあかしの心もとなければ、四位少将やさべき人々などをよびよせて、紙燭さして御覧じて、内裏の台盤所に持てまゐるべきに、明日よりは御物忌とて、今宵みな持てまゐりぬ。〔①0419-04〕
※実際、新編日本古典文学全集には、和語「たちあかし」の語例は右の二例があって、前の用例を引く。⇨http://www.genji.co.jp/kensaku.htmにて検索。
13『百練抄』に「立明」とし、即ち是れなり。
※『新訂増補国史大系』卷十一電子ブック『百練抄』で検索可能〔未検索〕
○堂橋木令渡假殿事也。○十二月一日。弓塲始之間。立明火燒付宇津保柱。賴政朝臣撲滅之 ...〔第11卷P405〕
○奉仕御裝束。陪膳頭中將雅家朝臣。役送經俊。御隨身五人立明役之。陰陽師雅樂頭在清朝 ...〔第11卷百鍊抄 P541〕
14『新撰字鏡』に、「炬」、又、「太比」と訓む。
※前述9の語解の箇所を参照。
15薪を束ねて之れを灼くを云ふ。束レ薪を灼之、
※[集韻]束葦焼也
16○按ずるに、『説文』に、「苣」は、葦を束ねて燒く。
※『説文解字』に「【苣】束葦焼也今俗別作炬非是」と記載。
『康煕字典』【苣】[唐韻]其呂切[集韻][正韻]曰許切並音巨[説文]束葦焼也今俗別作炬非是[後漢皇甫規伝]束苣乗城又[唐書車服志]凡天子之車五路金鳳翅画苣文鳥獸又[玉篇]苣蕂胡麻也[曹唐遊仙詩]喫尽渓頭苣蕂花又[本草]萵苣見萵字註又白苣似萵苣葉有白毛気味苦寒又苦菜一名苦苣[韻会]野生曰褊苣[杜甫詩]苦苣刺如針[註]即野苣也
17徐鉉(ジヨゲン)(書家)に曰ふ、今俗に別(字)「炬」と作けり、即ち、此の義なり。
※徐鉉
※大徐本『説文解字』に曰く、
[説文]本作苣[徐鉉曰]今俗別作炬非
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
たてーあかし【立明・炬火】〔名〕庭上に人々をならべ、かかげ持たせて照明とした松明(たいまつ)。また、庭上に立てて用いる松明。炬火(こか)。たちあかし。*二十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕一二「炬火 唐韻云爝〈即略反 与雀同〉炬火也 字書云炬〈其呂反 上声之重 訓与燈同 俗云太天阿加之〉束薪灼之」*御堂関白記ー寛仁二年〔一〇一八(寛仁二)〕一一月九日「立明者・人々随身等有二疋見一」*狭衣物語〔一〇六九(延久元)~七七頃か〕三「たてあかしの昼より明きに、若宮の御直衣など、あざやかに、美しげに仕立てられ給へる御有様の」*恵信尼書簡〔一二五六(康元元)~六八頃〕「しんかくとおぼえて御だうのまへにはたてあかししろく候に、たてあかしのにしに御だうのまへにとりゐのやうなるに」【語源説】(1)「タチアカシ(立明・立灯)」の義〔和訓栞・大言海〕。(2)「タキアカシ(焼明)」の義〔言元梯〕。【発音】〈ア史〉平安○○○●○〈京ア〉(0)【辞書】和名・名義・文明・伊京・明応・饅頭・書言・言海【表記】【爝】名義・伊京・明応・饅頭【炬火】和名・言海【炬】名義・文明【槱】伊京【東苣】書言【図版】立明〈年中行事絵巻〉