駒澤大学「情報言語学研究室」

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『聖徳太子傳』における「愛」字

2023-04-01 20:01:17 | ことばの溜池(古語)

   三、単漢字「愛」字について
  総数三二例。句「愛別離苦(あいべつりく)」八例。「忍愛(にんあい)餘習(よしう)」一例。「癡愛(ちあい)妄心(もうしん)」一例。「恩愛(おんあい)」一〇例。「寵愛(てうあい)」二例。「愛育(あいいく)」一例。「愛敬(あいけう)」一例。「愛執(あいしう)」一例。「最愛(さいあい)」一例。「愛(あい)し」二例。「愛宕郡」三例。偈「勤行大精進捨所愛之身(ごんぎやうタイしやうしんしやしよあいししん)」一例。
  偈は、『妙法蓮華経』薬王菩薩本事品二十三
    ○大王今当知我経行彼処即時得一切現諸身三昧勤行大精進捨所愛之身 説是偈已。而白父言。日月浄明徳仏。今故現在。我先供養仏已。得解一切衆生。 語言陀羅尼。
を引用していて、
    ○又その落句(らくく)ハ七卷(シチのまき)藥王品(やくわうほん)の中(なか)に藥王の苦行(くきやう)をとく所に、勤行(ごんぎやう)大精進(しやうしん)捨所(しやしよ)愛(あい)之(し)身(しん)と云偈(け)の下に二句の文(もん)落(おち)たり。供養(くやう)於(お)世尊(せそん)爲(い)求(ぐ)無上(むしやう)惠(ゑ)と云二句也。〔卷第六〕
    とある。
  孤例に仏語「愛河」の用例を見る。
    ○されハ釈迦(しやか)弥陀(ミた)の二尊の御いつくしミなかりせば、われら衆生いかゞたやすく生死(しやうじ)の愛河(あいか)をこえ、又ねはん常楽(じやうらく)を證(しやう)せん。〔卷第三38ウ〕
  地名「愛宕郡」の付訓は「をたぎのこほり」二例、「おたぎのこほり」一例が見えている。
    ○その杣(そま)山の所をは山城国(しろのくに)愛宕郡(をたぎのこほり)折田郷(おりたのさと)土車里(つちくるまのさと)とも云(いふ)。〔卷第四〕
    ○凢(をよそ)前代(せんだい)より末代(まつだい)に至(いた)る迄(まて)、都(ミやこ)を七ケ(か)国うつし、四十七ケ度(ど)に山城の國愛宕郡(をたぎのこほり)に都(ミやこ)を遷(うつり)し、王法(わうぼう)も佛法(ぶつほう)も此所に執(とり)行(をこなふ)へしと云々。〔卷第七〕
    ○23 六角堂(かくたう) 同國愛宕郡(おたぎのこほり)〔補〕
と三例を見る。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
あい-が【愛河】〔名〕仏語。人は愛欲におぼれやすいことから、それを河にたとえていったもの。*万葉集〔八C後〕五・七九四右詩「愛河波浪已先滅 苦海煩悩亦無結 従来猒離此穢土 本願託生彼浄刹〈山上憶良〉」*本朝文粋〔一〇六〇(康平三)頃〕一三・朱雀院平賊後被修法会願文〈大江朝綱〉「又願。燕肝越胆。輪廻之郷無期。欲海愛河。流転之輩不定」*地蔵菩薩霊験記〔一六C後〕一二・一「目もくれ心も迷ひつつ、行方さらにをほへず共に愛河(アイガ)に沈みける」*読本・南総里見八犬伝〔一八一四(文化一一)~四二〕九・一一〇回「苦海・愛河(アイカ)の世は定めなく、弘誓(ぐぜい)の船出遠ければ」*八十華厳経-三六「愛河漂転無返期、欲求辺際得」【発音】アイガ〈標ア〉[ア]
おたぎ【愛宕】〔一〕山城国(京都府)の郡名。洛北から洛東にわたる地域で、北は山城の国境、東は東山連峰に至り、西は鷹ケ峰、雲ケ畑、南は泉涌寺(せんにゅうじ)に及んだ。平安奠都(てんと)以前には、平安京の左京の大半をも含んでいたようである。おたぎのこおり。おたぎぐん。*二十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕五「山城国 〈略〉愛宕〈於多岐〉」〔二〕上代、中古、律令制下における愛宕郡内の郷名。位置については二説あり、明らかでない。いずれにしても、平安京の葬送地の一つであった。おたぎのさと。*正倉院文書‐山背国愛宕郡計帳(寧楽遺文)〔七二六(神亀三)〕「奴稲敷 年廿八〈略〉従愛宕郷山背忌寸凡海戸米附」*延喜式〔九二七(延長五)〕二一・諸陵寮「愛宕墓」〔三〕山城国乙訓(おとくに)郡の別名か。*高山寺本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕六「山城郷〈略〉乙訓(オタキ)郡」【発音】〈標ア〉[オ]〈京ア〉[オ][0]【辞書】和名・色葉・文明・伊京・明応・天正・黒本・易林・書言【表記】【愛宕】和名・色葉・文明・伊京・明応・天正・黒本・易林・書言


『聖徳太子傳』における「種」字―データベース化の実践―

2023-04-01 02:05:43 | ことばの溜池(古語)

 『聖徳太子傳』における「種」字
                                                                          萩原義雄識

 はじめに
 イタリア、ローマ法王立サレジオ大學に、マリオ・マレガ師の所蔵した日本語文献資料がマレガ文庫に収められている。此の文庫に所蔵する文献資料の悉皆調査を二〇〇三(平成一五)年四月から二〇〇四(平成一六)年三月の一年間の研究調査によって得たことは云うまでもない。

 この資料の情報をいち早く、教えていただいたこととその機会に恵まれたことに改めて感謝する。
 このなかで、MM0113に所蔵する『聖徳太子傳』〔版本十冊〕を用いて、二〇〇三(平成一五)年に、本文の翻刻を行っておいた。

 そして、此の本文資料を一文データテキスト化し、そのデータ資料を元に語解を行うことが出来るようにしておいたが、なかなかその内容を活用するまでに至らなかった。
  漸く、今日そのゆとりを得て、その出来映えを多くの方に利用してもらえるよう努めていきたいと模索することをはじめておくことにした。
 いま、その検索した作業データの一端を茲にお示しすることにする。

 二、単漢字「種」について
 「種」字の用例總数は纔か三三例に過ぎない。
 そのなかで「種」字の特徴の一つに、⑴数詞として「―種」という表現があり、ここでも数量名詞としての「種」が見えている。
 次に、最も多い⑵畳字「シユジュ【種々】」の語表現が見えている。
 そうしたなか、⑶二字熟語「種因」といった複合語として用いていることを茲で明らかにしておく。
  ⑴数詞①「一種」一例。②「一千余種」二例。③「五種」三例。

     ④「三種」三例。⑤「六種」一例。⑥「十九種」一例。

     ⑦「十万種」一例。⑧「十六種」二例。⑨「八十種好」一例。
    [計一五例]
    ⑵畳字「種々」一七例。
  畳字「種々」は、『日国』第二版が示すように、【一】〔名〕(形動)(1)(2)と」【二】〔副〕との二種になり、このうち「種々」が最も多く一四例、「種々」一例、「種々なり」一例、「種々」一例となっている。
    ⑶二字熟語①「種因」一例。
    ○大福分の種因(しゆいん)も彼栴檀(せんたん)の舛(ます)乃因縁(いんゑん)なり。

 〔第六冊・通番一七九七〕
 この最後の⑶「しゆいん【種因】」の語は、『日国』第二版の見出し語としては未載録の語となっている。

《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
しゅ‐じゅ【種種】(古く「しゅしゅ」とも)【一】〔名〕(形動)(1)種類の多いこと。また、そのさま。さまざま。いろいろ。*万葉集〔八C後〕八・一五九四・左注「終日供養大唐高麗等種々音楽爾乃唱此歌詞」*保元物語〔一二二〇(承久二)頃か〕上・法皇熊野御参詣「権現すでにおりさせ給けるにや、種々の神変を現じて後」*名語記〔一二七五(建治元)〕五「種々を、くさぐさといへり」*滑稽本・風来六部集〔一七八〇(安永九)〕放屁論「種々(シュジュ)に案じさまざまに撒わけ」*読本・椿説弓張月〔一八〇七(文化四)~一一〕続・四〇回「二頭(にひき)の木獅子(つくりしし)を狂して、種々(シュジュ)の曲をなす事甚牘(きょう)あり」*小学読本〔一八七三(明治六)〕〈榊原芳野〉一「硯は墨を觧く器にして、形種々に作る。深き処を海といひ浅き処を岡といふ」*落語・王子の幇間〔一八八九(明治二二)〕〈三代目三遊亭円遊〉「此野郎、予(おれ)が家に居ないと思って種々(シュジュ)な言(こと)を云やアがったなア」(2)髪の短く衰えたさま。*寛斎先生遺稿〔一八二一(文政四)〕四・歳杪縦筆「振起頽風為、吾髪種々君莫笑」【二】〔副〕さまざまに。いろいろに。*玉塵抄〔一五六三(永禄六)〕一四「智恵を以ていつわり種々うかがい計略する者をも手のわに入たと云心か」*藤樹文集〔一六四八頃〕五・吾「世間種々顛倒迷乱、皆自此一誤発出」*珮川詩鈔〔一八五三(嘉永六)〕四・山路秋夕「秋山一路経過夕、種種花開種種鳴」【発音】〈標ア〉[シュ]〈京ア〉[シュ]【辞書】日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【種種】ヘボン・言海【種々】書言