武本比登志の端布画布(はぎれキャンヴァス)

ポルトガルに住んで感じた事などを文章にしています。

072. アカデミー賞映画作品 -Cinema-

2018-12-03 | 独言(ひとりごと)

 先日アカデミー賞が発表され、「スラムドッグ・ミリオネア」というインドを舞台にしたイギリス映画が獲った。
 タイトルのとおり、ムンバイのスラム街で育った若者がテレビのクイズ番組に挑戦。最後の一問を残しそれまでの全てを解答。スラムで育った無知な少年が何故解答を知りえたのか?と懸賞金を払いたくないスポンサー側は疑念を持ち上げる。なかなか面白そうで是非観てみたい。

 そう言えば僕たちのポルトガル語の先生、マリア・ルイスもポルトガルテレビのクイズ番組に出た。テレビの懸賞金の大きさには驚かされるがこの不況で少しは小さくなるのかも。

 また、外国語映画賞に日本の「おくりびと」。そして短編アニメ賞がやはり日本人の「つみきのいえ」。
 これもフランスの映画賞を獲ったときから是非観てみたいと思っていた作品だ。

 最近はコンピュータ・グラフィックスや特殊効果を駆使した映画が多い中で、今回の受賞作はどれも従来のアナログ的手法が目立つ。
 特に「つみきのいえ」などは作者の加藤久仁生さんがこつこつ1枚ずつ鉛筆で描きあげたものらしい。そんな温かみは映画本来、必要不可欠なもののように感じる。

 アカデミー賞といえば、一昨日の夜、ポルトガルの深夜テレビでジーン・ケリーの「パリのアメリカ人」を演った。
 これは映画史に残るハリウッド・ミュージカルの名画中の名画のひとつ。勿論、以前に複数回観ている映画だ。
 「雨に唄えば」などは複数回と言っても、それこそ場面場面全て覚えているくらい繰り返し演る映画だが、この「パリのアメリカ人」はそれ程でもないし、観るのも全く久しぶりだ。

 ポルトガルのテレビは吹き替えはしない。ポルトガル語の字幕スーパーがでる。ハリウッド映画ならもちろん英語のそのままだ。たまにスウェーデン映画なども映るが懐かしいスウェーデン語のまま。ポルトガル映画はもちろんポルトガル語のままだが字幕スーパーは出ない。日本映画も日本語のままで、ポルトガル語の字幕スーパーが付く。
 狎れとは恐ろしいもので、日本語が耳に届いている筈なのに、必死でポルトガル語の字幕スーパーを目で追っていたりする。

 さて先日観たジーン・ケリーの「パリのアメリカ人」。監督はライザ・ミネリの父、ビンセント・ミネリ。1951年の作品でアカデミー作品賞など7部門を獲得している。何といってもジーン・ケリーとレスリー・キャロンのダンスは見応えがある。

 パリに住むアメリカ人画家ジェリー(ジーン・ケリー)と香水店の店員リサ(レスリー・キャロン)の恋の物語。
 ジェリーが狭い安アパートを出て、町角の壁に張り付ける絵はユトリロのそのままだ。壁に掛けている絵を金持ちでアメリカ婦人のコレクターが見初め、付き合いが始まる。ジェリーはレストランで別の席で食事をしていた女性リサに一目ぼれ。職場の香水店にもジェリーは押しかけ、やがてリサも心動いてゆく。

 アメリカ婦人に誘われて訪れた仮装パーティー。会場はゴッホも描いたあのムーラン・ド・ラ・ギャレット。仮装パーティーには偶然、リサもボーイフレンドと来ていた。その最後のシーン。ベランダで二人で踊る場面。

 二人でと言っても、実はリサ(レスリー・キャロン)はボーイフレンドと先に帰ってしまう。
 クルマに乗り込んで帰ってしまうリサをジェリーはベランダから見送りながら、その場に落ちていた紙に鉛筆で落書きをする。
 その落書きがラウル・デュフィの「チュイルリー公園の門」の絵なのだ。
 その絵がカラーになり、舞台装置になり、二人のダンスが始まる。勿論、ジェリー(ジーン・ケリー)が夢想しているのだ。ジョージ・ガーシュインの名曲にのせて、まさにハリウッド・ミュージカル黄金時代のダンスだ。
 やがてデュフィの絵からアンリ・ルソーの「アンデパンダン展に画家たちを導く自由の女神」の絵に代る。
 そしてトゥールーズ・ロートレックの「ムーラン・ルージュ」。舞台装置が替わりながら見応えのあるダンスが続くこの映画のハイライト。

 ジーン・ケリーもさることながらレスリー・キャロンが最も輝いた場面だ。
 最後に破り裂いた自分の落書き(デュフィのスケッチ)に戻って夢想から醒める。醒めたところにリサが戻って来てハッピー・エンド。

 このダンスシーンの舞台装置。以前にはそんな絵が使われていたとは僕は気が付いていなかった。
 何の気なしに観ている映画も再度観ると新たな発見がある。映画とはホント面白いものである。

 レスリー・キャロンは実はフランス人でパリでバレーをしている姿を見たジーン・ケリーにスカウトされ、アメリカに移り住んだ女優だ。そしてこの「パリのアメリカ人」がデビュー作。
 その後、やはりビンセント・ミネリ監督の「リリー」でアカデミー主演女優賞にノミネートされている。
 一方、ビンセント・ミネリ監督は1958年、レスリー・キャロン主演の「恋の手ほどき」でアカデミー作品賞と監督賞を獲得している。

 夜のテレビ「パリのアメリカ人」はなんとか眠らないで最後まで楽しむことができたが、その後深夜、続けて「風と共に去りぬ」が始まった。
 僕は絶対無理だと思ったので寝てしまったが、「パリのアメリカ人」の時はすっかり眠っていたMUZがむっくと目を覚まし、なんと「風と共に去りぬ」を最後まで観たらしい。終わったのは朝方の4時半。いやはやお疲れ様でした。

 ちなみにこの「風と共に去りぬ」は1939年アカデミー作品賞他、監督賞(ヴィクター・フレミング)、主演女優賞(ヴィヴィアン・リー)など9部門に輝いている。
VIT

 さて、この3月14日から日本に一時帰国します。ポルトガルに戻ってくるのは6月中旬になりますので、このコーナーはしばらくお休みです。次回はたぶん7月1日になります。
 個展のための帰国です。お近くにお起しの際は是非お立ち寄り下さい。
 また、横浜、岡山、大阪高島屋以外では個展はありませんが宮崎にも滞在しますし、どこか旅行にも出かけるかも知れません。町角を歩いているのを、或いは走っているのを、又或いは自転車を漕いでいる姿を見かけたら、お声をかけてください。VITこと武本比登志

(この文は2009年3月号『ポルトガルの画帖』の中の『端布れキャンバスVITの独り言』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルの画帖』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

 

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