『世の権威に恐れず、富貴におぼれず、天下の正道を踏み、弱者をいつくしみ
強気にへつらわず。これを天下の勇者という。』
教職に有るものを聖職者とするなら 先ず国家の経綸あたるもの
すべからく 教職者に対して格段の敬意を払うべきは当然也。
然るに 当今 教職者を侮り 己に従うもののみに 聖職者の称号で
遇するは 誠に世も末の有様にて 大いに恥ずべきことなり。
『世の権威に恐れず、富貴におぼれず、天下の正道を踏み、弱者をいつくしみ
強気にへつらわず。これを天下の勇者という。』
教職に有るものを聖職者とするなら 先ず国家の経綸あたるもの
すべからく 教職者に対して格段の敬意を払うべきは当然也。
然るに 当今 教職者を侮り 己に従うもののみに 聖職者の称号で
遇するは 誠に世も末の有様にて 大いに恥ずべきことなり。
『世の権威に恐れず、富貴におぼれず、天下の正道を踏み、弱者をいつくしみ
強気にへつらわず。これを天下の勇者という。』
教職に有るものを聖職者とするなら 先ず国家の経綸あたるもの
すべからく 教職者に対して格段の敬意を世もよ払うべし。
然るに 当今 教職者を侮り 己に従うもののみに 聖職者の称号で
遇するは 誠に世も末の有様にて 大いに恥ずべきことなり。
新聞見てたら 「鯖」の出荷が少なくなって、価格が上がるらしい。
通常は不魚が理由だったり 輸入品の高騰とか の原因だったのが
青魚ブームに乗ってのことだというのだから 驚いた。とにかく
青魚食べていると健康に大変いいらしい。
でも、そういえば私たちの小学校のころは 朝浜にバケツをもって出かけるんだ。
沖がら いわし輪山積みした ダンベー舟がれっをツクって大魚旗たててやってくる。
浜辺にたちまちのうちに いわしの山がいくつも出来上がる。
手際よくはらわたを抉り取って籠に投げ込む。
1時間位すると 鐘がなって終了だ。持ってきたバケツを係りのおじさんの前に持っていくと
バケツ一杯言わし話入れてくれる。
家では直径50センチくらいの鉄なべに入れ塩味で茹で上げる。
ほかほかのサツマイモに、これも取れた手のいわし腹いっぱい食べて学校に行く。
シカシこんなに青魚食べたはずだのにさっぱり栄養にはなっていないらしい。
平和ボケの一つかも知れないが 大の男が『ちゃん』呼ばわりしているの話利いていると
なんだか 薄気味悪くなるぜ。特に国会議員のおっちゃんたちが
何かに付けて「ちゃん」呼ばわりしているのだから もうなんと言いましょうか。
橋元佐内は23才で安静の大獄に散った維新のししであったが
13才の時の「言志碌』の仲で「稚心を去れ。」と自分に警告している。
明治維新の明方までは 幾多の同朋の血が流れた。
規制になることを 厭わなかった。
一つには永田町から稚心が去らないのは 二世出身やテレビタレント出身者が
多い所為もあるのだろう。
三代目で きれた 親戚 縁者
久しぶりに 姉に電話してみた。12人いた兄弟姉妹も いまや
わずかに4人となった。諸行無常の世間とはいえ あまりにも
無常ではないか。親父の墓などどうなってるの。だーれも
見はせんは。昔の家はどうなってんの。
だーれもおらんけんど 勝手に入るわけにはいかんしな。
後を告いだ次男が満州から家族五人引き上げてきた。
おまけに 兄の戸もたぢち一家もいっしょに家に連れ込んだから
さあ大変。足の踏み場もない上食糧難と着ている。
母親が家にいた兄弟姉妹に因果をこめて方々に預けて回った。
おかげで満州引き上げ組みは大手を婦って投手気取りで振舞うから
何時まで甘やかしているんだと苦情も出ようというもの。
妹たちは中学どまりで高校進学ができない。
それでも 兄がいたころは 兄にきびしい子といって火花が散ることも会った。
その兄がなくなると 私たちにとっては由緒ある家も誰もすむものもなく
哀れをとどめている。
私の気性を知っている母は私に「お前は生涯ふるさとに帰ろうと思うな。」
と言い残した。この話はほかの姉妹にも伝わり なぜ一人だけにあんなに言ったのだろうというが 血離れと共に里子に出された身であるからよく理解している。
将に諸行無常の鐘の音である。