「うちの会社に入りたい」なにを今更と思ったが中々おもしろい奴で、初っ端からえらいポンコツバイクに乗って来た!なんたって昼間来て、帰りに突然ライトがつかないってんだ。こりゃこのまま帰す訳にはいかんしこんな奴に台車も無いし有っても、勿体無い。 おいらとミゾ吉も職人だ。 どこでもいいから配線を取ってすぐに直して帰すはずが、本人は6Vのバイクなのにむりくり12V仕様にしたと言う、親切にメインスイッチまでミゾ吉はばらしてしまい、意地で2時間もかけてなおしてしまった。お店に国産を置いた時に限って国産の修理が入る、社員もみんなハーレーに乗れ!
うちの宣伝広告担当のエリックは今年も草加駅前のライブハウスにてクリアランスの宣伝を積極的に行ってくれるそうですが、越谷レイクタウンの中でライブを行うステーキ屋さんに行ったが、なかなかウェスタン調のGoodな雰囲気のなか、バンドのメンバーの写真が飾ってあり年に何回かころを見計らい来場促進に繋げてる感をみた。 エリックも将来はDonなおみがステーキを焼きいおいらがフロアーボーイになりオーナーEricがほんのたまに演奏をする!そんなお店を持ちたいのか?
日光、久能山以外にある群馬県の世良田の東照宮にお参りに行った。日光までは遠いし大きさもチョイ寂しい。パチもんではないが何故ここ世良田に有るのか調べた。「清康はその事項から自身を源氏の名門に繋げるために、三河松平郷で没した政親(政義の子、親季の弟)の存在に着目したという[要出典]。さらに政親の祖先である世良田頼氏は三河守であり、三河の支配者の先祖として、着眼した清康は自身の安祥松平家の世襲の通称「次郎三郎」を用い、「世良田次郎三郎清康」と称したという。清康の孫の松平家康は初め藤原氏の子孫と称していたが、三河国統一を完成させると再び祖父の世良田氏=新田源氏末裔の主張を行うようになった。」ようするに家康公のじいちゃんが世話になった人が世良田という名前だったことがわかった。