三島由紀夫の思想2 『反革命宣言』
三島氏の反革命宣言の中で、
我々は、護るべき日本の文化・歴史・伝統の最後の保持者で有り、最終の代表者で有り、且つその精華である事を以って自らを任ずる。
『よりよき未来社会』を暗示するあらゆる思想よ我々は尖鋭に対決する。
何故なら未来の為の行動は、文化の成熟を否定し、伝統の高貴を否定し、かけがえの無い現在をして、すべて革命への過程に化しめるからである。
自分自らを歴史の化身とし、歴史の精華をここに具現し、伝統の美的形式を体現し、自らを最後の者とした行動原理こそ、神風特攻隊の行動原理で有り、
特攻隊員は『あとにつづく者あるを信ず』と言う遺書を遺した。略
日本精神の清明、闊達、正直、道徳的な高さ我々のものである。
再び、有効性は問題ではない。
何故なら我々は、我々の存在並びに行動を、未来への過程とは考えない、
三島氏は『未来への行動』を拒否してしまう。
明日を待ち望むものではない、
自らをすでにして、この現在において現実に『歴史の化身』となる事を選び、
理念の現実化として燃え尽くす事を唱えている。
未来を否定し、行為のそのものの『有効性』も手放し、
現在こそが『歴史の精華』であると断言する。
明日など必要ない、
その政治行動は何らかの現実的目的を果たすのではなく、『歴史の化身』となる事なのだから、
その行動がどのような意味を持つか、結果とか、そのような些細な事には囚われる必要はない、明日への有効性を軽蔑する事により、純粋なるものになる。
それは正しく、
本文から
神風特攻隊は、敵艦に損害を与えるのが目的ではなく、皇国の危機において、それ歴史の精髄の何たるかを体現する為に、純粋極まる行為をなしたのだ、ということになる。
(略)
戦いはただ1回であるべきであり、生死を賭けた戦いでなくてはならなぬ。
戦いを賭けた戦いの後に、判断を下すものは歴史であり、精神の価値であり、道義性で有る
(略)
民衆の罵倒誹謗、嘲弄、挑発をものともせず、かれらの蝕まれた精神を覚醒させるべく、一死を以ってこれに当たらなければならなぬ。
三島氏の反革命宣言の中で、
我々は、護るべき日本の文化・歴史・伝統の最後の保持者で有り、最終の代表者で有り、且つその精華である事を以って自らを任ずる。
『よりよき未来社会』を暗示するあらゆる思想よ我々は尖鋭に対決する。
何故なら未来の為の行動は、文化の成熟を否定し、伝統の高貴を否定し、かけがえの無い現在をして、すべて革命への過程に化しめるからである。
自分自らを歴史の化身とし、歴史の精華をここに具現し、伝統の美的形式を体現し、自らを最後の者とした行動原理こそ、神風特攻隊の行動原理で有り、
特攻隊員は『あとにつづく者あるを信ず』と言う遺書を遺した。略
日本精神の清明、闊達、正直、道徳的な高さ我々のものである。
再び、有効性は問題ではない。
何故なら我々は、我々の存在並びに行動を、未来への過程とは考えない、
三島氏は『未来への行動』を拒否してしまう。
明日を待ち望むものではない、
自らをすでにして、この現在において現実に『歴史の化身』となる事を選び、
理念の現実化として燃え尽くす事を唱えている。
未来を否定し、行為のそのものの『有効性』も手放し、
現在こそが『歴史の精華』であると断言する。
明日など必要ない、
その政治行動は何らかの現実的目的を果たすのではなく、『歴史の化身』となる事なのだから、
その行動がどのような意味を持つか、結果とか、そのような些細な事には囚われる必要はない、明日への有効性を軽蔑する事により、純粋なるものになる。
それは正しく、
本文から
神風特攻隊は、敵艦に損害を与えるのが目的ではなく、皇国の危機において、それ歴史の精髄の何たるかを体現する為に、純粋極まる行為をなしたのだ、ということになる。
(略)
戦いはただ1回であるべきであり、生死を賭けた戦いでなくてはならなぬ。
戦いを賭けた戦いの後に、判断を下すものは歴史であり、精神の価値であり、道義性で有る
(略)
民衆の罵倒誹謗、嘲弄、挑発をものともせず、かれらの蝕まれた精神を覚醒させるべく、一死を以ってこれに当たらなければならなぬ。
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