続いて訪れたのが安曇野市ではありませんが隣接する松本市にあった「謎の石塔」の紹介です。
安曇野市とその周辺地域には、たくさんの道祖神や庚申塔、二十三夜塔などの石碑が見られます。
その多くは、人々の安全や農作物の豊饒を願い信仰として結束した『講』(目的を同じくする人々が集まって、神仏を祭ったり、金銭の積み立てをしたりするグループ )
が祀ったものです。
二十三夜塔は、二十二日の夜に人々が集まり、勤業や飲食を共にし月の出を待つ月待ちの行事を行った女人講中で、供養のために造立した塔です。
道祖神 補修されたのでしょうか?はたまたニコイチにしたのでしょうか?
石仏が彫られていました。馬頭観音?
こちらが謎の石塔です。(☞判明しました。追記項参照)
下部に何かが描かれた線刻が見られます。
大小二つの穴が開いています。かなり大きな盃状穴です。
背面より
(撮影日:2024-3)
☞関連記事:安曇野の巨石探訪
【4/16 追記】
松本市文化財課のT様よりご回答を頂きました。
まず、この石塔は「馬頭観音」なのだそうです。現在は消えて確認出来ませんが調査時には文政八年の銘が確認できたそうです。
(ただ、むしろ祖神と彫られた石碑の前の小さな石塔が馬頭観音の様にも見えるのですが…。)
現在消えかけている線刻もかつて馬頭観音が描かれていたのかも知れません。
掲載元:『四賀村の石造文化財』 (平成4年、四賀村石造文化財編集委員会)
石質が赤茶ぽいのは、この地域の石質からのようです。
この地域の北部フォッサマグナにみられる地層『小川層』の堆積岩の浸食部分を利用した石造物なのだそうです。
前回、岩井観音堂から四賀キャニオンへ訪れましたが、確かに石質が同じように見えます。
大きな二つの盃状穴に関しては、再生や不滅のシンボルとしての信仰から人為的に開けられたものと思われます。(盃状穴WIKI)
【マップ】
次回も楽しみにしてます。
盃状穴は、磐座や道祖神、墓石の土台などにも良く見られるのですが川底などで自然に出来る「ホールポッド」との区分けが付きませんでした。従来までは、全て川から移動されたもの思っていましたがどう考えても説明出来ないものも多く存在している事は確かで、なかなか興味深いです。