「来たけど・・・?」
亮と同じ物言いでの登場。しかし、言ってから小屋の様子を見て固まっていた。
「すげぇや!」
そこに沼里 悠希と一条 昌成がやって来た。悠希は周囲を見回し、大は感嘆の声を上げた。以前は、汚らしい物置小屋にしか過ぎなかったのが今は、掃除も行き届き、埃などで曇っていたガラスがちゃんと拭かれているので光が差し込んでいた。そして、季節感はないが星などの飾り付けがなされていたのだ。
「お!主役のご登場!じゃ、座って座って!汚い椅子だけどよ!」
元気はキャンプ用の椅子を持ってきたのでそこに示すと二人は座った。
「それでは、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の送別会を執り行ないます!拍手!!」
一道は瞬時に反応して拍手をした。それから釣られるようにして各々が拍手をしていく。
『体が覚えている・・・施設の誕生会もこんな感じだもんな』
施設では誕生日の月にみんなの都合がいい日にその月の誕生日会を開く。プレゼントもケーキも大したことはないのだが、皆盛り上げて楽しく過ごすという訳で拍手は非常に重要であり、何度も行う為。一道や慶などは拍手と言われれば自然と体が動いてしまう。
「それではこの送別会を取り仕切らせていただきます平 元気と申します!よろしくお願いします!なれてない事なのでつたない司会はご容赦下さいませ!それでは、早速、会の始まりと言う事で乾杯とさせていただきましょう!テーブルの上のグラスに飲み物を注いでもらって・・・」
元気の背後にはクーラーボックスがあり、ジュースが入ったペットボトルが並んでいる。コップはキャンプで使うようなプラスチック製の安い物である。それを開けて、各自好きなジュースを注いでいく。
「全員にジュースが行き届きましたね。それでは開会の挨拶を武田 一道君にお願・・・」
「そ!そんな事急に言われても聞い!」
「と、いう無茶振りをしてもいちどーは焦るだけなので俺がさせていただきましょう」
「ハハハハハッ」
真っ赤な顔をして焦る一道に剛や和子や大が笑う。亮や悠希は殆どノーリアクションであった。
「では、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の新しい旅立ちを祝して乾杯!」
「かんぱぁぁぁ~~い!!」
乾杯でコップを当てても、ガラスのように良い音はしないが皆、その雰囲気を味わっているようだ。昌成は喜んでいるようだが、ずっと悠希はきょとんとしていた。
「それでは、送別会は食べたり飲んだり喋ったりしながら自由に進行していきます!」
テーブルの前には皿に盛られたお菓子の山を各自、つまんでいく。
「さて、次に行うのは各自の出し物です!これはプレゼントでも一発芸でも何でもOK!気持ちさえこめられていればOKだ!それでは一番手は一体誰に!!」
一番手はやはり出にくいのかと思えば、まず、一番に手を挙げたのは港であった。
「あれ?誰も出ないんでしたらまず、俺から・・・飛び入りだったのでベタかもしれませんがこれを・・・」
「ありがとう」
大きめの包みがあった。港から受け取り、ボーッと眺めている。
「そのままじゃ分からないだろ?何なのか開けてみろよ」
「ええ~?大したもんじゃないですよ」
悠希が開くとそこには肩掛けバッグがあった。一道、剛以外の動きが止まった。
「これは!ララスンのバッグじゃねぇか!!しかもこれは今年の季節シリーズの春バージョン!」
『それって凄いのか?』
一道が元気の驚きぶりを見て率直にそういった。
ララスン。ブランド名である。カラフルなものやシックなものなどその種類は豊富であるがデザインは秀逸、曲線も美しい。そんな事で女性の注目の的である。財布一つ取っても数万する代物だ。バッグともなれば数万はするだろう。
「この成金野郎!いきなり何て物を出しやがる!そういうのは最後の目玉だろうが!」
「そ、そうでしたか?すいません。いや、皆さんがどんな物をプレゼントするか分からなかったんで・・・」
「くぅ!この庶民の生活なんか分からない発言しやがって腹立たしいぃ!!それを買えるだけ稼ぐのにどれだけ苦労するか分かっているのかよ!」
だが、もらった本人はとかく嬉しそうには見えなかった。
「良く知っていますね。そんな事を細かく・・・」
和子もあまり詳しくないようで元気を落ち着かせる為に言ってみた。
「当たり前だよ!光にプレゼントしようと思って調べているんだからよ!欲しくないとは言っていたけど、それは金欠の俺を気遣っての言葉。あの目は間違いなく欲しがっていた!ああ~全く健気な光ちゃんよ~。それを・・・それを・・・親の金で全く~。うらやましぃ!」
一道は彼らの様子を見ていた。元気は軽く、港を睨みつけていた。場の雰囲気がますます悪くなりそうなので和子は悠希に振ってみた。
「あれ?悠希さんどうしたんですか?嬉しくないんですか?」
「あ・・・ありがとう。ほ、本当に嬉しい」
あまり釈然としたリアクションではない。一道や剛と同じような感じにも見える。
「それでは二人目!張り切っていってみよう!次、誰が!」
「・・・」
さすがにあのような凄い物を出されては次が出しにくいというものだ。
「ホラ!お前が凄いもの出したから次が出しにくいじゃねぇか!!」
「すいませんでした・・・皆さんのプレゼントを見たほうが良かったですね」
「くぁ!また上から目線かよ!しょうがねぇ!俺がリセットしてやるか!これでどうだ!」
と、元気の懐から出されたのは何やら手書きの紙切れであった。
「肩叩き券?」
「そうだ!俺の神のフィンガーテクでアッと言う間に肩こりを退散させてやるぜ!引越しの準備で相当疲れているだろうからな・・・」
ニヤリと笑いながら両手の指を動かすのだがその手つきがとても卑猥であった。それを見てみんなリアクションしなかった。
「っておい!これは冗談だよ。本気にするんじゃねぇ!笑えよ!でないと、俺がただの変態じゃねぇか!ったく・・・俺のプレゼントは港より大した事はないがコレだ」
大き目の箱であった。港と同じく包まれているので開いてみると・・・
「ピカリフレッシュ?マッシロン?」
それは、台所用洗剤や洗濯洗剤などの洗剤の詰め合わせだった。
「お歳暮やお中元みたいですね」
「フン!無くならないような物ってのは重いんだよ。相手に申し訳なく思わせたり、お返しが負担に思えたりな。だから、食べ物とかすぐなくなるものが良いんだよ。だからと言って、食べ物となると、ここにケーキがあるからかぶってしまうからな。洗剤などの生活必需品の方が嬉しいと思ったんだよ」
「なるほど・・・」
「と、なかなか良いプレゼントのチョイスかと思ってみればどこかの誰かがブランド物なんか出すから微妙な空気になっちまったよ!!」
一道は、元気の考えに頷いていた。だが、それが別れのプレゼントに適しているかと言えばそれは怪しい。悠希は受け取って、相変わらず大したリアクションをしなかった。元気は元気で港をまた睨んでいた。港は引きつった笑いを浮かべていた。
「ようし!お次は誰だ!早めにやっておいた方がいいぞ!剛、お前はどうだ?」
「え?僕は全然駄目ですよ」
「だったら、なおさら今やっておいた方がいいぞ。後になればなるほど出しにくくなる。俺がリセットしたんだ。サクッと出しておいたほうがいいぞ」
「そうですか?じゃぁ・・・これを・・・」
ラクダのラクーというネーミングがそのままの可愛いぬいぐるみであった。最近、流行している人形で優しい目をしており、それに癒されるという声がある。このラクーの一番の特徴はなんと言っても背中のコブが独特の感触で、そのなんとも言えない感触にはまる人が多い。大きいものだとラクー枕なんてものが発売されており、一番大きいタイプだとラクーソファと言う感触そのままのソファも売り出されており、高額であるものの売れ行きはそれなりに良いらしい。ちなみに剛の物は小さい部屋に飾るタイプであるが、小さくてもコブはちゃんと独特の感触である。
「いいじゃないか?ラクー。俺はなかなか良いチョイスだと思うぞ!」
「そ、そうですか?」
「いいなぁ・・・」
和子が羨ましがった。どうやらラクーが好きなようだ。
「だったら、和子ちゃんも誕生日にもらったらどうだ?誰かくれると思うぞ」
元気が言う。一道の方を見ているわけではないので態とそのように言っているのかは定かではないが、一道としてはもう気にしてはいない。
「でも、私のかなり後だし・・・」
「ううぅぅ・・・」
「どうしたの?」
大が渋い顔をして黙っている。それをみた悠希が気になったようだ。
「ずるいや。悠希姉ちゃんばかり~!俺は何ももらえない~!」
確かに、皆、悠希にばかりプレゼントを持ってきていた。それで、即座に全員に目配せした。小刻みに首を振る事で、昌成にプレゼントを持って来てない事をアピールした。それによって・・・
『誰一人として昌成に何も持ってきてないのかよ』
という事が分かった。
「それじゃ!私が今から、正成君の似顔絵描いてあげる」
「お!出た!和子ちゃん!絵が得意だからきっと似ているぞ!」
元気が和子に軽く親指を立てる事で、対応の素早さに誉めた。
「嫌だ!そんなのいらない!すっごいプレゼントが欲しい!」
「・・・」
和子は自分の機転を慶んでくれると思ったのだが当てが外れてガッカリした。手作りは手作りである。お金がかかっていない。幼い子供では思いの貴重さなど明確に認識できないのかもしれない。
「昌成!そんな事言っちゃ駄目でしょ!このお姉ちゃんはね。この世界に二つとない大の絵を描いてくれるって言っているのよ。このバッグやおもちゃもお店に行ってお金を払えば同じものを買えるわ。だからその絵は大事なの!分かる?」
「う・・・う~ん・・・」
釈然としない様子であったが悠希が強く言うので頷く事しか出来なかった。
「それじゃ、気持ちが変わらなかった昌成君の絵を頼むぜ!」
「は・・・はい」
そんなのいらないとまで言われた和子としてはやる気は失せていたがこう言ってしまった手前、やるしかない。気持ちを奮い立たせてスケッチブックを開いた。そのスケッチブックは言うまでもないが、ポチッ鉄が意思伝達用に使っていたものと同じものである。拍子を見てポチッ鉄の事を思い出しながら全員黙っていた。
「では和子ちゃんが絵を描いている間に次の人行きますかぁ?」
「では、俺が・・・プレゼントではありませんが、一つ芸を披露させていただきます」
「お!いちどー!一体何を見せてくれるんだ!」
竹刀を取り出した。
「ご覧ください。ここで何の変哲もないプチプチがあります」
ダンボール内の衝撃吸収剤として使われるエアーマット。通称プチプチと呼ばれる。一道は取り出した。
「それをどうするって言うんだ?」
「好きな場所を指定して下さい」
一道が大に示すと昌成は指差した。真ん中のちょい右って所である。膝程度の場所に高さの場所に置いた。
「では、この部分だけを潰して見せます」
そう言って、一道はマジックで印をつけた。
「マジで出来るのか?」
「はぁぁぁぁ~ふぅぅ~」
一道は大きく息を吸い呼吸を整え、精神集中する。そして・・・
「行きます」
暫しの沈黙・・・張り詰める空気、全員が注目する視線。それらを跳ね除けとても小さなぷちぷちを潰す事が出来るのだろうか?
「はぁぁぁ・・・」
大きく深く呼吸する。周囲の事は見ていない様子である。
ピッ!
音にすればそんな物である。大きく竹刀を振るえば他の穴さえも壊しかねない。先端だけでピンポイントでプチプチを突く必要がある。
「どうです?」
一道がプチプチを持ち上げると一道の言った通り、先ほどマジックで書いた部分だけのプチプチを潰していた。
「おお~」
歓声が上がるが少しだけであった。
「確かに、凄いけど・・・何か地味だな」
的確な元気のツッコミが刺さる。他のものも明確な反応は無いが、雰囲気からして元気の意見に同意なようだ。
「こういう盛り上がっている場なんだぜ。スイカをパカッと真っ二つにするとかあるだろ普通は?もっと派手な奴」
スイカは案外柔らかいもので、刃物で切らなければ上手く真っ二つにならないものだ。それを一道の竹刀の実力で上手く斬るという事なのだろう。
「使い込まれた竹刀で割ったスイカなんて割ったら食べたくないでしょう?」
「食い物じゃなくたっていいんだよ!もっと見た目が派手な事をすればよかったって言っているんだよ!」
そんな風に元気がブーイングを飛ばしている中、一人、心底感動している人がいた。港であった。
『地味なんてとんでもない。あれだけの事をするには相当な技術と修練が必要だ。あのプチプチを正確に1つ潰すんだ。指先どころではなく、竹刀の剣先にさえ神経を研ぎ澄ませる必要がある。しかもあのスピードで振り下ろされているんだ。竹刀はいくらか撓る(しなる)物だ。その撓り具合も体で完全に把握していなければ別のプチプチを叩いてしまう事になる。それら全部を分かった上で竹刀を振るわないとあの技は出来ない・・・俺にはとてもじゃないが出来ない。俺はあんな事が出来る人に勝負を挑んだのか・・・』
自分の浅はかさ、世間の狭さ、実力の低さ。それら全てを恥じていた。
「見た目が派手って言われましてもね・・・壊しても問題が無いような物はないですけど・・・」
「他に何か見せるようなものはないのかよ・・・」
「先輩、素振りしてみたらどうです?」
港の提案であった。しかし元気が反論する。
「だったら、打ち合いをお前とやったらどうだ?剣道部なんだろ?」
「いやいや・・・今、俺、竹刀もっていませんから駄目ですよ」
「そこら辺に落ちている木の棒でいいだろ?」
今の一道の動きを見た後で試合など出来るわけもない。港は力強く否定して素振りをする事になった。
「素振り?何でこんな所で・・・そんな物見せたって面白くもなんともないと思いますが・・・」
「しょうがないから、取り敢えずやってみろよ。経験者のものがどれだけ凄いか見てみたいからな。実際、お前の凄いところ俺見た事ないし、見てない人もいるはだろ?じゃ、まず、素人の俺がやってみる」
一道が竹刀を借りて竹刀を振るう元気。
ブン!ブン!ブン!
特に何の変哲もない素振りと言うところだ。
「これ、案外、キツイな・・・あまりやると筋肉痛になりそうだ」
たった3回であったが普段使わない筋肉を一瞬、激しく運動させるので、繰り返しやっていれば筋肉痛だろう。竹刀を一道に渡し、一道は頭をかく。
「こんな事の何が面白いのか・・・」
それから深呼吸をすると一道の雰囲気が変わった。それから、一道は竹刀を振るった。
ビンッ!ビンッ!ビンッ!
「お、お、お・・・」
元気の素振りとはまるで違った。速度が違うのは勿論、空気さえも切り裂いているのではないかと言うぐらい高く短い音。そんな凄いにも拘わらず動きは重くもなく、硬くもなく、しなやかなのだ。どうしてこうも違うのか慶と港以外の者達が目を丸くしていた。
「すごい・・・」
「始めからコレやっていればよかったんだよ」
「そ、そうですか?」
普段やり慣れている一道には良く分かってないようだ。しかも、一道自身、久しぶりに合格点を上げられるぐらいの素振りであった。
「さて、気を取り直してやってみるか?お前はあるのか?亮!」
一道の凄い素振りを見せられた次であるからやりにくくなるのだが、やめるわけにもいかないので、取り敢えず亮に振ってみた。
「僕はこれです」
亮は持ってきた大きな包みを開くとそこから花束が現れた。赤や紫やピンクや青など色とりどりの小さい花を花束として形作っている。
「これ、何て花だ?花屋では見た事があるが、何て花だったかなぁ・・・」
元気は光に花もプレゼントとしてあげているのだろう。見覚えはあったが分からないようだ。
「コレ、スイートピーですよね。花言葉は何って言ったかなぁ?」
和子が絵を描きながらチラッと花を見て、答えた。花を見ただけで名前が分かるというのはやはり女の子と言うところだろうか?
「スイートピー?何でそれにしたんだ?何か特別な理由でもあるのか?花言葉とか・・・」
「スイートピー。花言葉に門出、別離」
花を見つめる悠希が答えていた。それを聞いて皆、悠希の方に注目する。本人は気がついていないようだ。
「どうして?」
悠希がその場で呟いた。それは亮に向けてではなく、全員に言っているようだ。
「あ?何だって?」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ送別会だからプレゼントをしてやるのは当然の事だろ?そんな事を一々気にするなよ」
「そんな事じゃない!私が聞きたいのは、こんな事をしてもらうほどの事を私はしてないのにどうしてここまでやっているのかって!」
「だから送別会をするかって言っているだろ?それに俺達、同じ共通点を持つ人間だろ?・・・離れていても一緒に頑張ろうって訳じゃないか?ま、一人違うのが混じっているけどな」
港のほうに視線を送る。そんな事を言っていると悠希はしゃがみ込んでしまった。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「違う!」
「それとも感動して体に力が入らなくなったとか?」
「わ、悪かったね!」
図星だったわけだ。しかし、感動させたと言うのならばこの送別会を開いた甲斐があったというものである。
「悪くはねぇよ。だけど、お前も苦労してきたんだろうなって思ってな」
「・・・」
暫く悠希は沈黙してしまった。
「まだ、送別会は途中だぜ!続き続き!それじゃ次はオオトリの慶!」
「お、お、俺ですか?ようやくって感じですね。待ちきれなかったですよ」
一道は見ていた。慶がおかしな動きをしているのを・・・手を振るように動かしていたのだ。
「待ちきれなかっただぁ?そんなに凄いものを用意していたのか?」
元気が言った瞬間に異変はそこで突然、起こった。
「ぐっ!!うぅっ!」
慶が、その場でカッと大きく目を開いて転倒したのだ。
「おいおい。何か始まったのか?死んだ振りとか?そんなの芸か?おい寝ているんじゃねぇ。慶」
一道のように何か芸でもやるつもりなのかと、全員が思った。それにしては迫真の演技のように見えた。
「何をやるつもりなんでしょうか?」
「ぐぉ!な!何だ!?こ、これはぁ!?」
剛が疑問に思った直後、港がバランスを崩し、テーブルにもたれかかろうとしたが持ち運び可能なキャンプ用のテーブルである。軽いものであるから港を支える事が出来ずテーブルをひっくり返し、ケーキやジュースなどが宙に待った。
「あああああ!!」
床にケーキなど全てが床に落ちてぐしゃぐしゃになり、皆、声が出た。
「何だよ!お前も一緒に何かするつもりなのか!?劇か何かか?だからってこんな事するかよ!!」
常軌を逸している事態である事は誰でも分かったがそれをすぐに認められなかった。人間は、理解出来ないような事態に遭遇したとき、自分自身を落ち着かせようと都合のいいように物事を考えるものだ。だが、そのように考えたときは大抵が手遅れになっている・・・
「お前!一体をしたって言うんだ!」
「俺が知るかよ!」
亮が元気に詰め寄った。元気自身も訳が分からない様子であった。完全に、パニック状態のようだ。
「うっ・・・」
「お、帯野さん!」
和子が急にバランスを崩して膝を突いた。そこへ剛が駆け寄ろうとしていた。
「ヤバイ!何かがヤバイ!慶!大丈夫かぁ!?」
一道はいち早く危険さを察知し、倒れた慶を抱え起こそうとした時に、気がついた。
『魂が抜けている?これは!?』
剣できりつけた際に出る魂である。まるで血のように勢い良く吹き出ていた。
『斬られた?誰に?どうやって?』
だが、そんな事を考えている余裕は無かった。一道は叫んだ。
「ここは危険だ!みんな!外へ!!」
一道は、意識が無い慶をおんぶした所であった。そこへ、わき腹辺りに熱を感じた。
『俺は、もう助からないんだ・・・だったら何やったっていいじゃないか?』
全く知らない魂の声が一道に響く。思ったとおり、一道の右わき腹から魂が吹き出ていた。
亮と同じ物言いでの登場。しかし、言ってから小屋の様子を見て固まっていた。
「すげぇや!」
そこに沼里 悠希と一条 昌成がやって来た。悠希は周囲を見回し、大は感嘆の声を上げた。以前は、汚らしい物置小屋にしか過ぎなかったのが今は、掃除も行き届き、埃などで曇っていたガラスがちゃんと拭かれているので光が差し込んでいた。そして、季節感はないが星などの飾り付けがなされていたのだ。
「お!主役のご登場!じゃ、座って座って!汚い椅子だけどよ!」
元気はキャンプ用の椅子を持ってきたのでそこに示すと二人は座った。
「それでは、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の送別会を執り行ないます!拍手!!」
一道は瞬時に反応して拍手をした。それから釣られるようにして各々が拍手をしていく。
『体が覚えている・・・施設の誕生会もこんな感じだもんな』
施設では誕生日の月にみんなの都合がいい日にその月の誕生日会を開く。プレゼントもケーキも大したことはないのだが、皆盛り上げて楽しく過ごすという訳で拍手は非常に重要であり、何度も行う為。一道や慶などは拍手と言われれば自然と体が動いてしまう。
「それではこの送別会を取り仕切らせていただきます平 元気と申します!よろしくお願いします!なれてない事なのでつたない司会はご容赦下さいませ!それでは、早速、会の始まりと言う事で乾杯とさせていただきましょう!テーブルの上のグラスに飲み物を注いでもらって・・・」
元気の背後にはクーラーボックスがあり、ジュースが入ったペットボトルが並んでいる。コップはキャンプで使うようなプラスチック製の安い物である。それを開けて、各自好きなジュースを注いでいく。
「全員にジュースが行き届きましたね。それでは開会の挨拶を武田 一道君にお願・・・」
「そ!そんな事急に言われても聞い!」
「と、いう無茶振りをしてもいちどーは焦るだけなので俺がさせていただきましょう」
「ハハハハハッ」
真っ赤な顔をして焦る一道に剛や和子や大が笑う。亮や悠希は殆どノーリアクションであった。
「では、これから沼里 悠希さんと一条 正成君の新しい旅立ちを祝して乾杯!」
「かんぱぁぁぁ~~い!!」
乾杯でコップを当てても、ガラスのように良い音はしないが皆、その雰囲気を味わっているようだ。昌成は喜んでいるようだが、ずっと悠希はきょとんとしていた。
「それでは、送別会は食べたり飲んだり喋ったりしながら自由に進行していきます!」
テーブルの前には皿に盛られたお菓子の山を各自、つまんでいく。
「さて、次に行うのは各自の出し物です!これはプレゼントでも一発芸でも何でもOK!気持ちさえこめられていればOKだ!それでは一番手は一体誰に!!」
一番手はやはり出にくいのかと思えば、まず、一番に手を挙げたのは港であった。
「あれ?誰も出ないんでしたらまず、俺から・・・飛び入りだったのでベタかもしれませんがこれを・・・」
「ありがとう」
大きめの包みがあった。港から受け取り、ボーッと眺めている。
「そのままじゃ分からないだろ?何なのか開けてみろよ」
「ええ~?大したもんじゃないですよ」
悠希が開くとそこには肩掛けバッグがあった。一道、剛以外の動きが止まった。
「これは!ララスンのバッグじゃねぇか!!しかもこれは今年の季節シリーズの春バージョン!」
『それって凄いのか?』
一道が元気の驚きぶりを見て率直にそういった。
ララスン。ブランド名である。カラフルなものやシックなものなどその種類は豊富であるがデザインは秀逸、曲線も美しい。そんな事で女性の注目の的である。財布一つ取っても数万する代物だ。バッグともなれば数万はするだろう。
「この成金野郎!いきなり何て物を出しやがる!そういうのは最後の目玉だろうが!」
「そ、そうでしたか?すいません。いや、皆さんがどんな物をプレゼントするか分からなかったんで・・・」
「くぅ!この庶民の生活なんか分からない発言しやがって腹立たしいぃ!!それを買えるだけ稼ぐのにどれだけ苦労するか分かっているのかよ!」
だが、もらった本人はとかく嬉しそうには見えなかった。
「良く知っていますね。そんな事を細かく・・・」
和子もあまり詳しくないようで元気を落ち着かせる為に言ってみた。
「当たり前だよ!光にプレゼントしようと思って調べているんだからよ!欲しくないとは言っていたけど、それは金欠の俺を気遣っての言葉。あの目は間違いなく欲しがっていた!ああ~全く健気な光ちゃんよ~。それを・・・それを・・・親の金で全く~。うらやましぃ!」
一道は彼らの様子を見ていた。元気は軽く、港を睨みつけていた。場の雰囲気がますます悪くなりそうなので和子は悠希に振ってみた。
「あれ?悠希さんどうしたんですか?嬉しくないんですか?」
「あ・・・ありがとう。ほ、本当に嬉しい」
あまり釈然としたリアクションではない。一道や剛と同じような感じにも見える。
「それでは二人目!張り切っていってみよう!次、誰が!」
「・・・」
さすがにあのような凄い物を出されては次が出しにくいというものだ。
「ホラ!お前が凄いもの出したから次が出しにくいじゃねぇか!!」
「すいませんでした・・・皆さんのプレゼントを見たほうが良かったですね」
「くぁ!また上から目線かよ!しょうがねぇ!俺がリセットしてやるか!これでどうだ!」
と、元気の懐から出されたのは何やら手書きの紙切れであった。
「肩叩き券?」
「そうだ!俺の神のフィンガーテクでアッと言う間に肩こりを退散させてやるぜ!引越しの準備で相当疲れているだろうからな・・・」
ニヤリと笑いながら両手の指を動かすのだがその手つきがとても卑猥であった。それを見てみんなリアクションしなかった。
「っておい!これは冗談だよ。本気にするんじゃねぇ!笑えよ!でないと、俺がただの変態じゃねぇか!ったく・・・俺のプレゼントは港より大した事はないがコレだ」
大き目の箱であった。港と同じく包まれているので開いてみると・・・
「ピカリフレッシュ?マッシロン?」
それは、台所用洗剤や洗濯洗剤などの洗剤の詰め合わせだった。
「お歳暮やお中元みたいですね」
「フン!無くならないような物ってのは重いんだよ。相手に申し訳なく思わせたり、お返しが負担に思えたりな。だから、食べ物とかすぐなくなるものが良いんだよ。だからと言って、食べ物となると、ここにケーキがあるからかぶってしまうからな。洗剤などの生活必需品の方が嬉しいと思ったんだよ」
「なるほど・・・」
「と、なかなか良いプレゼントのチョイスかと思ってみればどこかの誰かがブランド物なんか出すから微妙な空気になっちまったよ!!」
一道は、元気の考えに頷いていた。だが、それが別れのプレゼントに適しているかと言えばそれは怪しい。悠希は受け取って、相変わらず大したリアクションをしなかった。元気は元気で港をまた睨んでいた。港は引きつった笑いを浮かべていた。
「ようし!お次は誰だ!早めにやっておいた方がいいぞ!剛、お前はどうだ?」
「え?僕は全然駄目ですよ」
「だったら、なおさら今やっておいた方がいいぞ。後になればなるほど出しにくくなる。俺がリセットしたんだ。サクッと出しておいたほうがいいぞ」
「そうですか?じゃぁ・・・これを・・・」
ラクダのラクーというネーミングがそのままの可愛いぬいぐるみであった。最近、流行している人形で優しい目をしており、それに癒されるという声がある。このラクーの一番の特徴はなんと言っても背中のコブが独特の感触で、そのなんとも言えない感触にはまる人が多い。大きいものだとラクー枕なんてものが発売されており、一番大きいタイプだとラクーソファと言う感触そのままのソファも売り出されており、高額であるものの売れ行きはそれなりに良いらしい。ちなみに剛の物は小さい部屋に飾るタイプであるが、小さくてもコブはちゃんと独特の感触である。
「いいじゃないか?ラクー。俺はなかなか良いチョイスだと思うぞ!」
「そ、そうですか?」
「いいなぁ・・・」
和子が羨ましがった。どうやらラクーが好きなようだ。
「だったら、和子ちゃんも誕生日にもらったらどうだ?誰かくれると思うぞ」
元気が言う。一道の方を見ているわけではないので態とそのように言っているのかは定かではないが、一道としてはもう気にしてはいない。
「でも、私のかなり後だし・・・」
「ううぅぅ・・・」
「どうしたの?」
大が渋い顔をして黙っている。それをみた悠希が気になったようだ。
「ずるいや。悠希姉ちゃんばかり~!俺は何ももらえない~!」
確かに、皆、悠希にばかりプレゼントを持ってきていた。それで、即座に全員に目配せした。小刻みに首を振る事で、昌成にプレゼントを持って来てない事をアピールした。それによって・・・
『誰一人として昌成に何も持ってきてないのかよ』
という事が分かった。
「それじゃ!私が今から、正成君の似顔絵描いてあげる」
「お!出た!和子ちゃん!絵が得意だからきっと似ているぞ!」
元気が和子に軽く親指を立てる事で、対応の素早さに誉めた。
「嫌だ!そんなのいらない!すっごいプレゼントが欲しい!」
「・・・」
和子は自分の機転を慶んでくれると思ったのだが当てが外れてガッカリした。手作りは手作りである。お金がかかっていない。幼い子供では思いの貴重さなど明確に認識できないのかもしれない。
「昌成!そんな事言っちゃ駄目でしょ!このお姉ちゃんはね。この世界に二つとない大の絵を描いてくれるって言っているのよ。このバッグやおもちゃもお店に行ってお金を払えば同じものを買えるわ。だからその絵は大事なの!分かる?」
「う・・・う~ん・・・」
釈然としない様子であったが悠希が強く言うので頷く事しか出来なかった。
「それじゃ、気持ちが変わらなかった昌成君の絵を頼むぜ!」
「は・・・はい」
そんなのいらないとまで言われた和子としてはやる気は失せていたがこう言ってしまった手前、やるしかない。気持ちを奮い立たせてスケッチブックを開いた。そのスケッチブックは言うまでもないが、ポチッ鉄が意思伝達用に使っていたものと同じものである。拍子を見てポチッ鉄の事を思い出しながら全員黙っていた。
「では和子ちゃんが絵を描いている間に次の人行きますかぁ?」
「では、俺が・・・プレゼントではありませんが、一つ芸を披露させていただきます」
「お!いちどー!一体何を見せてくれるんだ!」
竹刀を取り出した。
「ご覧ください。ここで何の変哲もないプチプチがあります」
ダンボール内の衝撃吸収剤として使われるエアーマット。通称プチプチと呼ばれる。一道は取り出した。
「それをどうするって言うんだ?」
「好きな場所を指定して下さい」
一道が大に示すと昌成は指差した。真ん中のちょい右って所である。膝程度の場所に高さの場所に置いた。
「では、この部分だけを潰して見せます」
そう言って、一道はマジックで印をつけた。
「マジで出来るのか?」
「はぁぁぁぁ~ふぅぅ~」
一道は大きく息を吸い呼吸を整え、精神集中する。そして・・・
「行きます」
暫しの沈黙・・・張り詰める空気、全員が注目する視線。それらを跳ね除けとても小さなぷちぷちを潰す事が出来るのだろうか?
「はぁぁぁ・・・」
大きく深く呼吸する。周囲の事は見ていない様子である。
ピッ!
音にすればそんな物である。大きく竹刀を振るえば他の穴さえも壊しかねない。先端だけでピンポイントでプチプチを突く必要がある。
「どうです?」
一道がプチプチを持ち上げると一道の言った通り、先ほどマジックで書いた部分だけのプチプチを潰していた。
「おお~」
歓声が上がるが少しだけであった。
「確かに、凄いけど・・・何か地味だな」
的確な元気のツッコミが刺さる。他のものも明確な反応は無いが、雰囲気からして元気の意見に同意なようだ。
「こういう盛り上がっている場なんだぜ。スイカをパカッと真っ二つにするとかあるだろ普通は?もっと派手な奴」
スイカは案外柔らかいもので、刃物で切らなければ上手く真っ二つにならないものだ。それを一道の竹刀の実力で上手く斬るという事なのだろう。
「使い込まれた竹刀で割ったスイカなんて割ったら食べたくないでしょう?」
「食い物じゃなくたっていいんだよ!もっと見た目が派手な事をすればよかったって言っているんだよ!」
そんな風に元気がブーイングを飛ばしている中、一人、心底感動している人がいた。港であった。
『地味なんてとんでもない。あれだけの事をするには相当な技術と修練が必要だ。あのプチプチを正確に1つ潰すんだ。指先どころではなく、竹刀の剣先にさえ神経を研ぎ澄ませる必要がある。しかもあのスピードで振り下ろされているんだ。竹刀はいくらか撓る(しなる)物だ。その撓り具合も体で完全に把握していなければ別のプチプチを叩いてしまう事になる。それら全部を分かった上で竹刀を振るわないとあの技は出来ない・・・俺にはとてもじゃないが出来ない。俺はあんな事が出来る人に勝負を挑んだのか・・・』
自分の浅はかさ、世間の狭さ、実力の低さ。それら全てを恥じていた。
「見た目が派手って言われましてもね・・・壊しても問題が無いような物はないですけど・・・」
「他に何か見せるようなものはないのかよ・・・」
「先輩、素振りしてみたらどうです?」
港の提案であった。しかし元気が反論する。
「だったら、打ち合いをお前とやったらどうだ?剣道部なんだろ?」
「いやいや・・・今、俺、竹刀もっていませんから駄目ですよ」
「そこら辺に落ちている木の棒でいいだろ?」
今の一道の動きを見た後で試合など出来るわけもない。港は力強く否定して素振りをする事になった。
「素振り?何でこんな所で・・・そんな物見せたって面白くもなんともないと思いますが・・・」
「しょうがないから、取り敢えずやってみろよ。経験者のものがどれだけ凄いか見てみたいからな。実際、お前の凄いところ俺見た事ないし、見てない人もいるはだろ?じゃ、まず、素人の俺がやってみる」
一道が竹刀を借りて竹刀を振るう元気。
ブン!ブン!ブン!
特に何の変哲もない素振りと言うところだ。
「これ、案外、キツイな・・・あまりやると筋肉痛になりそうだ」
たった3回であったが普段使わない筋肉を一瞬、激しく運動させるので、繰り返しやっていれば筋肉痛だろう。竹刀を一道に渡し、一道は頭をかく。
「こんな事の何が面白いのか・・・」
それから深呼吸をすると一道の雰囲気が変わった。それから、一道は竹刀を振るった。
ビンッ!ビンッ!ビンッ!
「お、お、お・・・」
元気の素振りとはまるで違った。速度が違うのは勿論、空気さえも切り裂いているのではないかと言うぐらい高く短い音。そんな凄いにも拘わらず動きは重くもなく、硬くもなく、しなやかなのだ。どうしてこうも違うのか慶と港以外の者達が目を丸くしていた。
「すごい・・・」
「始めからコレやっていればよかったんだよ」
「そ、そうですか?」
普段やり慣れている一道には良く分かってないようだ。しかも、一道自身、久しぶりに合格点を上げられるぐらいの素振りであった。
「さて、気を取り直してやってみるか?お前はあるのか?亮!」
一道の凄い素振りを見せられた次であるからやりにくくなるのだが、やめるわけにもいかないので、取り敢えず亮に振ってみた。
「僕はこれです」
亮は持ってきた大きな包みを開くとそこから花束が現れた。赤や紫やピンクや青など色とりどりの小さい花を花束として形作っている。
「これ、何て花だ?花屋では見た事があるが、何て花だったかなぁ・・・」
元気は光に花もプレゼントとしてあげているのだろう。見覚えはあったが分からないようだ。
「コレ、スイートピーですよね。花言葉は何って言ったかなぁ?」
和子が絵を描きながらチラッと花を見て、答えた。花を見ただけで名前が分かるというのはやはり女の子と言うところだろうか?
「スイートピー?何でそれにしたんだ?何か特別な理由でもあるのか?花言葉とか・・・」
「スイートピー。花言葉に門出、別離」
花を見つめる悠希が答えていた。それを聞いて皆、悠希の方に注目する。本人は気がついていないようだ。
「どうして?」
悠希がその場で呟いた。それは亮に向けてではなく、全員に言っているようだ。
「あ?何だって?」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ送別会だからプレゼントをしてやるのは当然の事だろ?そんな事を一々気にするなよ」
「そんな事じゃない!私が聞きたいのは、こんな事をしてもらうほどの事を私はしてないのにどうしてここまでやっているのかって!」
「だから送別会をするかって言っているだろ?それに俺達、同じ共通点を持つ人間だろ?・・・離れていても一緒に頑張ろうって訳じゃないか?ま、一人違うのが混じっているけどな」
港のほうに視線を送る。そんな事を言っていると悠希はしゃがみ込んでしまった。
「どうした?気分でも悪いのか?」
「違う!」
「それとも感動して体に力が入らなくなったとか?」
「わ、悪かったね!」
図星だったわけだ。しかし、感動させたと言うのならばこの送別会を開いた甲斐があったというものである。
「悪くはねぇよ。だけど、お前も苦労してきたんだろうなって思ってな」
「・・・」
暫く悠希は沈黙してしまった。
「まだ、送別会は途中だぜ!続き続き!それじゃ次はオオトリの慶!」
「お、お、俺ですか?ようやくって感じですね。待ちきれなかったですよ」
一道は見ていた。慶がおかしな動きをしているのを・・・手を振るように動かしていたのだ。
「待ちきれなかっただぁ?そんなに凄いものを用意していたのか?」
元気が言った瞬間に異変はそこで突然、起こった。
「ぐっ!!うぅっ!」
慶が、その場でカッと大きく目を開いて転倒したのだ。
「おいおい。何か始まったのか?死んだ振りとか?そんなの芸か?おい寝ているんじゃねぇ。慶」
一道のように何か芸でもやるつもりなのかと、全員が思った。それにしては迫真の演技のように見えた。
「何をやるつもりなんでしょうか?」
「ぐぉ!な!何だ!?こ、これはぁ!?」
剛が疑問に思った直後、港がバランスを崩し、テーブルにもたれかかろうとしたが持ち運び可能なキャンプ用のテーブルである。軽いものであるから港を支える事が出来ずテーブルをひっくり返し、ケーキやジュースなどが宙に待った。
「あああああ!!」
床にケーキなど全てが床に落ちてぐしゃぐしゃになり、皆、声が出た。
「何だよ!お前も一緒に何かするつもりなのか!?劇か何かか?だからってこんな事するかよ!!」
常軌を逸している事態である事は誰でも分かったがそれをすぐに認められなかった。人間は、理解出来ないような事態に遭遇したとき、自分自身を落ち着かせようと都合のいいように物事を考えるものだ。だが、そのように考えたときは大抵が手遅れになっている・・・
「お前!一体をしたって言うんだ!」
「俺が知るかよ!」
亮が元気に詰め寄った。元気自身も訳が分からない様子であった。完全に、パニック状態のようだ。
「うっ・・・」
「お、帯野さん!」
和子が急にバランスを崩して膝を突いた。そこへ剛が駆け寄ろうとしていた。
「ヤバイ!何かがヤバイ!慶!大丈夫かぁ!?」
一道はいち早く危険さを察知し、倒れた慶を抱え起こそうとした時に、気がついた。
『魂が抜けている?これは!?』
剣できりつけた際に出る魂である。まるで血のように勢い良く吹き出ていた。
『斬られた?誰に?どうやって?』
だが、そんな事を考えている余裕は無かった。一道は叫んだ。
「ここは危険だ!みんな!外へ!!」
一道は、意識が無い慶をおんぶした所であった。そこへ、わき腹辺りに熱を感じた。
『俺は、もう助からないんだ・・・だったら何やったっていいじゃないか?』
全く知らない魂の声が一道に響く。思ったとおり、一道の右わき腹から魂が吹き出ていた。
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