「く、くそぉ!何が・・・」
だが、傷はかなり深いが死ぬほどではなかった。何とか、慶を起こしておんぶした状態を保つ事が出来た。
「何かおかしい!昌成君!こっちに!」
「うわぁ!お姉ちゃん!」
悠希が昌成の手を取り、抱きかかえようとした時に、胸の辺りに激しい痛みが走った。思わず顔を歪める悠希。だが、そんな事よりも気になるのは自分のことよりも・・・
「お、お、お姉ちゃん・・・痛い・・・怖いよ・・・」
何と、昌成の体に穴が開いており、そこから大量の魂が抜けていた。大人からしてみればそれほど大きくないものであったが。子供の体の大きさからしては巨大である。それは・・・致命傷であった。
「あ・・・ああぁぁ・・・」
悠希は抱きかかえている昌成を見て頭が真っ白になっていた。
「くそ!お前達!一体何を仕組んだんだ!本当に何をしたんだ!そこの新入りの仕業か?」
亮は次に港を疑った。港も必死に弁解する。
「お、俺だって知りませんよ。何が起こっているのかさえ!」
肩を抑えながら立ち上がる港。今まで味わった事のない感覚に嫌悪感が尋常ではなかった。身を震わせていた。
「みんな分からないんだよ!何でもいいから外に出ろ!でなければみんな死ぬぞ!」
一道が言うと手早く、亮が外に出て、和子を背負う剛が出て、次にゆっくりと慶を背負った一道が、出た。港と悠希が残っており、それを見て元気が声をかけた。
「何、ボケッとしているんだ!港!悠希!早く出ないと死ぬぞ!」
「ウッ!?オ、オェェェェェ!!」
港は始めて体を襲う感覚に耐え切れず部屋の隅で嘔吐していた。一方の悠希は呆然としていた。
「あ・・・昌成君。ハハハ?昌成が・・・ハハハハ?」
口が半開きで頬が歪み、昌成を抱えながら、悠希が笑っていた。
「そいつはもう駄目だ!置いていけ!!」
「!!」
元気が昌成に手を出そうとすると、悠希の目が一気に憎しみの色に変わり、元気に剣を振るった。自分も負傷し、昌成を抱えている為、大きな動きは出来なかったが、悠希の剣は確かに、元気の胴体を掠めた。もし斬られていれば間違いなく死んでいたところだ。
「昌成君は全然、平気!ちょっと休めば元気になる!平気に決まっている!」
悠希は元気に向けて剣を向けてにらみつけていた。
「悠希・・・もっと状況を考えろよ!」
「昌成は助ける!見捨てるなんてあんた悪魔よ!うっぐ!」
その瞬間に、悠希もまた倒れた。彼女の魂もまたかなり傷つけられた。彼女は運悪く、テーブルの角を顎に当てて気を失ってしまった。倒れると同時に彼女の腕から昌成が離れ、地面に転がった。昌成にもはや意識はないようで体をピクピクと痙攣させているだけであって、手遅れである事は誰の目にも明らかであった。
「行くぞ」
元気は、気絶した悠希を背負った。
「まさ・・・なり・・・君は?」
恐る恐る港が聞いてみた。
「さっきも言っただろ?」
「置いていくんですか?」
「そうだよ!置いていくしかないんだよ!くそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
元気が叫び、その勢いのまま振り返る事なく、小屋から飛び出した。それによって何とか全員、外に出る事が出来た。だが、これからどうするべきなのだろうか?危険がどこから、どうやって来るのか分からなかった。
「お前達!何がやりたいんだ!みんなで心中したいのか?」
亮は全員に対して、疑念と怒りをむき出しにした。身動きが取れない以上、出来る事といえば叫ぶぐらいしか出来なかった。
「うるせぇ!ごちゃごちゃ言うな!逃げるんだよ!」
『どこへ?』全員が率直に思う事であった。何が起こっているのか分かっていない今の状態で、安全な場所など一体どこにあるのだろうか?言っている元気自身でさえ分からない事であった。
「てめぇ!適当な事ばかり言いやがってよ!お前が考えた事だろうが!お前がちゃんと指示をぉぉぉぉ!!」
何やら光が走ったのが見えた。かなりの高速であった。ちゃんと見て、対応できるようなスピードではない。その輝きは、元気の詰め寄ろうとする亮の胸を貫いていた。次の瞬間、長身の亮の体が崩れ落ちた。
「あ・・・あああ・・・亮さんまで・・・が・・・」
「ひ、ひでぇ・・・こりゃぁ、駄目だ・・・」
昌成と同様、勢い良く魂が吹き出していた。ポチッ鉄がやられる所をしっかり見ている者たちは全員、同じように思った。
「港、悠希を頼む」
元気が言って背中を港に向けた。全員が驚いた。
「でしたら、俺も・・・」
「俺も・・・」
歯を食いしばり明らかに辛そうな一道と肩を抑え口元が汚らしい港が名乗り出た。しかし、元気は首を振った。
「お前達は山を下りろ。今、まともに動けて戦えるのはどうやら俺だけのようだからな。それに何かあった時、お前らが弱ったメンバーを守るんだ。攻撃の方向は大体わかったからいけるはずだ」
確かに、右わき腹を負傷した一道、その一道に背負われ気絶している慶、軽傷でありながらも和子を背負っている剛、殆ど動けない為背負われている和子。顎を強打し気を失った悠希、先ほど魂の攻撃を受け気分が悪そうな港。ここで今、動けるのは元気しかおらず後は負傷者をその場に放置するしかない。敵がどんな事を狙っているのか分からない以上それは出来なかった。
「き、危険過ぎます。敵がどういう攻撃をして来るのかも、どれだけの敵がいるのか分からないんですよ」
「だからだよ。敵が分からないのに何人も突っ込んでいっていいことはない。俺が出る。最悪、お前達の囮ぐらいにはなるはずだ。だから今、お前達は逃げろ!早く!」
「分かりました。元気さん。俺達は逃げます。ですが・・・」
「何だ。いちどー」
「ヤバそうになったら遠慮せず逃げてください」
「は?俺が逃げたらお前達はどうなる?」
「こっちはこっちで上手くやりますから、あまり気負って深追いしすぎないで下さい」
「全く、信用されてねぇとは情けねぇ!俺はやると決めたらやる男だ!それじゃお互い上手くやってまた会おうぜ!」
と、元気は悠希を港に背負わせ魂が飛んできた方向に対して歩き出そうとした。が、その瞬間、元気は一瞬、視界から消えた。
「うおぅ!!」
無様に転倒する元気。何と、倒れている亮が元気の足を引っ張ったのだ。
「何しやがっ!!」
無様に転倒する元気。その瞬間に後頭部辺りに風を感じた。魂が通過したのだ。
「亮・・・お、俺を助けてくれたのか?」
亮は突っ伏しており、元気の危機に対しての行動だったのかは分からなかった。
「でも!石井さんはどうするんですか!昌成君と同じに」
港が叫んだが、元気は聞かずそのままダッと奥の茂みの方に走って入っていった。彼に勝算などあるのだろうか?ただ、命を捨て囮になろうとしているのか?それは分からなかった。
「お、お前ら、うぜぇんだよ。俺の事はほっとけ・・・」
全身を震わせながら亮が言った。既に視線を上げる余裕さえないようだ。
「そんな事したらあなた、死にますよ!」
「だから言ってんだろ?うぜッ・・・ゲホ!ゲホ!」
激しく咳をする亮。
「行くぞ!港!こんな所で時間を食っている暇はない!元気さんの厚意を無駄にするな!石井さんだって同じだ!」
一道が言う。その発言は許せるわけは無い。港と和子は反発した。
「あんたそれでも剣士か!?瀕死の仲間を助けてこそ武士道でしょうが!石井さんを見殺しにするんですか!俺には出来ない!ほら!俺が背負って・・・」
「そうよ!自分達だけ助かれば良いと思っているの?」
和子も背負われていながらそのように発言した。
バチッ!
「・・・」
何と、亮が港の手を弾いたのだ。そして、亮から向けられる横から見える亮の目は苦しそうでもあり諦めとも言えるような悲壮なものであった。もはや、喋る事もままならないようだ。
「亮さんはもう手遅れなんだ!分かるだろ!分かるだろ!くっそぉぉぉ!!」
一道は、歯を食いしばり、手を震わせ、悔しそうに腹の奥底から搾り出すように言った。そして、一道は歩き出した。
「く・・・くぅぅ・・・。俺達ではあなたを救えません。すみません」
ダンと小屋の壁を叩き、港は大を見つめたまま殆ど動こうとしない悠希の背中を支えるようにして押して歩いた。亮は、その場に取り残された。
『何でこうなっちまったんだ?大門さんの仇を取る為にあのバカ共を殺したからか?いや・・・もう良い・・・もう良いんだ。理由なんて・・・もう・・・出来る事はやった気がする・・・そうでしょ?ね?』
亮の意識はそのままどんどん遠ざかっていった。
「はぁはぁはぁ・・・」
一道は、自棄に自分の息が耳につく。そしてそれ以上に、背中の慶の息遣いが弱弱しく思えた。
「君達、どこへ行く?」
正面から声がした。そちらの方を見ると何人かの人間が彼らの行く手を遮っていた。そのメンバーは、以前出会ったリーダー馬場 龍之介と、ノリのいい性格のニッケルド・ベイス、亮に斬られた者の助かっていた大河原 勝良、そして一道や慶と同じ施設にいたというAV女優志ノ崎 香奈子の5人であった。
「こ、こんな所で・・・あなたがたが関与していたと言う事か・・・香奈子さんまで・・・」
「どうしてここまでする必要が・・・」
一道が呻き、和子が疑問に思った。しかし、全て彼らがこれを引き起こしたのだろうという事がわかった。
「大人しく降参して俺達に協力すると言うのならこのまま行かせてやってもいいぜ~ベイビ~」
「そんな体でこれ以上無駄な抵抗をした所で仕方が無いよ」
「ちょっとやりすぎじゃないの?私ここまでやるって聞いてないよ」
ニックがノリノリに言い、向島は冷静でこちらを見下したように、香奈子は一緒にいるものの他の3人とは違う様子であった。勝良は亮の傷が完全に癒えないのか黙っているだけであった。一道は激昂した。
「お前達!ここまでやっておいて何を言うのか!」
「こうしなければ君達は従う気がなかっただろう?だから俺達は終止符を打ちたいんだよ」
龍之介は余裕たっぷりで言う。そこへ、香奈子が龍之介に話しかけてきた。
「だから龍ちゃん。私はここまでやるって聞いてないよ。ただの脅しとしてやるって言うから私は参加するって」
「勝良があそこまでやられたんだぞ!アイツらにだってそれだけの攻撃を受けて当然だ!」
「でもさ。もっと話し合いで説得して」
「うるさい!嫌なら帰れ!」
龍之介はかなり興奮していた。香奈子は納得してないようで口をへの字にしていた。
2人のもめる様子を見る一行。皆、どこかしこか魂を傷つけられ、大きく息をしていた。明らかに不利であった。だが、戦わなければこの者達に捕まる事になるだろう。
「慶、すまんがここで休んでいてくれ」
一道は慶を下ろし、一道の両手から、剣が1本ずつ伸びた。戦意は十分すぎるほどである。
「馬鹿な事はやめて俺達に協力しろ!そんな体で何が出来るって言うんだよ!お兄ちゃ~ん」
ニックが前に出た。
「はぁ・・・出来るさ。戦えるんだからな。だから、大人しく退いて俺達を行かせてくれ。今の俺には手加減は出来ない。それに手元も覚束無い。殺してしまうかもしれない」
『何でこの人立っていられるんだろう』
剛の背にいる和子はそう思っていた。明らかに自分よりも傷は深いはずである。浅い自分でさえ、歩くのも辛いのに、一道は立って歩くどころか慶を背負う事までやっていた。その根性、意地、底力を疑問に思うほどであった。そしてこのような事も彼女の頭を過ぎった。
『何か引っかかる。前もこんな事があったようなそんな・・・』
一道の声が何か引っかかったが彼女の中で明確に思い出せなかった。
「手加減するだと?ちっとばかし剣道が上手いからってそんな状態で俺達に勝てるってのかい?お前、俺達を舐め過ぎなんじゃないのか!」
無理矢理、呼吸の乱れを隠そうとしている所は見え見えであり、顔面は真っ青で目つきも少々虚ろである。誰だってそんな奴に何が出来るのかと思えるのは決して不自然ではない。しかも手加減をしようという事も考えていたようだ。あまりにも馬鹿にされているようにも思えたのだろう。
「早く退いてくれ・・・頼む・・・」
「いい加減にしやがれ!この瀕死野郎がッ!ごちゃごちゃ言うならぶった斬ってやるぜ」
「そうだ!俺を斬ったてめぇらだけはなぁ!」
ニックが一道の前に出た。勝良もニックの後ろに着いた。二刀流で、相手が剣道経験者であろうと関係ない。ちょっと強がっているだけなのだ。でなければ、負傷し、不調という状態で何が出来るというのか?喧嘩は単純に腕力が強い方が勝つが、少し不良っぽく見せる為に、強がって見せる場合がある。ハッキリ言ってチキンであるがそういった者の喧嘩の仕方と言えばハッタリの張り合いでもある。デカイ事を言って、相手をビビらせた方が勝ちなのだ。たとえ5人で1人を取り囲んでいたとしても、その明らかに不利である1人の言葉に5人が怖気づかせれば戦わずして勝つなんて事も出来るのだ。だから、一道もそういうものだと思った。
が、ニックと勝良には2つ間違いを犯していた。1つは自分の経験不足。そして、一道の意地を過小評価していたことである。
「お前気にいらねぇんだよ!」
「ぶっ殺してやる!」
近付くニックの脇から勝良が飛び出した。二人のコンビネーションで一道に対して意表をついた攻撃のつもりだったのだろう。その瞬間に一道の右手が空を切ったように見えた。ニックの目には殆ど何も見えていなかった。
「え?」
「くっ・・・殺っちまったか・・・」
バタッ!!ズルズルズルル・・・
走って一道を斬り付けようとしたので、斬られた勝良が勢い余って転倒し、坂を転げ落ちて木の幹にぶつかって止まった。
「言っただろ。こっちも会話をしている余裕さえねぇんだ。行かせろ!俺達を」
一道は思わず噛み締めるように言った。始めに言ったとおり手加減は出来なかった。勝良という少年に致命傷を与えてしまった。それは始めての殺しと言えるものだった。以前、和子を襲おうとした西谷と言う少年を斬り殺したが、あの時は激昂し冷静な判断も出来ず勢いのまま斬っただけであった。だが今回は、倒すという意思を明確に持ったまま斬った。それは殺意と言えた。
「あの人・・・何でそこまで・・・」
一道の背を見る和子は戦慄を覚えた。それは、一道が自分を押し倒そうとしていた時以上に恐ろしく感じた。
「か、勝良・・・」
龍之介が、倒れている勝良を見て、呆然としていた。
「引け!今の俺でも、お前らを・・・全員を・・・殺せる!サッサと引くんだ!」
「な・・・何が起きたんだよ。何が・・・」
ニックは何が起こったのか未だに理解しておらず立ち尽くしていただけであった。
「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなよぉぉぉ!」
先ほどまで黙っていた向島 将平が突如、爆発したようで剣を振り上げて一道に向かって来た。一道は向かってくる将平に対して足場を確保しようと少し移動したのだが足元の木の根に躓いたのかバランスを崩した。
ビャゥゥゥゥ!!
一道は地面に手を突こうとした。その拍子に両手から出している剣が触れたと思いきや、まるで強力な電気が放電するかのように剣が弾けた。その瞬間、一道は膝を付いた。
「ぐ!ぐぅ!?・・・い、今、何が・・・」
「勝てる!!!」
そのような状態を見れば勝てると思うのは決して不自然ではないだろう。将平はそのまま一道に向かった。もう目もうつろでそのまま死ぬではないのかと思わせるほど一道は弱っているように見えた。
「みんなの仇だ!お前達は死ね!」
「ダメか!?」
一道は左手だけを地面に付いたままで、将平はそんな一道に切りかかった。一道は、剣を出そうとしたが腕が上がらず死を覚悟した。
「うがっ!!」
「俺を忘れんじゃねぇ・・・戦えるのは武田先輩だけじゃねぇんだ・・・」
細い木の枝を握った港であった。港が振り下ろし、将平の頭を打ったのだ。
「ショウ!!」
「ううぅぅ・・・お、お前ぇぇぇぇ」
将平は顔から血を流していた。太い枝ではなかったが細い枝を高速で振るった事によって枝がしなり鞭のようになったのだろう。将平は顔を切っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
一道は肩で息をしていて何もいえなかった。ただ馬場たちをにらみつけている事は変わらない。
「龍ちゃん。ここは一旦戻りましょ?このまま続けていたらみんな大変な事になる」
「何を言っているんだ!香奈子さん!勝良が今、ここで殺されたんだぞ!」
「だから、その為に、ここは引いた方がいいんじゃないの!でないとみんな死んじゃうよ」
「はぁはぁはぁ・・・」
港が枝を構え、一道は左手を地面についていたが再び立ち上がって剣を出した。顔は紫色に変色して、額からは脂汗が流れているようだが、それでも、彼の目はうつろではあったがまだ死んではいない。その形相はまさに決死と言えた。
「だったら、アイツの仲間を人質に取ればやれる!俺達をこんな風にした奴をこのまま見逃すわけにはいかない!」
向島が叫ぶが、それを香奈子が袖を取った。
「な!何をするんだ!」
「みんな死んじゃったらそれでおしまいでしょ!今は戻るの!いい?龍ちゃんはカッちゃんを連れて行って!ニックちゃん!しっかりして」
向島は香奈子に引っ張られ、的確に指示され、下がっていかざるを得なかった。馬場は倒れた勝良を背負い、去っていった。戦いは終わった。一道は戦いが終わったという事で膝を突いた。
「待たせたな・・・慶」
そこで寝かせていた慶を一道は再び背負った。
「だ、大丈夫ですか?武田先輩」
「当たり前だ」
「ですが・・・」
「慶は俺が守る!!今、お前が一番戦えるんだ!お前は全員の事を考えていればそれでいいんだ!」
一道は大声を上げて歩き出した。ふらつきながら立ち上がる姿は傍から見ているとどう見ても大丈夫そうには見えないが、一道は意地でも、慶は自分が背負うという気負いが見られたので、それ以上、言えなかった。港が先頭で歩いて山を下りていった。
彼らが逃げた先に何が待っているのだろうか・・・
だが、傷はかなり深いが死ぬほどではなかった。何とか、慶を起こしておんぶした状態を保つ事が出来た。
「何かおかしい!昌成君!こっちに!」
「うわぁ!お姉ちゃん!」
悠希が昌成の手を取り、抱きかかえようとした時に、胸の辺りに激しい痛みが走った。思わず顔を歪める悠希。だが、そんな事よりも気になるのは自分のことよりも・・・
「お、お、お姉ちゃん・・・痛い・・・怖いよ・・・」
何と、昌成の体に穴が開いており、そこから大量の魂が抜けていた。大人からしてみればそれほど大きくないものであったが。子供の体の大きさからしては巨大である。それは・・・致命傷であった。
「あ・・・ああぁぁ・・・」
悠希は抱きかかえている昌成を見て頭が真っ白になっていた。
「くそ!お前達!一体何を仕組んだんだ!本当に何をしたんだ!そこの新入りの仕業か?」
亮は次に港を疑った。港も必死に弁解する。
「お、俺だって知りませんよ。何が起こっているのかさえ!」
肩を抑えながら立ち上がる港。今まで味わった事のない感覚に嫌悪感が尋常ではなかった。身を震わせていた。
「みんな分からないんだよ!何でもいいから外に出ろ!でなければみんな死ぬぞ!」
一道が言うと手早く、亮が外に出て、和子を背負う剛が出て、次にゆっくりと慶を背負った一道が、出た。港と悠希が残っており、それを見て元気が声をかけた。
「何、ボケッとしているんだ!港!悠希!早く出ないと死ぬぞ!」
「ウッ!?オ、オェェェェェ!!」
港は始めて体を襲う感覚に耐え切れず部屋の隅で嘔吐していた。一方の悠希は呆然としていた。
「あ・・・昌成君。ハハハ?昌成が・・・ハハハハ?」
口が半開きで頬が歪み、昌成を抱えながら、悠希が笑っていた。
「そいつはもう駄目だ!置いていけ!!」
「!!」
元気が昌成に手を出そうとすると、悠希の目が一気に憎しみの色に変わり、元気に剣を振るった。自分も負傷し、昌成を抱えている為、大きな動きは出来なかったが、悠希の剣は確かに、元気の胴体を掠めた。もし斬られていれば間違いなく死んでいたところだ。
「昌成君は全然、平気!ちょっと休めば元気になる!平気に決まっている!」
悠希は元気に向けて剣を向けてにらみつけていた。
「悠希・・・もっと状況を考えろよ!」
「昌成は助ける!見捨てるなんてあんた悪魔よ!うっぐ!」
その瞬間に、悠希もまた倒れた。彼女の魂もまたかなり傷つけられた。彼女は運悪く、テーブルの角を顎に当てて気を失ってしまった。倒れると同時に彼女の腕から昌成が離れ、地面に転がった。昌成にもはや意識はないようで体をピクピクと痙攣させているだけであって、手遅れである事は誰の目にも明らかであった。
「行くぞ」
元気は、気絶した悠希を背負った。
「まさ・・・なり・・・君は?」
恐る恐る港が聞いてみた。
「さっきも言っただろ?」
「置いていくんですか?」
「そうだよ!置いていくしかないんだよ!くそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
元気が叫び、その勢いのまま振り返る事なく、小屋から飛び出した。それによって何とか全員、外に出る事が出来た。だが、これからどうするべきなのだろうか?危険がどこから、どうやって来るのか分からなかった。
「お前達!何がやりたいんだ!みんなで心中したいのか?」
亮は全員に対して、疑念と怒りをむき出しにした。身動きが取れない以上、出来る事といえば叫ぶぐらいしか出来なかった。
「うるせぇ!ごちゃごちゃ言うな!逃げるんだよ!」
『どこへ?』全員が率直に思う事であった。何が起こっているのか分かっていない今の状態で、安全な場所など一体どこにあるのだろうか?言っている元気自身でさえ分からない事であった。
「てめぇ!適当な事ばかり言いやがってよ!お前が考えた事だろうが!お前がちゃんと指示をぉぉぉぉ!!」
何やら光が走ったのが見えた。かなりの高速であった。ちゃんと見て、対応できるようなスピードではない。その輝きは、元気の詰め寄ろうとする亮の胸を貫いていた。次の瞬間、長身の亮の体が崩れ落ちた。
「あ・・・あああ・・・亮さんまで・・・が・・・」
「ひ、ひでぇ・・・こりゃぁ、駄目だ・・・」
昌成と同様、勢い良く魂が吹き出していた。ポチッ鉄がやられる所をしっかり見ている者たちは全員、同じように思った。
「港、悠希を頼む」
元気が言って背中を港に向けた。全員が驚いた。
「でしたら、俺も・・・」
「俺も・・・」
歯を食いしばり明らかに辛そうな一道と肩を抑え口元が汚らしい港が名乗り出た。しかし、元気は首を振った。
「お前達は山を下りろ。今、まともに動けて戦えるのはどうやら俺だけのようだからな。それに何かあった時、お前らが弱ったメンバーを守るんだ。攻撃の方向は大体わかったからいけるはずだ」
確かに、右わき腹を負傷した一道、その一道に背負われ気絶している慶、軽傷でありながらも和子を背負っている剛、殆ど動けない為背負われている和子。顎を強打し気を失った悠希、先ほど魂の攻撃を受け気分が悪そうな港。ここで今、動けるのは元気しかおらず後は負傷者をその場に放置するしかない。敵がどんな事を狙っているのか分からない以上それは出来なかった。
「き、危険過ぎます。敵がどういう攻撃をして来るのかも、どれだけの敵がいるのか分からないんですよ」
「だからだよ。敵が分からないのに何人も突っ込んでいっていいことはない。俺が出る。最悪、お前達の囮ぐらいにはなるはずだ。だから今、お前達は逃げろ!早く!」
「分かりました。元気さん。俺達は逃げます。ですが・・・」
「何だ。いちどー」
「ヤバそうになったら遠慮せず逃げてください」
「は?俺が逃げたらお前達はどうなる?」
「こっちはこっちで上手くやりますから、あまり気負って深追いしすぎないで下さい」
「全く、信用されてねぇとは情けねぇ!俺はやると決めたらやる男だ!それじゃお互い上手くやってまた会おうぜ!」
と、元気は悠希を港に背負わせ魂が飛んできた方向に対して歩き出そうとした。が、その瞬間、元気は一瞬、視界から消えた。
「うおぅ!!」
無様に転倒する元気。何と、倒れている亮が元気の足を引っ張ったのだ。
「何しやがっ!!」
無様に転倒する元気。その瞬間に後頭部辺りに風を感じた。魂が通過したのだ。
「亮・・・お、俺を助けてくれたのか?」
亮は突っ伏しており、元気の危機に対しての行動だったのかは分からなかった。
「でも!石井さんはどうするんですか!昌成君と同じに」
港が叫んだが、元気は聞かずそのままダッと奥の茂みの方に走って入っていった。彼に勝算などあるのだろうか?ただ、命を捨て囮になろうとしているのか?それは分からなかった。
「お、お前ら、うぜぇんだよ。俺の事はほっとけ・・・」
全身を震わせながら亮が言った。既に視線を上げる余裕さえないようだ。
「そんな事したらあなた、死にますよ!」
「だから言ってんだろ?うぜッ・・・ゲホ!ゲホ!」
激しく咳をする亮。
「行くぞ!港!こんな所で時間を食っている暇はない!元気さんの厚意を無駄にするな!石井さんだって同じだ!」
一道が言う。その発言は許せるわけは無い。港と和子は反発した。
「あんたそれでも剣士か!?瀕死の仲間を助けてこそ武士道でしょうが!石井さんを見殺しにするんですか!俺には出来ない!ほら!俺が背負って・・・」
「そうよ!自分達だけ助かれば良いと思っているの?」
和子も背負われていながらそのように発言した。
バチッ!
「・・・」
何と、亮が港の手を弾いたのだ。そして、亮から向けられる横から見える亮の目は苦しそうでもあり諦めとも言えるような悲壮なものであった。もはや、喋る事もままならないようだ。
「亮さんはもう手遅れなんだ!分かるだろ!分かるだろ!くっそぉぉぉ!!」
一道は、歯を食いしばり、手を震わせ、悔しそうに腹の奥底から搾り出すように言った。そして、一道は歩き出した。
「く・・・くぅぅ・・・。俺達ではあなたを救えません。すみません」
ダンと小屋の壁を叩き、港は大を見つめたまま殆ど動こうとしない悠希の背中を支えるようにして押して歩いた。亮は、その場に取り残された。
『何でこうなっちまったんだ?大門さんの仇を取る為にあのバカ共を殺したからか?いや・・・もう良い・・・もう良いんだ。理由なんて・・・もう・・・出来る事はやった気がする・・・そうでしょ?ね?』
亮の意識はそのままどんどん遠ざかっていった。
「はぁはぁはぁ・・・」
一道は、自棄に自分の息が耳につく。そしてそれ以上に、背中の慶の息遣いが弱弱しく思えた。
「君達、どこへ行く?」
正面から声がした。そちらの方を見ると何人かの人間が彼らの行く手を遮っていた。そのメンバーは、以前出会ったリーダー馬場 龍之介と、ノリのいい性格のニッケルド・ベイス、亮に斬られた者の助かっていた大河原 勝良、そして一道や慶と同じ施設にいたというAV女優志ノ崎 香奈子の5人であった。
「こ、こんな所で・・・あなたがたが関与していたと言う事か・・・香奈子さんまで・・・」
「どうしてここまでする必要が・・・」
一道が呻き、和子が疑問に思った。しかし、全て彼らがこれを引き起こしたのだろうという事がわかった。
「大人しく降参して俺達に協力すると言うのならこのまま行かせてやってもいいぜ~ベイビ~」
「そんな体でこれ以上無駄な抵抗をした所で仕方が無いよ」
「ちょっとやりすぎじゃないの?私ここまでやるって聞いてないよ」
ニックがノリノリに言い、向島は冷静でこちらを見下したように、香奈子は一緒にいるものの他の3人とは違う様子であった。勝良は亮の傷が完全に癒えないのか黙っているだけであった。一道は激昂した。
「お前達!ここまでやっておいて何を言うのか!」
「こうしなければ君達は従う気がなかっただろう?だから俺達は終止符を打ちたいんだよ」
龍之介は余裕たっぷりで言う。そこへ、香奈子が龍之介に話しかけてきた。
「だから龍ちゃん。私はここまでやるって聞いてないよ。ただの脅しとしてやるって言うから私は参加するって」
「勝良があそこまでやられたんだぞ!アイツらにだってそれだけの攻撃を受けて当然だ!」
「でもさ。もっと話し合いで説得して」
「うるさい!嫌なら帰れ!」
龍之介はかなり興奮していた。香奈子は納得してないようで口をへの字にしていた。
2人のもめる様子を見る一行。皆、どこかしこか魂を傷つけられ、大きく息をしていた。明らかに不利であった。だが、戦わなければこの者達に捕まる事になるだろう。
「慶、すまんがここで休んでいてくれ」
一道は慶を下ろし、一道の両手から、剣が1本ずつ伸びた。戦意は十分すぎるほどである。
「馬鹿な事はやめて俺達に協力しろ!そんな体で何が出来るって言うんだよ!お兄ちゃ~ん」
ニックが前に出た。
「はぁ・・・出来るさ。戦えるんだからな。だから、大人しく退いて俺達を行かせてくれ。今の俺には手加減は出来ない。それに手元も覚束無い。殺してしまうかもしれない」
『何でこの人立っていられるんだろう』
剛の背にいる和子はそう思っていた。明らかに自分よりも傷は深いはずである。浅い自分でさえ、歩くのも辛いのに、一道は立って歩くどころか慶を背負う事までやっていた。その根性、意地、底力を疑問に思うほどであった。そしてこのような事も彼女の頭を過ぎった。
『何か引っかかる。前もこんな事があったようなそんな・・・』
一道の声が何か引っかかったが彼女の中で明確に思い出せなかった。
「手加減するだと?ちっとばかし剣道が上手いからってそんな状態で俺達に勝てるってのかい?お前、俺達を舐め過ぎなんじゃないのか!」
無理矢理、呼吸の乱れを隠そうとしている所は見え見えであり、顔面は真っ青で目つきも少々虚ろである。誰だってそんな奴に何が出来るのかと思えるのは決して不自然ではない。しかも手加減をしようという事も考えていたようだ。あまりにも馬鹿にされているようにも思えたのだろう。
「早く退いてくれ・・・頼む・・・」
「いい加減にしやがれ!この瀕死野郎がッ!ごちゃごちゃ言うならぶった斬ってやるぜ」
「そうだ!俺を斬ったてめぇらだけはなぁ!」
ニックが一道の前に出た。勝良もニックの後ろに着いた。二刀流で、相手が剣道経験者であろうと関係ない。ちょっと強がっているだけなのだ。でなければ、負傷し、不調という状態で何が出来るというのか?喧嘩は単純に腕力が強い方が勝つが、少し不良っぽく見せる為に、強がって見せる場合がある。ハッキリ言ってチキンであるがそういった者の喧嘩の仕方と言えばハッタリの張り合いでもある。デカイ事を言って、相手をビビらせた方が勝ちなのだ。たとえ5人で1人を取り囲んでいたとしても、その明らかに不利である1人の言葉に5人が怖気づかせれば戦わずして勝つなんて事も出来るのだ。だから、一道もそういうものだと思った。
が、ニックと勝良には2つ間違いを犯していた。1つは自分の経験不足。そして、一道の意地を過小評価していたことである。
「お前気にいらねぇんだよ!」
「ぶっ殺してやる!」
近付くニックの脇から勝良が飛び出した。二人のコンビネーションで一道に対して意表をついた攻撃のつもりだったのだろう。その瞬間に一道の右手が空を切ったように見えた。ニックの目には殆ど何も見えていなかった。
「え?」
「くっ・・・殺っちまったか・・・」
バタッ!!ズルズルズルル・・・
走って一道を斬り付けようとしたので、斬られた勝良が勢い余って転倒し、坂を転げ落ちて木の幹にぶつかって止まった。
「言っただろ。こっちも会話をしている余裕さえねぇんだ。行かせろ!俺達を」
一道は思わず噛み締めるように言った。始めに言ったとおり手加減は出来なかった。勝良という少年に致命傷を与えてしまった。それは始めての殺しと言えるものだった。以前、和子を襲おうとした西谷と言う少年を斬り殺したが、あの時は激昂し冷静な判断も出来ず勢いのまま斬っただけであった。だが今回は、倒すという意思を明確に持ったまま斬った。それは殺意と言えた。
「あの人・・・何でそこまで・・・」
一道の背を見る和子は戦慄を覚えた。それは、一道が自分を押し倒そうとしていた時以上に恐ろしく感じた。
「か、勝良・・・」
龍之介が、倒れている勝良を見て、呆然としていた。
「引け!今の俺でも、お前らを・・・全員を・・・殺せる!サッサと引くんだ!」
「な・・・何が起きたんだよ。何が・・・」
ニックは何が起こったのか未だに理解しておらず立ち尽くしていただけであった。
「ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなよぉぉぉ!」
先ほどまで黙っていた向島 将平が突如、爆発したようで剣を振り上げて一道に向かって来た。一道は向かってくる将平に対して足場を確保しようと少し移動したのだが足元の木の根に躓いたのかバランスを崩した。
ビャゥゥゥゥ!!
一道は地面に手を突こうとした。その拍子に両手から出している剣が触れたと思いきや、まるで強力な電気が放電するかのように剣が弾けた。その瞬間、一道は膝を付いた。
「ぐ!ぐぅ!?・・・い、今、何が・・・」
「勝てる!!!」
そのような状態を見れば勝てると思うのは決して不自然ではないだろう。将平はそのまま一道に向かった。もう目もうつろでそのまま死ぬではないのかと思わせるほど一道は弱っているように見えた。
「みんなの仇だ!お前達は死ね!」
「ダメか!?」
一道は左手だけを地面に付いたままで、将平はそんな一道に切りかかった。一道は、剣を出そうとしたが腕が上がらず死を覚悟した。
「うがっ!!」
「俺を忘れんじゃねぇ・・・戦えるのは武田先輩だけじゃねぇんだ・・・」
細い木の枝を握った港であった。港が振り下ろし、将平の頭を打ったのだ。
「ショウ!!」
「ううぅぅ・・・お、お前ぇぇぇぇ」
将平は顔から血を流していた。太い枝ではなかったが細い枝を高速で振るった事によって枝がしなり鞭のようになったのだろう。将平は顔を切っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
一道は肩で息をしていて何もいえなかった。ただ馬場たちをにらみつけている事は変わらない。
「龍ちゃん。ここは一旦戻りましょ?このまま続けていたらみんな大変な事になる」
「何を言っているんだ!香奈子さん!勝良が今、ここで殺されたんだぞ!」
「だから、その為に、ここは引いた方がいいんじゃないの!でないとみんな死んじゃうよ」
「はぁはぁはぁ・・・」
港が枝を構え、一道は左手を地面についていたが再び立ち上がって剣を出した。顔は紫色に変色して、額からは脂汗が流れているようだが、それでも、彼の目はうつろではあったがまだ死んではいない。その形相はまさに決死と言えた。
「だったら、アイツの仲間を人質に取ればやれる!俺達をこんな風にした奴をこのまま見逃すわけにはいかない!」
向島が叫ぶが、それを香奈子が袖を取った。
「な!何をするんだ!」
「みんな死んじゃったらそれでおしまいでしょ!今は戻るの!いい?龍ちゃんはカッちゃんを連れて行って!ニックちゃん!しっかりして」
向島は香奈子に引っ張られ、的確に指示され、下がっていかざるを得なかった。馬場は倒れた勝良を背負い、去っていった。戦いは終わった。一道は戦いが終わったという事で膝を突いた。
「待たせたな・・・慶」
そこで寝かせていた慶を一道は再び背負った。
「だ、大丈夫ですか?武田先輩」
「当たり前だ」
「ですが・・・」
「慶は俺が守る!!今、お前が一番戦えるんだ!お前は全員の事を考えていればそれでいいんだ!」
一道は大声を上げて歩き出した。ふらつきながら立ち上がる姿は傍から見ているとどう見ても大丈夫そうには見えないが、一道は意地でも、慶は自分が背負うという気負いが見られたので、それ以上、言えなかった。港が先頭で歩いて山を下りていった。
彼らが逃げた先に何が待っているのだろうか・・・
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