ビタミンおっちゃんの歴史さくらブログ

STU48 音楽、歴史 などいろいろ

◎「あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか」

2015-10-25 08:36:17 | 発想
「あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか」

「あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか」(津田久資、ダイヤモンド社)を読んで、少し

●「学ぶ」ことは「公式に当てはめて答えを出すこと
 「考える」ことは「公式そのものを生み出すこと」

○公式に当てはめて答えを出すことは、「考える」とは言えない

 「公式に当てはめること」と「公式そのものを生み出すこと」はまったく違う
 「考える」とは自分でつくった公式から答えを出すことである

○「学ぶ」の素晴らしいところは、先人が命をかけて生み出した成果を一瞬で得られることであり、効率がいいことである

○しかし今は、情報の格差が少なくなり、「学ぶ」の価値が下がっている
 自分の頭で考えたアイデアがないと、競争に勝てなくなっている


○人は自分と同じレベルを持った人たちがいる戦場に集まる

「ボツアイデア」が多い人ほど、クリエイティブである

発想の幅が極端に広いために、アイデアの総量が異常に多くなる人のことを「天才」と呼ぶ


○国語辞典を引く習慣をつける
 日本語を当たり前のものとして受け入れない


考えるとは、「書き出すこと」である

○優れたチェックリストの条件
 1 項目、発想にもれがないこと
 2 具体的であること

○情報量(アイデアの素材、知識量)をどう増やすか
 総量よりも、多様性(幅)を広げる

○自分から取りにいくのではない、「無目的、受動的な情報が向こうから強制的に入ってくる環境」をつくる

○情報流入(受動的に情報が向こうから飛び込んでくる)のアイデアの例

・選り好みせずに本を読む
 まったく興味のない分野の本を読めば、新たな発見があるかも知れない

・テレビのチャンネルを変えずに同じ局をつけっぱなしにしておく



先入観、思い込みなしに考えるのは、とても難しい

1 「○○のように見えること」と「○○」は違う

 例えば、「迷路のように見える図」を見せられたら、ほとんどの人はそれを「迷路」だと思い込んでしまう
 それが「迷路」だと決めつけてしまい、そこから発想する

 本当はその図は「迷路」ではない別物かも知れない


2 「虹の色の数は?」

・日本人ならば、虹の色は「7色」だと答えるだろう

 辞書にも「…7色の帯」(「大辞林」)と説明している
 しかし、これは1つの見方であって、絶対に正しいとは言えない
 民族や国によっても異なるだろう

 色を表現する言葉が貧弱だから「7色」としか表現できないだけであって、「100色」とも「1000色」とも言えるだろう

 例えば、「橙(だいだい)」色について

日本の色名だけでも、たとえば「黄丹(おうに)」「洗朱(あらいしゅ)」「柿色」「赤橙」「丹色(にいろ)」「柑子色(こうじいろ)」「杏色(あんずいろ)」「橙色」「蜜柑色」「人参色」などがある(「色の手帖」小学館)

○実際は虹の色に境界線はないから、虹の色の数は無数である

◎マジすか学園5 第11話 次は最終話

2015-10-21 21:06:09 | AKB48グループ
マジすか学園5 第11話 次は最終話

マジすか学園5 第11話より

○大浜第一倉庫の懇親会場

上海マフィアのチートイツのボスは、通訳の女性レンだった
 今頃そんなこと言われても、どうなん?

・マジ女たちが、会場にのりこむ
・マジックがおたべをかばって、撃たれる
 銃撃戦が始まる

マジ女の藤原理事長は、生徒を守るどころか反対に、マジ女側に発泡した
 藤原理事長はカツゼツに倒されるが、カツゼツも倒れる

・明智総業の明智会長は、のんきに食べているが、防弾チョッキでも仕込んでいるのか?

○おたべは明智会長と対決するが、おたべは倒されるようである

さくらはレンと対決し、さくらが勝って生きて帰るだろう(最終話)

さくら以外のヤンキー連合軍は全滅したのだろうか

○センターと韮沢は最終話でどういう働きをするのだろうか?

さくらの「帰ろう マジ女へ」は、誰に向かって言っているのだろう(最終話)



★フィクションではあるが、不審な点は

射撃訓練をしていた形跡がないのに、ヤンキー連合軍が当たり前のように、銃を打ち、結構命中している
・作戦会議を開いた形跡がなく、計画性がない

・発砲する前に、間があって、敵が臨戦態勢に入るスキを与えてしまっている
 ごちゃごちゃ言わず、会場に入ったらすぐ攻撃すべきだった


●私的、襲撃案としては、あくまでもフィクションとしてですが

先を取る
最優先で敵の大将を倒す


・敵のほうが戦力が多い(2倍以上だろう)から、敵が臨戦態勢に入る前に、最初にできるだけ敵の戦力をうばわないと、まともに戦ったら、分が悪い
・アントニオではないけれど、爆弾を倉庫に前もってしかけておくか、ダイナマイトを会場に投げ込む
・ヤンキー連合軍が会場に入ったら、時間を置かず、すぐ、さくらが先制攻撃でロケット弾をブチ込む
・ザコはほっておいて、半数は大将格の3人(レン、リー、明智会長)に集中して襲いかかって倒す
 残りの半数は援護する


○もしくは、会場に入ったら「麻酔ガス」兵器を放り込んで、全員眠らせる
 誰も殺さずに、敵の大将を捕獲する

●ほんまは、これ以上誰も殺さない、殺させないというのがベストだろうけど、ドラマの流れからそういうわけにはいかへんのかな



○単なる銃撃戦のみでは、アクションとしては地味で物足りない印象がありました

 フィクションなんだから、もっととことん派手にやってほしいと
 相手が中国系なんだから、中国武術との攻防も見せてほしい

●予告にソルトが登場していたが、回想シーンなんだろうか?

 それとも、実際にソルトがあらわれる?


 さて、最終話はどんな結末になるのかしらん

◎マジすか学園5 第10話

2015-10-14 21:05:19 | AKB48グループ
マジすか学園5 第10話

マジすか学園5 第10話より

○マジックは、「堀未央奈」(乃木坂女子高等学校)の名をかたって「生徒手帳」に潜入する

 チャイニーズマフィアの情報を得ようとしたのだろう
 偽造がばれて、とらわれの身となる

○明智総業の明智会長は、日本のヤクザとチャイニーズマフィアとの「懇親会」を主催しようとして、招待状を送る
 日時は7月3日、午後7時、大浜第一倉庫にて

 マジ女の藤原源氏 理事長にも招待状が送られる

 おたべにも、招待状が送られてきた
 「書類」と引きかえに、マジックを返すからということで

●さくらは、30丁の銃を用意し、「やっちゃる」

 30丁の銃は、おそらく義宗のおたべへの贈り物だろう

○マジ女は9名
 そこに、激尾古 7名
 矢場久根 7名が合流し、それぞれ1丁の銃を手にする

○ヤンキー連合軍23名が横1列に並んで、「懇親会」の会場に向かうところで、第10話が終わる

 23名のセンターの位置にいるのは、「さくら」である

 さくらが総指揮官となるということであろう

 ここには、「センター」(じゅりな)はいない
 センターはあとで、合流して、マジ女の藤原理事長と対決するかも知れない(第11話~)


●ふつうに考えれば、ヤンキー連合軍の行動はあまりに無謀で自殺行為である
 フィクションではあるけれど

・おそらく、銃の扱いの訓練など受けていないだろう
 実弾が何発入っているか(入っていないかも知れない)知らないだろう
 射撃訓練もしていないのに、いきなり実弾を撃つのは危険である

・もちろん、戦闘訓練も積んでいないだろう
 それなのにいきなり、実戦に突入することになるなんて、なんちゅうことや

・ひとりひとりが、勝手にばらばらに行動したら、烏合の衆となる
・少なくとも、指揮系統を明確にし、予行演習というか戦闘行動をシミュレーションしておかなければいけない

○本来ならば、十分な作戦計画を立て、戦闘訓練を積んで準備したうえで、チャイニーズマフィアたちに立ち向かわなければいけない
 相手は戦闘のプロであるから

○複雑な戦闘行動は無理だから、シンプルな命令を与える
 たとえば、1人の敵に対して単独であたるのではなく、3人もしくは2人でチームを組んで1人の敵にあたる


●といっても、十分な訓練をしておく時間がない
 何の練習もせず、リハーサルもなく、ぶっつけ本番するようなものである

★ヤンキー連合軍があわれで愛おしい

・ヤンキー連合軍のうち、何人生き残れるのだろうか?
 生き残ったとしても、刑務所行きとなるだろう

 あまりにもあわれで、見てられない

 愛おしささえ感じると

◎4つのエネルギー管理術

2015-10-13 22:54:04 | ことば
4つのエネルギー管理術

★「4つのエネルギー管理術」(ジム・レーヤー/トニー・シュワルツ、CCCメディアハウス)より少し

●どんな逆境のなかでも100%の実力が発揮できるようにする

○4つのエネルギーとは
 1 肉体面のエネルギー
 2 情動面のエネルギー
 3 頭脳面のエネルギー
 4 精神面のエネルギー

○時間の管理より、エネルギーの管理が大切

○肉体面のエネルギー管理
 1 早寝早起き
 2 朝食は必ずとる
 3 毎日運動をする
 など

○肉体面のエネルギーを制御する最も重要な要素は、息をすること食べることである

エネルギーは使いすぎても、使わなくてもなくなってしまう


通常の限界を超えたエネルギーを消費し、そのあと回復することで、成長を遂げる

●エネルギーの貯蔵量を増やすには、自分の限界を超えて頑張ることを体験する必要がある
 ふだんの限界を超えてエネルギーを消費し、そのあとに回復をはかると、以前より増強し、次前よりも強い負荷に耐えられるようになる

●不快と感じるほどのストレスがかかるのは、そのあとに適切な回復をはかる限り、成長できるチャンスである
 人を殺さない程度の不幸が、人をより強くする

○活動と休息を交互に行えば最大の成果が得られる
 休憩こそ活力のもと

○活動の期間のあとには必ず体にエネルギーを補給してやらなくてはならない

○休みなしに長時間仕事をすることを賞賛する上司が多い会社ほど、時間の経過とともに仕事の効率は落ちていく

○「儀式」を活用することで、効率的に回復をはかる

○実力を最大限に発揮できるかどうかは、ときどきすべてを忘れてリフレッシュする、自分を解き放つ能力があるかどうかにかかっている

○効果がある休息は、午後にとる短時間の仮眠である

○ベッドで寝ている期間が長いことは、回復が遅れる傾向があり、特にメリットがない


ポジティブな情動(幸福、愛、希望、感謝、満足)が多くを占める文章を書いた人は、長寿で生産的な生活を送る傾向がある

○ネガティブな気持ちにどっぷりひたってしまわないように

○楽しんでできる活動、心からくつろぐことができる時間を何より大切にすること

○ぎゅうぎゅう詰めになっている「やるべきこと」の間にもう少しすきまを作り、心に栄養を与える特別の「休憩時間」を作り出してはどうか


●いい仕事ができる要因の1つは、職場によい友人が少なくとも1人いることである
 それは互いに与え合うことであり、語れば聞くということであり、相手を認めたら相手からも認められるということである

○ときにはさぼるのも、創造性を生み出すエネルギーになるかもしれない


自分の見方とはまったく別の観点から世界を見ることを学ぶ

○知的な活動をおこなっていると、脳の衰えをよせつけない

新しいことを学ぶたびに、脳細胞には新しい回路ができていく


●自分が大事だと思う価値基準にしたがって生きる勇気と覚悟をもつ

○ミスしても、ミスしたから世界の終わりというわけではない


○快適なレベルの生活に達したら、それ以上の金をもつことは逆に不幸のもとになる
 必要以上のものを持っても、幸福感はほとんど増すことはない

○危機から脱したとたんに痛みに気づいたということは、生命を救うためにその時まで痛みを無視することが必要だったということだ


○事実は目をつぶったからといってなくなるわけではない
 自分の非力や過ちを、ありのままに受け入れること

自分を愛することは、自分の劣っている部分や、恥ずべき部分や自分の影の部分も含めて、自分のすべてを愛することを意味する

自分の一番認めたくない真実と向き合うことはとても苦しいが、同時にそれは自分を解放する作業でもあり、自分の強みを享受することでもある

○隠しているものがなくなったら、露見するのをおそれる必要はなくなる


○「自分とはこういう人間だ」と、たった1つの「自分」を自分のすべてだと思い込んでしまうのは危険である

○「私は自分を、または他人を正しく見ることができていないかもしれない」と素直に思える謙虚さが必要である

「嫌だな」と思っている人の性格のなかで、一番許せない部分は、それはあなたのなかにあって、あなたが一番見たくない部分ではないだろうか


○「本当のように思えること」と「本当のこと」とは違う

○道を間違えたら、すなおに間違いを認め、そこからやり直せばいい

目標に向かってがんばって、達成できなかったときに自分を責める必要はない

◎イスラーム 24 アラビア科学 2

2015-10-12 22:20:07 | 宗教
イスラーム 24 アラビア科学 2

2 シリア・ヘレニズム(5世紀~7世紀)

○ビザンティン文明圏からシリア語訳されてシリア文明圏へ

○ビザンティン帝国のギリシア正教会を追われたネストリウス派のキリスト教徒の手によってギリシア科学書のシリア語訳がつくられた

 ネストリウス派は431年のエフェソス公会議で異端とされ(ネストリウスはイエスという1つの人格の中に、神性と人性という2つの本性が存在しているとした)、ビザンティン帝国を追われる

 ネストリウス派のキリスト教徒たちは、まずエジプトに逃れる

 次に、メソポタミア(西アジア)のエデッサという町に移る
 エデッサにキリスト教の学校が建てられていたが、ネストリウス派の拠点となった
 489年にビザンティン帝国の皇帝ゼノンが、エデッサの学校を閉鎖し、かれらは迫害を受けるようになった

 そこで、エデッサの学校の学頭バルサウマはネストリウス派のキリスト教徒をひきつれてササン朝ペルシアの領内に入った
 彼らは、ビザンティン帝国と争っていたペルシアの王ピールーズの信頼を得て、ペルシアに居住することを許された

・彼らは、ニシビスに学校を開き、ペルシアにおけるネストリウス派の活動の中心とした
 ネストリウス派の伝道者は中国にまで達した

・キリスト教神学を擁護するため、キリスト教神学の基礎としてギリシア哲学があった
 ネストリウス派はビザンティン帝国のギリシア正教会に迫害されていたから、その公用語であったギリシア語をすてて、自分たちの教会儀式も土着のシリア語で行い、シリア語に訳された聖書、神学書、哲学書を用いた
 その結果として、アリストテレスの哲学などがシリア語でローマ帝国外の西アジアの地に伝えられることになった
 同様にギリシア哲学と分離していなかったギリシア科学もシリア語訳されて入っていった
 医学、天文学、錬金術などの書物がシリア語訳された

ジュンディー・シャープール
・シリア化された科学は、ペルシアのスーサ近郊のジュンディー・シャープールに移っていく

 ギリシア文化の愛好者であったペルシアの君主ホスロー1世アヌーシーラワーンが531年に即位すると、アレクサンドリアのムーセイオンに模した研究所をつくった
 これに付属病院や天文台を設置して、医学、天文学、数学の研究を奨励した
 そこでの教育はギリシア語やペルシア語ではなく、シリア語で行われた
 アテナイを追われたギリシアの学者たちや、インドの学者も受け入れた

●ジュンディー・シャープールの学派がのちのアッバース朝の科学文化の1つの大きな支柱となった

●キリスト教の単性論者
・ギリシアの学問をアラビア文明圏に伝える媒介の役をはたしたもう1つは、キリスト教の単性論者である

 単性論者はキリストが神にして人であることに同意するが、キリストの中で人性は神性に吸収されており、キリストは基本的には1つの性格、すなわち神性しかないと主張する
 単性論者も、カルケドンの宗教会議(451年)において異端とされ、正教会から追放された
 彼らもシリア・メソポタミア地方に出ていった
 彼らは、学校を建てるのではなく、修道院においてギリシア哲学、ギリシア科学を研究し、ギリシアの学術文献のシリア語訳をつくった

●セヴェルス・セポフト
 単性論者の最高の学者は、ケンネシュレーの修道院からでた7世紀後半のセヴェルス・セポフトであるといわれる
 セヴェルス・セポフトはプトレマイオスの「アルマゲスト」のシリア語版の訳者である
 また、「月の相について」「星座について」などの著作やインド記数法についての言及などもある