死んだ草が風になるのを待っている道の秩序を
ソールで滅茶苦茶に荒らしながら歩いた
深い湿気のもやが身体中にまとわりつく
携帯プレイヤーのバッテリーは音を上げ
音楽は記憶の中だけでコードを探し続けていた
いつか夢の中で見た湖が思い出のように偽装されていて
脳髄の片隅でそれを探し続けているような日々
あてのない足音の残響はどこへ向かうのだろう
願わくばそれがわたしの生活の余白でないことを
綻びた爪を噛みちぎったら舌先から血が流れた
電気機器が立てるような小さなノイズは
きっとわたしの生命活動の音だろう
表示されないカウンターが心許ない明日を
なんとか確実なものにしようと汗をかいているのだ
廃棄されたスクーターのボディを包む結露のように静かに、懸命に
あなたは生きた子猫の舌を抜いた
わたしはそれをオリーブオイルで炒めた
許されざる調理器の上げる煙は
とてつもない粘度でわたしたちの息を塞ぐ
例えるなら愛とはそのような行為の繰り返しだ
いつかわたしは、テレビで見たパーキングをうろつく半透明の幽霊を
とてつもないくらいの親近感でもって眺め続けていた
コンテンツのタイトルは忘れてしまったけれど
幽霊の空虚はわたしを頷かせるのには充分過ぎるほどだった
わたしはいまでも時々目が覚めたらそこに居るのではないかと思いながら眠る
欠損部位のあるものたちだけで結成された歴史のあるサーカス団が
どこかからの圧力で解散させられたと聞いた
そのサーカスの空中ブランコ乗りはわたしの友達だった
「血の滲む思いで身に着けた技術を披露して金を貰うことのなにがいけないのか」
かれは電話でそんな風に憤っていた
あなたが暮らす家の庭の草花は生きていますか
花弁を広げたり種を落としたりしてあなたを笑わせますか
わたしは種も落ちていない庭に水を撒く
わたしたちがその場所に求めるものは
わたしたちがその場所で目にしたいと願っているものは
電話がコールされたけれど一度だけだった
わたしはかけ直したりはしなかった
ただ、もしかしたらもう一度かかってくるのではないかと
少しの間見つめていただけだった
コミュニケーションツールが幾つあっても線は断ち切られる
アスファルトは本当はみんなシャレコウベかもしれない
わたしたちの人生はすべて、最初の人類のリメイクかもしれない
数え切れぬほどの命があり、数え切れぬほどの生活があって
宿命の先へと行けるのはほんの一握りだ
かれらがどうしてそんなに無自覚なままで居られるのかわたしにはわからない
激しい雨が降ったかと思えば太陽が照りつける
まるで人格障害を患った人間の夢のように
様々な景色が入れ替わる窓の外を眺めながら
それをあまり不思議とも不快とも思わないわたしは
曖昧な境界線のどちら側にいるのかとシャンソンのリズムで思考する
世界にはいつだって、大気や、雲の流れとは関係のないところで
しとしとと血の雨が降り続いているでしょう
わたしはそれをおぞましいと思いたくはない
だれの身体の中にだってそれは流れているものなのに
衝動や本能を否定するほどの潔癖症になるくらいなら萎み切った点滴パックでかまわない
羽音のしない虫は顔をかすめてもあまり気にならない
だからあの子はいつまでもこの部屋を楽し気に泳いでいる
平和な光景にも見えるけれど殺伐としているようにも感じる
あの子の存在理由などわたしには知る由もないから
ただただ照明の忙しない明滅の中で似たような絵ばかりが繰り返される
時折、似たようなかたちの毛糸人形をたくさん作って
整列させたそばから首を切り落とす遊びをする
ピンク・フロイドの映画を思い出しながら
確かにわたしは初めからあんな物語を理解していた
そんな夜は決まって一度だけたくさんの量を吐く
機械ではない、生身の身体を捕まえて正常だの異常だのと
世界の眼差しはいつだって狂っている
初めから壊れているのならそれは正常だし
壊れることを知らないままならそれは異常だと
本当はだれだってそれを理解しておかなければいけないはずなのに
あなたが始めた嘘はいまでもあなたの部屋の本棚にありますか
わたしは若いうちに並べ方をすっかり変えてしまいました
それはあなたが教えてくれたことでした
といってもあなたはそのことに気付くことはないですが
あなたはいまでもきっと同じ話を得意気に繰り返しているのでしょう
強い風が窓を揺らすたびに誰かが訪ねてきたのではないかと訝ってしまうのは
わたしがそれをとても疎ましいと思っているからに違いないでしょう
あらゆるドアや窓に鍵を掛けて
そのうえで耳を澄まして生きているのです
そして新しい毛糸の人形を編んでいます
窓辺で、朝と夜が幾度も入れ替わるのを見つめ続けたら
わたしはその窓を拳で叩き割り
切り落とした人形の首を街路にばら撒くでしょう
沢山の人間がわたしを見て
あいつはきちがいだと喚き散らすでしょう
その時わたしはきっと
それで良かったと考えるに違いありません