精神の欠片の中に迷い込んだ羽虫が悪いものを喰って死んだ、そいつの死骸がだんだんと腐って嫌な臭いをそこらに立ち上らせ…朝を二度迎えた後でなにもなかったみたいにそれは消えた
臭いの終わった死体は静かに、体躯を分解され、7日目の夜に忘れたように消えた、だけど流れた体液がその場に洩れたインクのようなしみを作って…渇いた血のように突っ張った痛みが長く続いた
眠り、という概念が冗談みたいに思えるような幾日かが過ぎ去ったあとで、あまり歓迎できない光が目の端にちらつくのを見ていた祝日、てのひらは微弱な電流に触れたように短く震え…まるであてのない思念のように
洗面台の端に両手を乗せて焦点の合わない目の奥を覗き込んでいたのはあれは昨日の話だっただろうか?オーバーヘッドプロジェクターのスライドする画面みたいな無機質な記憶、最も信じられないのはいつだって自分自身だった
途切れ途切れに見た夢の断片を繋ぎ合せてひとつの辻褄を合わせようとした、嘘なんだと呟きながら…そのあとに見えるものがどんな形かなんてそんなことはどうでもよかったんだ
見えたものは嘘だ、見えたものなんて全て嘘だ、最も信じられないのはいつだって自分自身だった、オーケストラが突然調和を乱すみたいにブレる感情の波をどんなふうに語ればいい、そしてそれは誰かに伝わることなどないのだ
正体!正体などあるわけがないのだ、虚けたようにただひたすら感情の波形を記録して変換してゆくものになど…風が強くなったな、おい、ひどく吹いているなぁ、あまりの勢いに首が根元からもげそうだ
枯れるにはまだ早い、全てのものが枯れ落ちてゆくには…なんといううんざりするような地熱だ、深酒の後みたいないびつな汗が身体の奥から滲み出してくる、晩夏―古い音楽のようにところどころ途切れがちな、晩夏
俺は口をつぐんでいたのだ、虫のように、静かに手をこする蠅のように、ぼんやりと…湿気と冷たい風がかわるがわるに訪れる季節に赤子の涎のようなネバつきを脳裏に感じながら
のたうちながらまぐわう蛇の記憶、こんな季節には必ずあの景色が記憶の表層をうろつく、あれを見たのはいつぐらいのことだったか…もういない人間がたくさんいた、あそこには、あの場所には
艶めかしい光を放つあの皮を剥ぐんだ、あれはいつか太陽に不気味な色を添えるためのフィルムのように思える、剥いで、血で、血で、血で、血で染めろ、ああは、剥き出しの肉片からゆっくりと流れる赤い血は、まるでそいつの存在がただの血管であると語るかのようだ
ホゥリィ・エンド、耳にしていたのはいつも予感だったんだ、それ以上、どんな形にも変質することのない…硬直した鼓膜に先端数ミリのドライバーで致命的な傷をつけてやれ、そうすることで画像に変換出来ないものが増えるから
落としてゆく、お前は落としてゆく、それ以上、どんな形にも変質することのない幾つかの血小板を…それはお前の本質的な欠陥だ、落としたものは拾い上げることが出来ない、なぜならそれにはもう違う組織がこびりついているからだ
本質的な欠陥、偏執的な本質、技巧的な欺瞞を懐に忍ばせながらすりガラスを伸びた爪の先で擦り続けるような音を聞いていた、梅雨時の雨音を退屈しのぎに数えているみたいな調子で
変質した、もののことを確かにそれと感じることが出来るか?たとえばそれが手の中におさまるものでくらいのものだったとして、何かが…形態や、目方や、質感が、変質した、そのさまを感じることが出来るだろうか、なぜそれを見ている、いつか放りだされた手紙のような文節を…
正体、本質、真実、真理―なぜそんなものについて知りたがる?変質こそがあらゆるものを正しく言い表すたったひとつの言葉だというのに…この身体が有機物である以上、断定出来る事柄などありはしないのだ、その認識こそが俺を生かせているすべてだ
落ちるように新しい音が、生まれる、生まれる、生まれる、生まれる…インプロビゼイションの度が過ぎるエンドの領域の痴呆、眼球が裏返ると見るまいとしたものの姿が垣間見える
ムービー・ショーの後でまっぷたつに裂けた犬を見たのはいつのことだったか、あの時のメノウのような大柄な犬の目つき、それが目にしたのはきっと終わりではなかったはずだ―あらゆるものを見て、そして忘れてしまったのだ、忘却だ、おそらくは極上の…
オーケストラ!オーケストラ、譜面通りの進行など投げ出してしまえよ!そうすれば拒絶の数が減るんだ、そのことが判らないのか、そのことが判らないのか、お前達には…乱れたリズムに泣くことがお前たちの命題ではなかったはずだろう
長くあとに残す、うんざりするようなフレーズがいつまで経っても終わることがなくて、俺はドライバーを握る手に力を込め過ぎて致命的なまで欠陥を鼓膜に残してしまう、上出来だ、上手くやったぜ…それはそう言ってごまかすことだって出来るのだ
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