不定形な文字が空を這う路地裏

Fallin










クラクションはたった一度だった
きみはそれ以上
もうどんな歌をうたうことも出来なかった
雨はうらみごとのように降り
夜は馬鹿みたいに目かくしをした

なにもかも手遅れの明けがたに
残されたナンバーに呼び出しをかける
「いまこの番号は誰も使用していない」と
抑揚のない声が繰り返して教えてくれた
時計を見てはじめて
寝床に入っていないことを思い出す

ソファーで見た短い夢の中身は
おぞましい模様の熱帯魚の水槽の中をゆっくりと沈んでいく
土の色をした餌をどこかから見つめているというものだった
エアーポンプの神経質な泡がひっきりなしに邪魔をして
しまいにはいらだって大きな声を出したけれど
それは妙に生体感のある膜に阻まれておがくずに吸い込まれるように消えた
眠りの五線譜の采配はいつだって出鱈目だ

(なのに不思議と忌々しい的には命中させてみせる)

ねえ晴れるって言ってた、たしかにあの夜は
日中夜間ともにおだやかな天気となるでしょうって
あれはなにかの冗談だったのか
それともきみの運命が強引に軌道を修正したのか
ターンアウトスイッチを切り替えるみたいに
嘘みたいに星が見える空のまま
スコールのようにひととき雨は降り続けた

インスタントコーヒーのカフェインなんか役に立たないし
ラジオで流れてるヒットチャートも耳たぶにぶつかってどこかへ行ってしまう
窓を開けて風を入れても
病み上がりみたいな疲労感に包まれただけだった
壁掛け時計は神経症の作家みたいに
送信局の電波とディスカッションを繰り返していた
正確な表示は安心を与えてくれるけれど

(針の音を聞きたいと思う瞬間だって一度ではなかった)

雑誌をめくったって読書のまねごとになるだけだし
散歩に出るような気分でもない
シャワーでも浴びれば少しはましかもしれないけれど
きみのことを裏切るような気がしてまだ動けない

どしゃぶりの雨の中で旅に出たきみは
びしょ濡れの駅に着くのだろうか
神様は白い太陽のイラストが描かれたこうもり傘を広げて
きみをしかるべきところへ案内するだろうか


なにも思いつかないときひとはたいてい水を飲んでみるものだ
そして喉を落ちていくそれは理不尽な運命のように感じられるだろう

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